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15:救われた者たち
大きく息を吐き、大きく息を吸う。見慣れた家を前にフードを被った人物は緊張を紛らわせるように深呼吸を繰り返し、よし、とノックをする。応対する女性の声が聞こえ、ほどなくして扉が開く。
「どなた……あぁ!おかえりなさい!!さぁ中に入って。まぁ……」
言葉を発する前に出てきた女性が言葉を詰まらせながらフードの人物の手を握り、戸惑う間に中へと入れていく。遅かったじゃない、と笑う女性に修復の手伝いと残党狩りがあったんだ、とフードを被ったまま答え、気が付いたようにフードを下した。
口元を覆っていたマスクを下したところで奥の扉が開き、誰が来たんだ、と疲れた様子の男性がリビングへと入ってきた。
「あなた、やっと帰ってきたんですよ」
嬉しさのあまり涙を流す女性に男は顔をしかめる。一体だれが、と言おうとして振り向いた青年に言葉をなくす。さっと立ち上がった青年は今戻りました、と緊張した面持ちで軽く頭を下げる。
「息子は死んだんだ!悪い冗談はやめてくれ!!」
怒鳴るエイモスにセドリックは想定していただけに息を吐き、ハリエット=ポッターのおかげです、と口を開いた。予見者ハリエット=ポッター。その名は今や知らない者はいない、英雄の片割れである少女。
「あの日、殺される運命だった僕をハリエットが助けてくれました。体を石像に変える呪いをかけて、生物に効果のある死の呪文を回避しました。家に帰る道もありましたが、僕は正体を隠すことにしました」
唖然とした様子の父を座らせ、あの時からずっと生きています、というセドリックは驚かせてごめん、とそっと微笑む。顔には呪文によるものかいくつか傷があるが、笑った顔に本当にセドリックか、とエイモスは声を詰まらせる。はい、と頷くセドリックに本当にそうなのか、とやはり傷のある手を握る。
「セディ。あの日からずっとどうしていたの?」
聞かせて頂戴、と3人分の紅茶を入れた母が優しく微笑む。それに対し、セドリックはずっとアラスターにしごかれていました、と答え紅茶を飲む。レトリバーという名で時に死喰い人の中にスパイとしてもぐりこみ、空いている時間は鍛錬をつんでいたと3年間時間を埋める様、セドリックは誇らしげに頷く両親にこれまでの経緯を話す。
もう家族を引き裂くものはないのだと、明るい声が家に満ち溢れていた。
今度はどこに行こうか、と地図を広げて地面に置くと、気まぐれに石を投げる。こつん、と落ちた個所を見ればアメリカ大陸だ。
「よし、ハリーに連絡をしてから移動するか」
地図をしまい、借りていた馬を農場へと返しに行く。この国の通貨に変えたお金を渡し、離れたところでトランクからバイクを引っ張り出して空港へと向かう。ホグワーツが直り、ハリー達が卒業したのと同時にシリウスは世界への放浪の旅へと出た。1つの場所にどれくらいいるかは考えず、時に日雇いのようなものをこなし現地に溶け込む。
世界的に出回っている通貨に交換した財産の一部は、イギリス魔法省の勧めもあってスイスの銀行に預けてある。何やら変なカードを渡されたが、マグル界ではこれが一般的な支払方法なのだと、胡散臭い黒いカードは無造作にズボンに押し込まれていた。
もちろん、盗み防止対策はばっちりなため、盗ろうとしたものは見当はずれなはがきを手にし、困惑していた。
伸ばし放題だった髪を整え、サングラスをかけるシリウスは気ままに移動を繰り返しているが来月には一度イギリスに帰ろうと考えていた。酷く複雑な思いをもつ従姉姪がホグワーツに入学するにあたって、いろいろ準備が必要だろう。ハリエットの子らにもお土産を渡したい。
いつでも連絡できるように、とハリーに教えられた番号に電話を掛けるとワンコールで相手が出る。出たのはハリーの妻であるジニーで、後ろで泣いているのはリリーだろう。
「あら、お元気かしら。ハリー?ハリーなら今ジェームズ達と一緒にダイアゴン横丁で買い物よ。あ、ハリエット、ありがとう。え?あぁそう、ハリエットが来てくれて……うん?変わる?ハリエット」
ハリーがいないかを尋ねるとちょうど買い物に出かけているらしく、ハリエットと娘たちだけが家にいるらしい。ちょうどよかったと変わってくれるか尋ねると遠くの方でこら、という声が聞こえる。
「デルフィー二とミネルバ、ジニーのいう事ちゃんと聞いて。シリウス?久しぶり。次はアメリカ?あぁ来月……まだ日にち決めてないから、後で母さんと決めて……うん、セドリックが変身術の教授になったからそれのお祝いもしたくて。え?そうだよ。魔法省で働いていたけど、前から打診されていたからね。ネビルも仲間ができたーって喜んでたみたい。まぁ、こわーい魔法薬学の教授がいるからね」
電話越しに聞こえる声に思わず笑うシリウスは来月帰国することを伝えるとハリエットは近情報を教えてくれた。実は生きていた、としてセドリックは少しの間話題に上がり……予定通りプリンス家復興と次期当主の婚約発表等で話題が上書きされた。
学友らからは泣きながら喜ばれていたらしいが、かつての恋人との復縁はなかったようだ。彼自身ホグワーツを離れるときにきっぱりと未練も何も断ち切っていたらしく、彼女もまた別れを受け入れていたという。
11年務めた魔法省を離れ、ホグワーツに戻った彼は次のハッフルパフの寮監も打診されているという。臨時で寮監を行っていたネビルもようやく肩の荷が下りたのだろう。
「リーマス?リーマスも元気だよ。テッドも立派なお兄ちゃんになって、て喜んでた。グリフィンドールの寮監はなんだかシリウス達を見ている気分で懐かしいって。あ、そうだ、アメリカならフレッドによろしくね。うん、それじゃあまたね」
リーマスのことを聞けばどうやら変わらずのようで、生き残ったおかげで増えた家族に喜んでいると聞き、このお土産も買わないとな、とシリウスはお土産を買うリストに名前を書き加える。
W・W・Wの創業者であるフレッドは本来なら俺はいないはずだから、俺はアメリカに支店を作る、と言ってアメリカに飛び出して今はもう10年は経つ。両面鏡の改良版ともいえるものを使い、二人で情報交換は行っているようだが、フレッドはほとんどイギリスには帰っていないはずだ。
というのもフレッドの妻となった女性は、古くから決してイギリスに行ってはならないという家の掟を守っており、あの蛇男のせいもあってますますイギリスには行けないと首を振っているらしい。人前に出るのもできないという彼女を一人にしたくないと、フレッドはアメリカ支店を切り盛りするためにも帰国していないという。
『いろいろな言葉を通訳する道具を模索中だ。パーセルマウスも珍しいものじゃなくしてやる』
と言っていたのだから、そういう事なのだろう。
そう考えて、アメリカ限定の悪戯グッズでも買って帰るか、とシリウスはマグルの移動手段を使い、アメリカへと旅立った。
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