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17:迎え
薄暗い部屋の中、まるで玉座に座るかのように腰を下ろす影に、フード姿の人影が寄り添う。その前にはあの大戦後の捜査をあの手この手で乗り切り、隠れ切った闇の崇拝者たちが跪いた。
「残された文献によりますと、まだ一つ分霊箱が残されている可能性があると」
こちらです、と恭しく掲げる羊皮紙を、座った影が杖を使い引き寄せる。なるほど、というとその羊皮紙を無造作に隣にいる人に渡し、もう一つはどうしたと声をかけた。
「はい、ベラトリックス様の遺灰は入手できる算段が整っております」
「算段が整っている?つまりは手に入れていないというわけじゃない。それでいいと、本当に思っているわけ?」
恭しく答える男にはっ、と鼻先で嗤うのはまだ若い女性の声。窓から差し込む光が、シルバーブロンドの髪を照らす。使えないやつめ、と言いながら磔の呪いをかける闇の姫に崇拝者達は恐れ、もうしわけございませんと頭を下げる。
「まぁいいさ。もとより、父上が討たれた時真っ先に逃げて隠れたお前たちだ。鼻から役に立つとは思えない。ただ、お前たちがかげでこそこそと父上と母上の名を使い這いまわる姿に、罰を下す代わりに手伝えといった意味……忘れたわけじゃないだろうね」
たった一人の若い小娘の言葉に妙齢の男までもがビクリと震える。彼女がまとうオーラは父であるヴォルデモートそのものだ。おまけに彼女が闇の印に触れるとかの闇の帝王が罰を下すときのような、鋭い痛みが走ることから血縁を疑う余地もない。
「そうだ、あの件はどうなった。逆転時計が残っていた件だ。レプリカは魔法省に持っていかれたが、本物があるはずだ。確か……そうだ、マルフォイ家の息子が父上の血をひいているのではという噂があったな。そちらの捜索はどうなっている」
タイムターナさえあれば父上にお会いできる、というデルフィーニの言葉に集まった男らは動揺し、未だと首を振った。そもそも、彼らが現物を見たことがあるかどうかすら怪しいものだ。
大きな舌打ちが響き、次までに成果を見せないとどうなるか、わかっているね、という言葉に返事をして、サッサと行きな、という声に一斉に逃げるように部屋を出ていく。
「さすが闇の姫君。見事なふるまい」
「褒めても何も出ないよ。さぁて、可愛い可愛い子ネズミちゃんはちゃんと動いてくれるかな」
ずっと黙っていた人影はデルフィーニとそう変わらない年頃の女性の声で楽し気に笑い、デルフィーニと共に暗くなっていく部屋の中怖い怖い、とおどけたように返す。
やがて、マルフォイ家の本邸が襲撃を受けるも、偶然にも病弱な夫人の様子を見に来ていた闇の勢力最大の裏切り者である影の英雄であり、古い純血の一族を継いだ男が闇払い局長と共にその場におり、すぐさま撃退されるというニュースが報道された。それによれば半数が捕まり、すぐさま裁判へとかけられたという。何とか逃げた一部の物は隙を見てマルフォイ家の先代当主までに集められた闇の魔術がかかった道具を盗み、逃走。その行方はいまだ不明、となっていた。
また同時期に、あの大戦後死んだ死喰い人らの遺体をヴォルデモートが復活した際の様に悪用しないため、灰になるまで燃やされ、個人ごとに分けて保管していた場所が一部暴かれ、闇の勢力の側近でもあったベラトリックスのものがレスレトレンジ家の霊廟から盗まれたという報道がされる。魔法省は一連の動きを重く受け止め、1年前から行方不明となっているデルフィーニの行方と共に操作範囲を広げたと報道された。
再び世界に闇を、と箱に包まったものと、小さな壺を持っていた男たちをデルフィーニはじっと見つめ、よくやったと双方を受け取った。箱を開ければ金色に輝く懐中時計が入っており、灰の入った壺はかの魔女を蘇らせるのに役に立つだろう。
「あぁ、これさえあれば死者を蘇らせることも可能でしょう。偉大なる力を秘めた姫君と生贄によって、再び闇を世界に」
フードで顔を隠している女性は感極まったように声を上げ、フードを下す。黒い髪にメッシュを入れ、顔にまるでクラウンのような雫のメイクをした女性は黒く塗った唇をにっと持ち上げた。異様に輝く目に思わず男らがひるむのをデルフィーニは無視し、ため息をついて見せる。
「生贄が必要とは今聞いたんだけど?まぁいい。それならば……先日捕らえた、これを使うとしよう。人の後ろをついてきた間抜けだ」
ふふふ、と笑う女性を横目に彼女が飼っているという緑の眼を持った雌鹿を呼ぶ。英雄のパトローナスが牡鹿であるというのをどこぞの週刊誌が取り上げ、大ごとになったのは一年前だ。闇の勢力を集めるデルフィーニのそばに付き添う雌鹿に、英雄の象徴でもある鹿が私に懐いているなんて皮肉だろう?と嗤って見せていたのもそのころだ。
雌鹿はまるで重さを感じないかのように、縛られて身動きが取れなくなっている2人の青年を乗せたカートを引っ張ってきた。舌縛りを掛けられているのか、喋れないでいるシルバーブロンドの青年と、黒髪に緑の眼を持った青年の姿におお、さすがだ、と声が上がる。
「見ての通り、アルバス=ポッターとスコーピウス=マルフォイだ。すこーし町に出たらすぐにこいつらがつけてきてね。あっけない物さ。片方を捕縛しただけでもう一つおまけがついてくるんだから」
もがく二人を見せつけるデルフィーニに闇の勢力の残党は浮足立つ。それじゃあ儀式を始めるとしよう、といってデルフィーニがいつもの場所に腰を落とし、持っていた杖を跳ね上げる。杖先に光がともったかと思えばそれは一瞬にして部屋を覆うほどの強い光となり、薄闇に目が慣れていた者たちの眼を焼いた。
「全員逃すな!」
一気に制圧しろ!という声と共に、フィニートを唱えられた二人が急いでその場を離れる。
「ティナ、こっち」
フードで光から顔を守った親友の手を引っ張り、デルフィーニは急いでしゃがみこんだ。飛び交う魔法から親友を守るようにするデルフィーニにティナは魔法使いってホント派手だね、と小さく笑う。笑っている場合じゃないだろ、というデルフィーニにティナはくすっと微笑む。
「よくも我らをはばかったな!!!」
悲痛な叫びをあげる声に顔を上げれば、一人の年老いた魔法使いがまっすぐ杖を突きつけていた。すぐさまトンクスがその魔法使いを引き倒すも放たれた魔法が止まらない。それも不安定な体勢で唱えたせいで明後日の方向に飛んでいき……。
「アルバス!」
飛んできた瓦礫をよける青年に赤いような緑のような、何色とも区別のつかない光が差し迫る。え?と振り向くアルバスを間一髪でデルフィーニが押し出し、スコーピウスがそれを受け止める。がつん、という音ともに吹き飛ばされたデルフィー二に、ティナが急いで駆け寄った。
「フィニ、大丈夫?しっかりして」
「頭を打っているみたい。ちょっと待って、魔法薬持ってきたから」
抱き起すティナをそっとしておいて、とハリエットが抑え、カバンから魔法薬を取り出す。最後までしっかり気を抜くな!と心配で来ていた引退している戦士が怒鳴り……建物内の勢力を完全に制圧したハリーが戻ってくる。
しっかりして、という声をうっすらと遠くに聞きながら目を覚ましたデルフィーニは見たことのない白い駅に目をしばたたかせた。
「もしかして……おじさんが言っていた白いキングスクロス駅?え?まさか私死んだ?」
嘘でしょ?とつぶやくデルフィーニにうるさい小娘が来たぞ、と男の声が聞こえる。誰?と首を巡らせれば黒い服に身を包んだ明らかに胡散臭そうな男と、校長室で見たことのある白い老人がベンチに並んで座っていた。
「もしかして……ダンブルドア校長と、グリンデルバルド?」
「ここがどこだか知っておるのじゃな」
本当にいたんだ、というデルフィーニにダンブルドアは微笑み、君はどうやら呼ばれたようじゃ、という。
「私を?誰が?」
戸惑うデルフィーニにダンブルドアは布で包まれた赤子のような塊を差し出す。え?と言いながら受け取るデルフィーニは皮がむけたような赤子のようなものに驚き……ハッとしたようにそれを見つめる。
「父上……?」
生前の姿とは似ても似つかないが、それでもそう感じるデルフィーニはそっと赤子のような魂の残がいに触れた。じっと見つめ……意を決したように顔を上げる。
「ダンブルドア先生。父上の魂を私の中に取り入れてもいいでしょうか」
「それはいつか彼を蘇らせたいと?」
連れていく、というデルフィーニにグリンデルバルドは闇の子はしょせん闇か、と嗤う。
「そうじゃない。ただ、ここに父上を置いて……未来永劫変わらないのは少し悲しいと、そう思ったんだ」
それに、あなた達の邪魔でしょ?というデルフィーニにダンブルドアはどうかのぅと目をそらし、なんだ気が利く娘ではないか、とグリンデルバルドが哂う。
「もちろん、それの処遇を決めるのはわしらではなく、子孫である君じゃ。じゃが、君がこのものの魂を持ったまま子をなせば、おそらくはその子に移るじゃろう。ハリエットの魂がそうであったように、余剰分の魂はどうしてもはみ出してしまうのじゃから」
その覚悟はあるのか、というダンブルドアにデルフィーニは考えるように視線を落とし、意を決したように視線を上げた。
「そうなんだ。でも私が死んだら魂は解放されて一緒に消えられると、そう思う。こんな私を好きになるような奴なんていないだろうから……。そうだね、万が一にでも父上の魂が子供として生まれたら、ママや姉さん、犬のおじさん、おじさん……ティナ。皆が父上の娘である私を大切にしてくれたように、やってみるよ」
これでどう?とダンブルドアを見つめる目に、意志の強さを感じ取りダンブルドアは満足げに微笑む。血のつながりはないはずなのに、姉と慕う彼女が運命を変えると宣言したあの時のような、強い意思を宿した目にそれが良いのかもしれん、と深く頷く。
「君は気が付いていないのかもしれないが、君のすぐそばに厄介な奴がいるようだ」
「あぁ。ゲラート君も感じるか。祖父に似て自分の想いにまっすぐな」
さっさと行くがいい、という黒衣の老人と意味深に視線をやり取りする白い老人にデルフィーニは首をかしげる。だんだんと白んでいく中、腕に抱えた父の魂の残がいだけが残り……やがてそれも光に包まれ、体に入っていく。
「デルフィーニ!!お願いだから目を覚まして!」
急に聞こえた大きな声に耳がキーンとなり、うるさ、と思わず口動かすとよかった!と声が上がる。まぶし気に目を開けたデルフィーニをのぞき込むのは親友ティナと、とっさにかばったアルバスだ。ついでに大きな声はアルバスだろう。
「あぁよかった、デルフィーニ大丈夫?丸一日眠っていたんだよ?」
聞こえた声に目を向ければハリエットがいて、デルフィーニはほっと息を吐いた。
マグルでありながら今回の掃討作戦の為に協力してくれたティナは、第一次魔法大戦と呼ばれたかのダンブルドアらとグリンデルバルドの勢力との戦いにおいて協力し、活躍したノーマジの男性がいたことから、同じく特例で魔法界への出入りを許可された。
デルフィーニを担ごうとするものや、彼女を何とか陥れて捕まえたいと考える魔法使いらに辟易し、今回大規模な長期にわたる作戦を考えそして実行した。あぁ疲れた、というデルフィーニだが、あの駅のことを思い出し母と姉と……幾人かを呼び出す。言わなければばれないとはいえ、どうにも気が引けて……犬のおじさん事シリウスに叱咤されるかもしれないと思いつつ実は、と口を開いた。
あの白いキングスクロス駅でダンブルドアらに会ったこと。そこで見つけた父ヴォルデモートの魂の残がいをこの身に受け、現世に持ち帰ってきたこと。しん、と静まる部屋の中、ハリエットもハリーも彼女の気持ちが分かり、二人は顔を見合わせるとどうする?とまわりの反応を伺った。
「この世界に連れてきてはいけないのはわかってる。けど、けど……それでも……。どんなことをしたかもわかっている。でも」
わかってはいるんだ、というデルフィーニにそっと双子が近づく。
「どんな親であろうとも、デルフィーニにとってはたった一人の父親だからね。そしてそう思う事こそが……デルフィーニとトム=リドルの決定的な違いだよ」
「トム=リドルは自分の親にどんな思いで会いに行ったか……その心情はわからない。けれども、デルフィーニはただ父を恋しいと思う……そんな思いがあったんだろう」
大丈夫、という二人は共にヴォルデモートの過去を知るものだ。ダンブルドアが保管していた記憶からキングズリーらも知ることとなった闇の帝王に関連する記憶。
母の存在はマクゴナガルらが補ったが、父の存在は補えない。そしてデルフィーニは幼い頃から隠すことなくすべてを聞かされていたものの、父親とはどんな存在かそれを知りたかったのだろう。妹分であるミネルバ達の父であるセブルス。テッド達の父であるリーマス。ヴィクトワースの父であるビル……皆皆家族を愛し、家族に愛されていた。
もしかしたら、どんなに極悪非道でも、血筋を残すためであっても、娘を愛してくれたのではないか。愛せなくとも、大切にしてくれたのではないか。そう思うとあの駅に残すのはできなかった。
「もう一人前の魔女になったデルフィーニの想いを……俺は否定する言葉しかかけることができない。けれども、成人した君の決意を否定する言葉も俺は持ち合わせていない。だから……ダンブルドアの懸念通りもし、もし奴が生まれ変わったとしたら……。あの蛇男がうんざりしてしまうほどに構ってやろう。俺ができるのはそれぐらいだ」
わしわしと従姉姪を撫でるシリウスにデルフィーニは目をしばたたかせ、ありがとうと小さく微笑む。
最期までティナと楽しく過ごせるならそれでいいか、と思うデルフィーニの思惑は、初恋なんだ!という声と勢いと、すべて知ったうえでそれでもデルフィーニがいいんだ!という祖父譲りの一途さと強引さを秘めていたらしい英雄家の次男によって覆ることなど、目が覚めるまでずっとそばにいたティナ以外誰にも想像することはできなかった。
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