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11:安らぎ
安らぎの水薬を作るヘンリーは少し持って帰ってもいいだろうか、とスネイプが見ていない隙にいつも持ち歩いている空き瓶のいくつかに注ぎ入れた。まだ始まったばかりだというのに神経が高ぶっていて眠れないためだ。
7学年の時といいそのあとの闇払いの時といい……闇の気配に敏感になってしまったハリエットにとって寮は安心できる場所ではない。安全地帯ではあるが、いうなれば戦場における休憩エリアだ。安全ではあるが……常に周囲に闇を感じて杖を手に持って寝ることでしか休めない。
たった一晩でこれだ、と自嘲するヘンリーはさっと瓶を懐に隠す。ドラコがちらりと見たが特に何も言わないことが幸いだった。
提出物を出し片付けたヘンリーだが、加点をしてくれたスネイプに待てと呼び止められてしまってため息を吐いた。ドラコがにやりと笑って肩を叩いていったため、ばれたことは確定だろう。
「なぜ許可を取らずに持ち帰ろうとしたのかね?」
出しなさい、といわれて並べるとスネイプはため息をついて机を指先で叩く。しょんぼりとするヘンリーをみると杖を取り出して施錠する。そのままヘンリーのそばにやってきたスネイプはぎゅっとヘンリーを抱きしめた。
「少し持ち直したようだが、まだ細い。あれから会う時間をとることができなかったが眠れてないのかね?」
そっと髪をすくうスネイプにヘンリーは夢見が悪くて、と夏と同じ言い訳をする。抱きしめられるがままのヘンリーは誰も来ないよね、と考えてスネイプの腕に手を置くようにして顔をうずめた。
安らぎの薬などというものより安らげる、とスネイプの心臓の音を聞くように目を閉じた。愛している相手の生きている証の音。ひび割れた大地が水を吸うように、ハリエットの心はそれだけで満たされていく。そっと頬に手を添えられると、促されるままに仰向き……かさりとした唇が触れ合う。
合わさるだけの口付けだが、角度を変えて何度もされているうちにハリエットの中の熱が小さく灯る。くすっ、と笑うスネイプはハリエットを抱きしめると真っ赤になっている耳元で今晩来るように、とささやいた。
上ずった声で返事をするヘンリーを見つめ……彼女の次の授業が昼食をはさんでいるといえ、数占い学であることを思い出してため息をつく。耳元でつかれたため息にヘンリーはビクリと動きうつむいた。
スネイプはハリエットを腕に閉じ込めたまま物思いに更けていた。やはり自分は彼女を愛している。もしかするとハリー=ポッターかもしれない彼女を、だ。赤い髪をした青年であるヘンリーがドラコらと仲良くしているのを見るのは、正直心休まらない。
苦しいほどに愛しているし、彼女を手放したくなどない。この赤い髪も……緑の瞳に輝きも誰にも……。少なくとも薬を飲んでいる間はまっすぐ彼女の好意を受け止められるうえ安心できる、とスネイプは深く食らいつくように口付けた。
ハリエットの少なすぎる食事の件のあと、彼女が助けた“結果”に一度だけ会ったことがある。顔を隠していた上にしゃべらなかったが、自分を見た時条件反射のように体をこわばらせていたのだから……間違いではないのだろう。ムーディのもとで修業中だという姿に、だから彼女は自分に嘘をついたのではないか、と考えるようになった。
本当は尋問会の後彼女のもとに行こうかと思っていた。だが、死喰い人らの動きが見えたため、断念するしかなく……彼女に会うことなく夏季休暇は終わってしまった。
不死鳥の騎士団と死喰い人……二重生活に疲れてハリエットに会いに行けなかった分と……彼女が自分をだましているのではないか、と疑ったために会えなかった分を埋めるべく、力の抜けきった彼女を抱き上げて奥の部屋に連れていく。施錠も防音もしっかりかけたスネイプは作業台にヘンリーを乗せるとかみつくように口付けた。
彼女が欲しくてたまらない、と見下ろすスネイプに眼鏡を取られたヘンリーは顔を赤くするしかない。いつでも彼を欲しているほどに彼に飢えているのはハリエットも同じだ。アンブリッジが動き出すまでのごくわずかな期間だ、とヘンリーはスネイプを受け入れる。
互いに言えずにたまっていく想いの言葉を……ただ各々が隠していく。
大事に大事に箱にしまったそれがどうなっているのかも考えず、ただ押し込んでしまいこむ。
手放したくない、とハリエットの手を握り締めるスネイプは、同時にどうしようもないほどの憎しみも胸の奥底で揺らめいていることを自覚し、目を伏せた。
愛している。そう告げた時すべては嘘だったと告げられたら?すべて暇つぶしだったら……。そう思うと狂暴な蛇がかまをもたげた気がしてスネイプは内心舌打ちをついた。
自分がこれだけ愛しているのだから……同じ以上の愛を与えてくれないか。自分よりも大きな愛でこの不安を取り除いてはくれないか。
乱暴に抜いたネクタイを使ってヘンリーの両手を封じる。愛している。だから、愛してくれ。そう願いながらヘンリーの唇をふさいだ。
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