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10:片割れの能力

 無罪放免となりブラック家に戻ってきたハリーは監督生に選ばれなかったことに憤り……ハリエットのことを思い出す。彼女の正確な未来視というものは本当に恐ろしいものだった。常に彼女はそういったものを見ているのであれば……。
 一度でいいから変わってあげたい。最近みる奇妙な夢はもしかしたらその片鱗なのかもしれない。

 そうであれば彼女を理解するためにも恐れない方がいいのではないか。そう思って……彼女も同じようにはっきりとした夢を見ているのであれば、人の死やヴォルデモートの復活は本当に恐ろしかっただろう、と思い立った。
 ぐるぐる歩きながら考えて……あんなに弱った彼女を見たのか信じられず、自分を見なかったくせに彼女を介抱するダンブルドアが分からない。

 あれから彼女はどうなったのか。とてもやつれていた。あんな法廷……ただでさえ足がすくんだというのに彼女は堂々としていて、魔法省の大臣に対しても一歩も引かなかった。なんて勇気があるのだろうか。自分だって……その能力があれば……。

 ハーマイオニー達の監督生を祝う日、どうしても祝う気になれないハリーは本物のムーディが見せてくれた写真に衝撃を受け、息をのむ。ネビルの両親はまさか自分が精神を破壊されるなんて思わなかったはずだ。
 自分の両親は……。とにかくハリエットに会いたかった。あって……いろいろ聞きたかった。自分の憤りを聞いてほしかった。

 そう思って部屋を出るとボガートを退治しに行ったはずのウィーズリー夫人が家族の死体を前に泣いている姿を見て、ひやりと足を止める。すぐにルーピンらを呼んで事なきを得たが、家族を失いことを何よりも恐れている夫人にハリーはボガートが消えたところを見つめた。

 今の自分には何に見えるのだろう。ハリエットの死なんて思い浮かばない。きっと彼女は自分に降りかかる火の粉は回避しているはずだ。未来が見えているのであれば、そんなところに……。そこまで考えてからハリーは首を振って部屋に戻る。もしも自分にその能力があったら……人に降りかかる火の粉を黙ってみているだろうか。そんなことは……きっと無理だと思う。

 ため息をついて寝台に乗り上げるとこれまでのことを思い返す。沢山の人が会議の為にやってきた。怪しい人もいた。マンダンガスは……信用してもいいのかわからない。それともう一人怪しい人もいた。
 まるで吸魂鬼のように深くフードを被り、唯一見える顎は黒いマスクで覆われていて、目もとは全く見えない。そしてちらりと見えた手はこんな夏だというのに黒い手袋をしていて、一寸の隙も無い……多分男性なその人物はムーディとだけ耳打ちで会話していた。
 彼の知り合いだという事で危ない男ではないだろうが、不気味ではある。それなのに、フードの奥からハリーに向ける感情はとても柔らかで温かい。

 ムーディは彼をレトリバーと呼んでいたが、私にとっての猟犬だと説明したために偽名だろう。まだまだ実力不足だという事で修行中という彼はムーディがいるときにふらっと来て、耳打ちで何かを伝えた後次の指示を受けて消えていく。
 滞在時間はスネイプよりも短いかもしれない彼はもちろん食事をとることもない。ただ、一度だけひどく疲れた様子の時に身振りで食事を断り……響いた腹の音にウィーズリー夫人が笑ってサンドウィッチを渡していた時がある。
 年齢もわからない彼は不定期にやってくることとあんな格好毎回しているのはきっと大変だろうから、もしかしたら仕事につかず騎士団のためだけに動いているのかもしれない。彼も自分の為に何かしているのだろうか。ハリエットの言葉が耳に刺さり、胸を締め付けた。

 守られるだけの子供じゃないんだ、僕だって十分戦えるのに、と俯くハリーは起き上がって両親のアルバムを手に取った。その最後に一枚……これだけたくさん動く写真のある中それだけは動かないマグル式だ。
 かつて……一度だけ来た手紙に入っていたという赤ん坊たちの写真。要らないという事なのか、いつもの差し出し口から食事と共に渡された写真はあれから話をすることがなかったペチュニアの持ち物だった代物。おしめをした赤ん坊はどちらがどちら、と聞かれれば自分自身でもわからない。
 それでも、薄く開いた緑の瞳がこっちは自分、こっちはハリエットかなと見立てることができた。きゅっと自分の手をつかむハリエット。この後彼女はマクゴナガル先生らのもとに行ったのだろう。

 一度だけこの屋敷の中にマクゴナガルがやってきたのは見ていた。ハリエットについて聞きたかったが、もしもそれでヘンリーのことが知られたらと思うとどこまで共有されているかわからなくて見ているしかできなかった。だから今ハリエットがどうしているのか知らない。彼女はいつ……力に目覚めたのだろう。この写真に写るハリエットは既に未来を見ていたのか。

 彼女はどれだけの悲劇を見ているのだろう。スネイプとの時間というのも……終わりが見えている関係なのか。彼女は……スネイプをどう思っているのか。マルフォイとも仲のいい彼女は……今後スリザリンで暮らすことに怖くないのか。ぐるぐると思考が定まらず顔を覆う。

 ロンが監督生になったと聞いたとき、なんで僕じゃないんだという憤りを覚え苛立った。それと同時にハリエットの言っていた……渦中に居るべきだと考えるのは本当に傲慢なのだろうか、という言葉が頭をよぎる。
 違うこれは僕の権利だ。知る権利であり、数々の問題を乗り越えてきた僕への評価のはずなんだ。
 そう考えてしまうのは傲慢なことなのだろうか。それに、どうしてハリエットは“知っている”風に父さんを侮辱したのか。訳が分からない、とハリーはため息をこぼした。

 最低な気分を抱えたまま護衛されながら列車に乗り、新たに知り合ったルーナという少女らとともに揺れていく。駅に着けばなぜかハグリッドがいなくて……ため息をこぼして奇妙な馬が引く馬車に乗り込む。3学年の時はじめてこの馬車に乗った時は驚いたものだった。
 こんな奇妙な馬がいるのだという事と、平然とした風の生徒らの反応に。まじまじと見つめていると、ハーマイオニーは当たり前のような顔で馬車に乗り込むのだから、こういう動物がいつのも不思議ではないのかもしれない、と蝙蝠のような翼をもつ馬を見る。
 せっかく翼があるというのに、彼らは飛べなくてもいいのだろうか。


 スリザリン席に座るヘンリーの姿はちょっと顔色もよくなっていてハリーはほっと息を吐いた。そして教員席にいるアンブリッジに驚いて……もう穏やかな学校生活は送れないのかもしれない、と息をのむ。
 スネイプを見れば一瞬視線が鋭くなるが、すぐにそれは消えて何事もなかったようにふるまう。ヘンリーを見たかったが、組分けが終わった生徒が間に座ったために小さな彼女の背中は見えなかった。

 ルームメイトのシェーマスやその他好機な目や敵意を持った目に辟易としつつ……誰が疑っても片割れは信じてくれているんだ、という思いを胸に顔を上げた。
 それに、ハーマイオニーが言うように自分にはハーマイオニーとロンがいる。……そう思ったところでハリエットのことを想う。彼女は大丈夫なのだろうか。彼女の周りは……スリザリン生の親は死喰い人がいる。それらの中で彼女の休まる時間はあるだろうか。

 どうにか彼女に連絡を取れればいいのだが……。そう思っていると森フクロウが、シークが朝食の場で手紙を落として飛び去った。
 急いで開けば彼女からのごく短い手紙で、アンブリッジがいるためにこちらから以外の連絡をすべて絶つとある。彼女に一体何が見えているのか。

 ロンとハーマイオニーの言い争いに辟易して……占い学に来たハリーはふとトレローニーなら何か知っているのではないか、とそう考えて……あの先生に聞いたところで何になる、と思いとどまった。
 確かにあの時の予言はいつもと違った。けれど、通常の彼女に聞いたところで答えが来るとは限らない。ハリエットもあぁ行った予言者らと同じ能力になるのか。

 ドラコといつも通り組みながら、一切ハリーを見なかったヘンリー。いつもならヘンリーの物も見ていくスネイプはほとんどそばに寄らない。出来損ないの薬を消された後、ハーマイオニーと同じくらいの煙を生み出すもスネイプはネビルを見ていてヘンリーを見なかった。提出するときに気が付いて、ヘンリーの物がいかにうまくできているかを褒め……加点するもそれ以上はない。

 ただ、片づけをする際にスネイプに呼び止められていたが、あの二人は今どうなっているのか。考えることがいっぱいで、イライラとするハリーは闇の魔術に対する防衛術で爆発してしまった。
 罰則を一週間受ける旨の手紙をもってマクゴナガルのところに行けば癇癪を起すなという。

「ミスターポッター。もっと周りを見なさい。癇癪を起す場合ではないのです」
 諭すようなマクゴナガルにも苛立つと、ハリーは怒鳴りたくて口を開きかけた。

「彼女のことは一切話してはなりません。魔法省に知られるわけにはいかないのです。いいですね、ポッター。よく周りを見なさい」
 彼女に関する情報をいっぺんも出してはならない。そういうマクゴナガルにハリーはますます腹が立って拳を握り締めた。間違っていることを間違っているとなぜ言ってはならないんだ、とあの時泣いていたハリエットを思い浮かべる。
 僕だって知る権利はあるんだ、だから邪魔しないでくれ、と記憶にあるハリエットに怒鳴りたい衝動を何とかこらえた。






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