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13:内なる言葉の代弁者
昼間からスネイプに抱かれたヘンリーはまだジンジンする、と少し痛むのを自覚しながら数占い学へと赴いた。この授業は正直興味はないが、ハーマイオニーと連絡が取れる時間でもある。授業中の手紙のやり取りをするわけにはいかないが、手紙のやり取りぐらいはできる。
少し迷って……クルックシャンクスを使っての連絡も危険だと伝えると、ハーマイオニーは焦ったようにヘンリーに目を向けた。それに気が付かないふりをすると先に教室をでた。
今日最初の授業は闇の魔術に対する防衛術だった。あなた方はわたくしの後輩ということになりますわね、というアンブリッジの説明を受け教科書を開く。闇払いの研修の時を思い出すヘンリーは頭の中で杖を振った。こんな授業……意味などないというのに。きっとほかのところでみんな練習しているに違いないのに、この女性は本当にわかっていない、と心の奥でため息をついた。
「んっん」
教科書を読み進めているヘンリーだったが、すぐ近くで聞こえた声には何だろうかと顔を上げた。そこには数少ない、間近で見たくない人の一人であるアンブリッジが張り付けたような笑みをヘンリーに向けていた。
「あなたがマクゴナガル教授の親戚のー……」
「ヘンリー=マクゴナガルです」
閉心術、と心を閉ざして返せば少女の声のような、甘ったらしく聞こえるような……記憶から抹消したい声がわざとらしい咳払いをする。
「そう。あなたの成績は優秀と聞いていますけど、その、あなたの出身についてわからないことがあるの」
ため息交じりにいうアンブリッジにヘンリーは何のこと関わらない風に首を傾げ、あぁ、と声を上げた。何人か聞き耳を立てているが構いやしない。
「父の仕事の都合で国外で生まれました。そのため、別の国で出生届が出されたとか。なのでイギリスの魔法省にその届けが出されていないのかもしれません。それに、お恥ずかしい話ですが父に放棄されたようなもので……。大叔母様が状況を知って祖父に僕を預けました」
だからもしかするとちゃんと登録されていないかもしれない、というとあらそういう事、とマクゴナガル家の弱点を見つけたように上機嫌で笑う。ほんとこの人嫌いだなぁとおもうヘンリーの心のうちに気が付いた様子はない。
それから何かあらはないかという風にヘンリーを見て……結んだ髪を見て少し長すぎるのではないかという。大きなお世話だ、としつこいアンブリッジにかつて癇癪を起しまくっていたことを思い出しそうになり、平常心平常心と応対する。
「そう、ですかね。今年の夏は体調を崩してしまったので、切る時間がなくて。でも尊敬する魔法使いのスネイプ教授やドラコのお父様であるルシウスさんに容姿だけでも近づけたかなって」
できれば切りたくない、というヘンリーにルシウスの名を出したおかげか、いいご判断ね、とまたもや上機嫌になりやっと離れていく。
「僕の父上を尊敬しているなんて初耳だな」
わき腹を突くドラコにヘンリーは笑う。すべてを否定するわけではない。スネイプもルシウスも……特定のみという注意書きが付くが愛する者に一途だ。幼馴染への愛と、家族への愛という違いだけで、二人はその愛をもってヴォルデモートから離れた。
「一応尊敬しているよ?スネイプ教授も……みんな注意書きはつくかもしれないけど、やさしい人だ」
もちろんドラコも、というヘンリーに否定することもできずドラコは顔を背けることしかできない。その耳が赤くなっていることに気が付くヘンリーは知らないふりをして教科書に視線を落とした。
ハリーの傷薬、どうやって届けようか。そう考えたところでそうだ、と思いつく。それと同時に何か大事なことがあったはず、と考えて……授業の終わりを告げる鐘の音に片づけをして立ち上がった。
数占い学の次は空いていて、ヘンリーは部屋に戻った。昼間から……しかもあれはスネイプの作業台の上か……気を付けなければならないというのに大変なところで愛し合ってしまった。思い出すごとに恥ずかしくなるヘンリーは去年シリウスらがくれたハーバリウムを手に取った。
次々現れる花はやはりバラが多くて……。そうだ、と夏休みの時ヘンリーの姿で買い出しに行った際についでにと購入した花の本を取りだす。様々な花には力があると記されている本は花占いと書いてあった。
この本曰く、マグル界でも花に言葉を込めるというのがあるがそれは魔法界から伝わったものだという。例えば赤いバラは愛している、といった一般的なものや、イヌサフランという花には最良の日々は過ぎ去った、といったものまでたくさんあるらしい。
西洋では特に強い力を持った花が解読されているという事で量はそれほど多くはない。半面、東洋では花の言葉に対しかなり関心が深くその数は驚くほどだった。
ゆっくりでいい、と念じながら……スネイプを思い浮かべてハーバリウムを手に取る。ふわりと出たのは赤いチューリップ。これは……真実の愛らしい。アネモネ、コルチカム、エリカ、……中が白く外側が紫の花はオダマキというのだろうか。赤いカーネーションは母に送るものだと思ったが別の意味もあるという。
スイカズラ、また赤いバラ。タンポポまであって白いチューリップが咲いたと思えば黄色いチューリップが咲いて……小さな白い花は一瞬で分からなかった。伯母の名と同じ花はダーズリー家でよく見ていた。これは桃だろうか。以前も見た記憶がある。そして最後にヤドリギとムスカリ、そしてスズランがまるでリースのように輪を作る。
たった一人思い浮かべただけでこれだけの花が自分の心を表してくれている。そう思うとヘンリーは嬉しくて一生懸命見ていた本を閉じた。ホッグズ・ヘッドに通うようになってから料理の本ではなく、この本を眺めていた。写真に揺れる花々はどれも美しく……特にユリは雄大で、自分などが触れてはならないものだと再認識した。
リースのようなものがふわふわと浮くハーバリウムを抱きしめ、寝台に横になる。ムスカリ……ムスクの香りのもとであるというそれは紫色をしていて、まるでブドウの様な花だ。スズラン同様毒をもつというそれは実に不思議なものだった。
あるところでは神秘と創造性といわれ、イギリスでは失望や絶望を意味するという。フランスでは愛を伝える花だとされて、東洋では夢にかける思いや明るい未来と、国によって異なる。結局は好き勝手解釈した結果で力なんてないんじゃないか、と思うヘンリーは少し寝ようと目を閉じた。
リース状に並んでいたのは何か意味があるのだろうか。不器用なばかりで愛なんて伝えられない。絶望を摘み取ってリースに入れるというのはどう解釈すべきか。それとも摘み取られるのは明るい未来なのか。
うとうととするヘンリーは様々な花々が咲き乱れる花畑に座り込んで花冠を作る夢を見た。作ったことのない花冠を見よう見まねでまとめるもまとまらず、やっとできたと思ってもばらばらと崩れていく。
そう、花冠は花嫁がかぶるのにふさわしい平和なものだ。二度もクィレルを殺し、バーサーを見殺しにした罪人がかぶるべきではない。自分ならばできると、傲慢に考え……周りを巻き込んだ。自分には……そうだイチイの葉で編まれた冠がお似合いだ。あるいはイラクサで編まれた冠。そういったものの方が合うにきまっている。
ふっと目を覚ましたヘンリーは腕時計を見てそろそろ起きようと体を起こした。ハーバリウムの中にはもう何もない。写真の中で仲睦まじいヘンリーとスネイプ、そして怪しむようにヘンリーを見る2枚の写真。もうすぐ夢がかなうんだ、とにこりと微笑むヘンリーは身なりを整えると夕食を取りに部屋を後にした。
「昼食来なかったみたいだが……なにかあったのか?」
いつも通り隣に座るドラコに聞かれ、ヘンリーは笑うと、魔法薬について注意事項が多くてという。
「僕が飲んでいる薬、どうやらいろんな魔法薬と相性が悪いらしいんだ。それでご指導いただいていたわけ。安らぎの水薬と……真実薬と、元気爆発薬。それに愛の妙薬もものによっては気をつけなさいって」
ついでに先生と一緒にお昼取ったから大丈夫、というとどこか呆れたような顔でため息を吐く。どうしたのか?と尋ねるヘンリーに何でもない、と答えると皿にソーセージやら何やらをのせてヘンリーに渡す。またこんなに?というヘンリーにドラコはにやりと笑うと自分の分をとって食べ始めた。
やれやれ、と半ばあきらめるヘンリーはちらりとスネイプを見る。じろりとした目は待っていると言われた気がして、ヘンリーは顔を赤くしそうになって慌てて閉心術を施す。
そしてその晩、言われた通りにスネイプの部屋を訪れたヘンリーはうっかり減欲剤を飲み忘れたスネイプによって朝まで寝台に縫い留められることとなった。
翌朝、なんとなく地図を見たハリーは声にならない叫びをあげ、どうかしたのかというロンに言えず……何事もなかったように朝食をとるヘンリーの背中をにらみつける。心なしかスネイプが上機嫌な気がして……今すぐにでも片割れの頭に箒でもぶつけてやりたいと思うのをやっとのことで抑えて授業へと向かったのであった。
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