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58:先のない砂時計
あの墓場から2日が経つ頃、深夜のスリザリン談話室を横切る影がまっすぐに個室となっている部屋に向かう。かちゃりと鍵を開け、中に滑り込んだ影は明かりもつけず静かに呼吸する塊へと近づいていった。
肩に手を置こうとした影だが、それより先にシーツが跳ねあがり、素早い身のこなしでとっさに杖を抜いた影の手を杖で抑える。
「すまない、起こしたようだな」
影はこちらを見下ろす少女の眼を見て問いかけると、先生、と少女は目をしばたたかせた。部屋に入った瞬間から警戒モードになった少女にやはり彼女は転生者なのだな、とスネイプは考えて杖を下した少女を抱きしめる。
明かりがともされ、侵入者の顔を照らすと、ハリエットは両手で頬を包み込んだ。
「先生顔色悪いです。ちゃんと寝れましたか?どこか痛いところとか……」
座ってください、と寝台を示すハリエットは寮だからなにもないなぁと部屋を見回す。そんなハリエットの手をスネイプは軽く引き、隣に座るよう促した。素直に座るハリエットは寝巻のままで、先ほどまで寝ていたがために少し寝ぐせが付いている。
何も言わず引き寄せて口づけると、ハリエットは抵抗することなくそれを受け入れ、抱きしめられるままに身をゆだねる。
「君を守るためならば、どんなことにも耐えられる。ハリエットこそ具合はどうかね?」
大丈夫だ、というスネイプはハリエットのこめかみに口付けを落とし、髪のにおいをかぐように顔をうずめた。先ほどまで眠っていたハリエットは恥ずかしがって逃れようとするが、無理に体をよじるのではなく簡単にスネイプに抑えられる程度にとどめ、くすくすと笑う。
「くすぐったいよ先生」
笑うハリエットはお返しとばかりにスネイプのにおいをかぐ。魔法薬の匂いに紛れるようにかすかに香るスネイプ自身の匂い。
「先生の抱きしめられるとすごく落ち着く」
包まれている。その感触がハリエットの心の揺らぎをあっという間に止めてくれる。かつてヴォルデモートにリリーの命をと申し出たスネイプ。怖くなかっただろうか。スネイプがのちの裁判で許されたというのは記録上で人の命を奪っていない死喰い人だったから。そう聞いている。
愛する人の為に動くことができるスネイプをハリエットは愛した。だから、母リリーに嫉妬しているわけではない。ただ、悔しいだけだ。所詮自分はハリー=ポッターであって、彼に愛される存在ではない。
生まれ変わったことで何が変わるわけではないのだ。本質は変わらないのだから、彼の心が手に入ることはない。それが分かっているからこそ、悔しくて……そして尊敬するのだ。ここまで愛される母を、そして愛し続けるスネイプを。
さらさらとふたのない砂時計から時間という名の砂が零れ落ちていく。
「私も……君をこの腕に抱いているときが安心できる」
そういってハリエットを抱きしめるスネイプはそのまま彼女の寝台に華奢な体を沈めた。
愛している。本当に……愛している。だが、もう自分のそばに置くのは危険だ。だけれども、彼女を手放したくない。どうすれば愛したまま、彼女を抱きしめたまま距離を置くことができるのか。
押さえつけるように口づけ、薄い寝間着をはだける。愛撫する手に身をよじるハリエットを見下ろしたスネイプははっとなって鎖骨の、彼女の呪いを示す花に指を這わせた。二つになったスズランの花はつい先日まではなかった。
つまりは……彼女はその力を行使したのだ。その結果についてはわからない。ダンブルドアは……彼女が境界のところに居たという話だったが、違う、とスネイプは考える。
手を止めたスネイプを不思議そうな顔で見上げるハリエットを見ると何でもない、と言ってローブから薬を取り出し煽った。考えるのはあとでだ、と口づけるスネイプは優しい甘い匂いに誘われるようにハリエットを甘くふやかした。
彼女は……セドリックを助けに行ったに違いない。だが、彼女もポートキーでついていったというのか。いや、あの会場には入れないはずだ。入れば偽物とは言え邪魔されたくないムーディが、クラウチJr.が気付く。では一体どうやって行ったこともない場所に……。
転生者、その言葉が頭をよぎり、スネイプは顔を赤くし恥じらうハリエットを見つめる。彼女は姿現しができるのだ。それ以外ない。では彼女はあの場に行ったことが……。
ひやりとした予感にスネイプは頭を振って、快楽に浸かった彼女に集中する。あっていいはずがない。
ハリエットは……リリーに似ているのだから。
ジェームズに似たあやつとは違うのだから。
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