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57:塔の上で
ハリエットに出した手紙は返事がなく、一月が経とうとしていた。ハリーは何も持っていないクルックシャンクスの姿にため息をつき、フクロウ小屋に向かう。
「シーク?いるかい?」
誰もいないことを確認して声をかけると、ヘドウィグが代わりに降りてきて、首をかしげる。じっと見上げてあの特徴的な太い縁のある森フクロウを探すが、どこにもいない。
「ハリエットと話したいだけなんだ。ヘドウィグ、ヘンリーに手紙は……どうしてもだめかな」
ヘンリーという名前を出せば、その手紙はできないと言わんばかりにヘドウィグは少し遠ざかった。わかったよ、とあきらめるハリーにヘドウィグは一鳴きしてハリーの頭を軽く蹴ると、低く飛び立った。目をしばたたかせているともう一鳴きされ、ハリーは慌ててその後を追う。
嘘、と思わずつぶやくハリーはアクシオで箒を呼び出し、塔の頂上へと向かった。探し人は夏の明け方に出かけたように、その時とは違うヘンリーの姿で塔の天辺で物思いに更けていた。
じっと何かを見るように動かないヘンリーは、うずくまるように膝を抱えている。
「ハリエット?」
驚かさないように声をかけると気が付いていたのか、どうかした?と返す。その様子に運命を変えられなかったことに落ち込んでいるのだと考えるハリーはその隣に腰を下ろし、どう声を掛ければいいのかと悩む。ヘンリーは何か考えているようで、ハリーの声を待つ。
「ハリー。先生のことはわかっている。わかっていて、私は先生が好きになった。ドラコのこととかいろいろ心配だろうけれども、わかっているんだ。先生との時間も……」
言えないことがどんどん増えていく。ハリエットはマダム・マクシームと仲良くするハグリットを……正確にはその後ろにある小屋を見つめる。燃える小屋、逃げていく死喰い人……。
スネイプは今、かなり神経をすり減らしている。自分といるせいで、より顕著に削られている気がして、ヘンリーは抱えた膝に顔をうずめる。
「ハリエットはスネイプを信じているんだね」
ため息をつくハリーにヘンリーはそっと笑う。信じている。あの時わからなかった言動や行動の意味を知り、すべてが覆ったあの日から。戻ってきてそれを見ているとよりそれが顕著になって……。
「でもハリーはスネイプを疑い続けて」
それが彼をどれだけ傷つけても、ハリー=ポッターが彼を信頼することは在学中に起こることはない、ゆるぎない未来だから。そしてそれを選んだのはスネイプ自身だ。
「ハリーはスネイプを嫌い続けて」
彼が愛しているのはリリー=ポッターただ一人。そして彼が憎むのはジェームズ=ポッター。だから、母の眼でスネイプを疑い、嫌い、信用しないでほしい。
きっと今は暖かな夢の中なのだ。もうすぐ弾ける、ひと時の夢。スネイプは思い出すだろう。ハリーと違ってハリエットの眼がかつてさげすんだ男の眼と同じであることを。
そして、性別こそ違えど、あれほど憎み嫌った男の容姿を受け継いでいることを。今は見え隠れするだろうリリーの面影に目がくらんで見えてないだけだ。もうすぐ目が覚める。
「ハリエットのいう事は僕にはさっぱりわからない。けれども大丈夫。僕はあいつを信用しないし、疑っている。腕に死喰い人の印があるあいつは……ダメなんだ。できるはずがない」
言われなくとも、と顔をしかめるハリーにヘンリーはそうだね、というと箒を手に立ち上がった。それを見上げるハリーは反対にヘンリーが見ていたであろう所に目を向ける。
「そうだ、あのさハリエット……一度伯母さんたちに会いに来ない?唯一の親戚だから……」
会いたいから、と言外に匂わすハリーにヘンリーは少し考えて、静かに首を振った。
「ハリー、これはたぶん誰も話してくることはないから私から言うけれども、ハリーは本来私と一緒にいたほうが安全なんだ。けど、ハリーは守られるけどその守りとなる私にはその力は及ばない。それどころか、私自身が狙われているから逆に危険になる。ここホグワーツでは私も守られている。けど、それ以外では私は逆に足手まといなんだ」
血の守り。それを考えればペチュニア同様自分もその守りの範囲になることができる。だが、ハリエット自身は無防備のままだ。またそれを守る人が出てきて……とても面倒なことになる。だから、とハリエットは首を振る。
血の守りについては聞かされていないハリーはむっとして、ヘンリーを抱きしめた。ぽんぽんとハリーの背を叩くように撫でるヘンリーは多分夏に……びっくりするようなところで会うと思う、と言い残して箒に乗って飛んでいく。残されたハリーはため息をつき、ヴォルデモートのこと話せなかったな、とヘドウィグを撫でた。
「あ、母さんが言っていた二つの罪について聞きそびれた……。でも……父さんはシリウスと悪戯していたって聞いたけど、まさか母さんが何かしたなんてことはないだろうし……。気にしすぎかな」
そんなに重要なことではないだろう、とハリーは考え、箒にまたがると消えた片割れとは別の方向へ飛んでいった。
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