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60:岐路に立つもの

 スネイプがヘンリーの部屋に来てから数日。スリザリンの寮には今までにない緊張感が漂い始めていた。フクロウ便を受け取った後、顔をこわばらせるのは主に純血の家だ。
 思い悩んだ風のドラコを見つけ、ヘンリーはそっと傍による。

「ヘンリー」
 ゴイルとクラッブは今傍にいない。顔を上げたドラコはヘンリーを見つめると唇を噛み、顔をそらす。歩き出すドラコになんとなくついてくと、ドラコもついてきてほしかったのか、足並みをそろえる。

「ヘンリーは……」
「僕は大叔母様がそもそも半純血で、父は……一応魔法使いだけど……。母さんも記憶にないけどマグル出身の魔女だと聞いている。僕は本来ドラコと仲良くなるべき家柄じゃないんだ」
 マクゴナガル家に存在しない、だらしなく子供を育児放棄するような男。ジェームズとも違う人物像を告げるとドラコの足が止まり、ヘンリーはどうかしたのかを振り向いた。

「そんな事関係ない!僕にとってヘンリーは……」
 悲痛な顔で声を荒げるドラコに驚くヘンリーは、目をそらし歯を食いしばる姿に首をかしげる。ヘンリーが振り向いて、ドラコと向き合うとドラコもまた顔を上げた。

「親友?」
 なんておこがましいか、と笑うヘンリーにドラコは小さく笑い、その通りだという。幼いころから一緒にいる二人とは違う、学校でできた、いわば自分の力で得た唯一の……関係。

「聞いているのか?」
 どこか吹っ切れたような顔で何をと言わず問いかけるドラコに、ヘンリーは空気が変わったことに気が付いて、黙ってうなずく。
「大叔母様から聞いているよ。君が……僕を許してくれるのであれば、僕は一切そのことについては口をつぐむし、目もそらす。だから、友としていることを許してほしい」
 ヴォルデモートの復活はとくにマルフォイ家には重大な事柄だ。だから、どれだけ彼に重圧がかかっているのか……わかる気がして、思わず口に出る。
 ヘンリーは本来かかわるべきじゃない、とわかっているがどうしても放っておけず、ドラコを見る。

「当たり前だろう。僕自ら選んだ、大事な友達だ。誰にも文句は言わせやしない」
 たとえ立場が変わっても、大事な親友だ、というドラコはヘンリーの細い体を抱きしめた。親愛のハグであることはわかっているヘンリーは慰めるようにドラコの背に腕を回し、抱き返す。

「本当にヘンリーは小さいな」
「一言余計だよ。何かあれば……聞くだけしかできないかもしれないけど、相談に乗るから」
 細いし、というドラコにヘンリーはうるさいと頭をはたく。あぁ、そうさせてもらおうと笑うドラコにそろそろ戻ろうか、と声をかけ……城を見る。

 城内に入るなりどこかで見ていたのかと思うほどの速さでスネイプに遭遇し、ヘンリーはそのまま連行されていく。肩をすくめて見せるドラコはそれを見送ってから顔を曇らせ、壁に寄りかかった。
 思いもよらず即興でダンスパーティーのレッスンになった、談話室の一幕。聞いた話では監督生がみんな踊れたという話をしに行き……ヘンリーが下級生の女子生徒と躍った話をしたという。
 その時はそうか、と気にしていない風だったが、自分がヘンリーをパートナーに躍ったという話をした際は手に持っていた瓶を思わず割ったと、そう聞いている。
 それほど大事なのであれば……彼はヘンリーを守りきるだろうか。ヘンリーとスネイプの間に少しの隙間もないことに、ドラコはため息をついてはるか高い天井を見上げた。
 自分ではまだ彼を守るほどの力がない、と考え……ちょうど現れたクラッブたちと合流する。父のように、この荒波を守りたいものを守りながら柔軟に生きよう。そう心に誓い、いつもの顔で、いつものように3人で闊歩する。
 彼を闇から遠ざけるためならば、僕はいくらでも闇に身を沈めよう。だから、ずっと笑っていてくれ、とドラコは地下牢へ下りる階段が闇の陣営へ下りていくように感じながら、はにかむ様な大切な笑顔を心に刻みつけた。
 


 横たわる石像と化した青年。それを前にダンブルドアやスプラウト、ローブを被った癒者の人物とポンフリーと……そして青年の両親がそろっていた。

「彼を助けようと、予見者であるハリエット=ポッターがお守りとなるものを持たせていたために死の呪文からは逃れてはおる。じゃが、ヴォルデモートの力はそれを上回っていたようじゃ。彼は見ての通り石像となり、いつもとに戻るか……癒者も見たことがない事例という事しかわからんのじゃ」
 これ以上のことはわからぬ、というダンブルドアに呆然とした様子のエイモス=ディゴリーはどういう事なんだと詰め寄る。慌てて抑えようとする癒者がその肩に触れると、激高したエイモスは触らないでくれ、と腕を大きく払う。それが頬に当たったのか、弾かれたローブ姿の男に慌てたディゴリー夫人が大丈夫ですか、と膝をついた。

「なんで、なんで……セドリックが……」
 なぜ息子が、というエイモスは息子の像にすがり、泣き伏せる。その肩に触れたのは夫人で、エイモスは今度は振り払うことはなく、顔を上げ同じように目を真っ赤にはらした妻を視野に入れた。

「エイモス、セドリックを家に戻してあげましょう」
 人の眼に触れるのは可哀そうよ、と夫人が声をかけ力なく立ち上がる夫を支える。一人で歩くのを見た夫人は先ほどのローブの男に、先ほどはごめんなさいと声をかけた。

「セディ。全部終わったら……気にせず戻ってきて。お父さんは私がみているから、大丈夫」
 彼に聞こえるぐらいの声で囁く夫人は驚いて目を見開くローブの男に、頬の腫れは大丈夫そうですねと言って夫を追いかける。
 残された男は、セドリックは赤くなった頬に手を当てると必ず帰るよ、とつぶやきダンブルドアのもとへ行く。自分の命を守ってくれた少女のためにも、そして帰りを待つ母のためにも。

 ふと、彼女は双子の片割れに似ているのにどこか儚くて、目を離したら消えてしまいそうだ、と考えた。彼女はこの先も誰かの命を助けていくのだろうか。彼のように。ハリーと同じように箒に乗ったりするのだろうか。
 そう思ったところで大切なガールフレンドであるチョウが頭をよぎる。きっと彼女は悲しんでいるだろう。彼女に生きていると言えば彼女の涙は止められる。
 だけれども、彼女に会うことはできない。これから自分は歩むはずのなかった道を行くのだ。彼女とは違う道に彼女を連れていくことはできない。

「チョウ、さようなら」
 君を悲しませたくはないけれども、これが一番いいはずだ、と迎えに来たダンブルドアの知人である男の後を追い、6年間過ごした城を後にする。ここは学生の場所。一歩遠ざかるごとに沢山の思い出が頭をよぎる。

「ヘンリーにリベンジできなかったな」
 奇抜な方法で自由に飛ぶ彼。ハリーともちゃんと戦いたかった。すべてが終わったら、あの二人といろいろ話そう。
 セドリックは一度も振り返ることなく6年間過ごした城を後にした。その姿を、一頭の雌鹿が静かに見送っていた。








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