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32:ある日森の中、犬さんに出会った

 休暇に入ると、ヘンリーは朝食後に厨房へと向かった。そこに入れば大勢いる屋敷しもべたちがどうしたのかと顔を向ける。この中にはハリエットを知るものが大勢いるが、それがヘンリーになっていることを知っているのはごくわずかだ。
 その中の一人であるベベがおやまぁどうしたの、とやってきた。

「あのさ、ちょっとチキンを包んでもらっていい?その……禁じられた森の近くで野犬が居てね。ひどく痩せているからせめて体力をつける分だけ世話してあげたくて。あぁ、母さんには内緒。禁じられた森近づいたなんて知られた日には一日猫にされちゃうよ」
 頼める?としゃがんだヘンリーに赤ん坊のことから知っているベベははいはい、と笑ってチキンを2つ紙に包みこれも必要でしょう、とミルクの瓶を籠に入れて渡す。
 受け取ったヘンリーはありがとうといつも通りお礼を言う。最初こそはお礼を言われることに戸惑っていたベベだが、いまではすっかりなじんでくれて、危険なことはするんじゃないよ、とヘンリーの腰を叩いた。


 そのまま城外に出ると、物陰でビオラに変化し、籠の持ち手を咥えて森に入っていった。寒くて鼻が凍えてよくわからないことにため息をつき、きょろきょろとして……黒い毛を見つける。
 ここに彼は来るかな、と籠を置きそこから少し歩く。食べるか食べないかわからないが、後でまた見に来ようと、そのままスネイプがいるであろう方向に歩き……かさりという音になんだろうとふりむいた。

 ぴと、と振り向いた鼻先が湿った何かに触れ、ビオラは緑色の瞳をしばたたかせる。目の前が闇に覆われて何が何だかわからない。向こうも振り向くとは思っていなかったのか、驚いた様子で動かない。
 恐る恐る一歩下がったビオラは大きな犬が目の前にいることに気が付き、びっくりして足をもつれさせながら身をひるがえす。
 まさかこんな至近距離で会うなんて考えてはおらず、心の準備ができてないと逃げ出すビオラを一拍遅れて犬が追いかける。向こうも向こうで何とかビオラを引き留めようとして、気が動転しているのか、小鹿を捉えようとする捕食者の狩りのようなこととなり、思わずビオラの後ろ脚に飛びついた。

「スピューティファイ」
 転がったビオラが何とか逃げ出そうとすると、赤い閃光とともに犬が弾き飛ばされる。黒衣をひるがえし現れたスネイプは逃げ出した黒い犬を追おうとして、森の奥に入られたことに舌打ちをした。
「ビオラ、大丈夫か」
 引き倒されたビオラを気遣うスネイプは怯えている小さな体にローブをかぶせ、抱き上げる。震えているビオラをとにかく森から離れたところに、といつもの石のベンチに運び怪我の具合を確認する。幸い、痩せた犬だったからか、さほど力が入っていなかったと見え、かすかな爪の痕以外傷はない。

 よくよく考えなくとも、ビオラは小柄だ。この森においてビオラが無事だったことの方がすごいことで、本来ならばとっくに淘汰されていてもおかしくはない。
 やはり何か特別な鹿なのか、と考えるスネイプはビオラの怪我に以前も効果のあった普通の傷薬を塗り込む。ただ、ハグリッドが世話をしているわけではないことを最近知り、いったい何なのだ、とじっと見つめるビオラの頭を撫でる。
 落ち着いたのか、もう震えてはおらず、すっと立ち上がるとお礼をするように頭をスネイプに摺り寄せた。そのまま二度鼻先でつつき、差し伸べられた手をひとなめするという、まるで私はビオラよ、と言わんばかりの自己表現にスネイプは口角を上げて艶やかな毛並みをしたビオラを抱き寄せた。

「お前意外に緑の瞳を持つ鹿は見たことが無いから安心したまえ」
 どんなに多くの鹿に埋もれたとしてもこの瞳を間違えるわけがない、と言うスネイプにビオラは小さな尾を左右と振る。

「今日は暗くなる前に安全な寝床を見つけるといい」
 さぁ、と促すスネイプにビオラは素直に従い、もう大丈夫だとばかりに跳ねまわり、犬に襲われた方向とは反対に走り出す。犬、と何か考えるスネイプだが狼ではないし今日は違うと首を振って城内へと戻っていく。

 それをこっそり見ていたヘンリーはやれやれとため息をついて森を睨んだ。せっかくチキンを持っていったのにあんまりだ、と踵を返す。籠は明日回収すればいいだろう。

 それにしても、とヘンリーはさみし気に小さく笑う。シリウスだった。生きていた。痩せてはいたが、元気だった。まだハリーは彼を誤解している。
 あの晩、全てが明らかになったあの晩までの辛抱だ、と何となく耳に触れる。去年貰った耳に引っ掛けるイヤリングの黒い石に触れて、先生をどう助けようとプランを練ることとした。





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