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18:セレンディピティ
自室の扉を開けようとしたスネイプは軽い足音に気が付き、石階段を振り返った。後ろを気にしながら駆け降りるくらいの速度で降りてきたのは予想通りヘンリーで、雪解け水で濡れた石畳に気が付いた様子はない。
とっさにスネイプが前に出たと同時に危惧した通り最後の段で足を滑らせたヘンリーの体が傾ぐ。ヘンリーが慌てたところでどうにもならず、間に合ったスネイプの腕がその体を捉えた。
体重の軽いヘンリーを抱き留めたスネイプは先ほどのやりとりを思い出して何とも言えぬものがあり心配する声を飲み込んでしまう。スネイプに支えられていることに気が付いたヘンリーが驚いて飛び退こうとし……痛いと顔をしかめて再び倒れ掛かってきたことにスネイプは何も言わず抱き留める。
このままではだめだ、とスネイプは寮監と寮生であることを自分に言い聞かせようとして、恋人になっているヘンリーのことが心配であることが勝った。
「前を見ておりたまえ。急いでいたようだがどうしたのかね?」
しきりに足を気にしている風のヘンリーにどうしたもないだろう、と問いかける自分にあきれるスネイプは廊下を見て誰もいないことを確認すると相変わらず軽いヘンリーの身体を横抱きにして自室へと向かう。
「足をひねったのであれば薬を塗ろう。うっかり落としてしまわぬよう、我輩の首につかまりたまえ」
身動ぐヘンリーにそう告げれば大人しくスネイプの首に手を回し、ぎゅっと縋りつく。あまりの近さに内心動揺するスネイプだが、ヘンリーを落とさないようしっかり抱えて自室へと入る。杖を振って暖炉に火を入れるとヘンリーをソファーに下ろした。
「石階段を降りる際は後ろを向いていては危険ではないかね?」
腫れにきく魔法薬を呼びだし、ヘンリーの隣に座るスネイプはブーツを脱ぐよう促す。よいしょ、と言いながら捻った足から靴下も脱いでソファーの座面に下ろした。
その足を手に取り、自分の膝の上に乗せると腫れを確かめる様にそっと撫でる。
「いえちょっとあー……。あの先生がクリスマスランチをとろうとしつこく……じゃなくてうるさかったので逃げ……じゃなくてえーと……」
「言葉を選ばなくてもいい。なるほど……ポッターにばかりしつこく絡んでいるかと思いきやヘンリーまでも追いかけるとは。どれくらい腫れているか確認するため、もう片方も裸足になってもらってもいいかね?」
一応先生だからという風に言葉を選ぼうとしつつ、本音が出ているヘンリーにスネイプは思わず小さく笑みをこぼしてあの男は正規の教員ではないという。
わかりました、と素直にブーツを脱ぐヘンリーは足をどこに置けばと迷い、促されるままにスネイプの膝に乗せる。比べる様に足首を掴み、そっと撫でると魔法薬の入った瓶を傾けた。
少し腫れている足を撫で、比べるためにともう片方の足を示すと、ヘンリーは疑うこともなくブーツを脱いで両足をそろえる。少年にしては少し小さい足の指は小さな爪が付いていて、ここだけを見れば少女の足であることは明白だ。
スネイプに両足を乗せている姿は無防備で、思わず育てに親にどういう教育をしたのだ、と言いたくなるのを飲み込む。
薬を塗り終え、確かめる様に撫でるとくすぐったいのか足の先がきゅっと閉じる。そんな無意識の行動に喉が異様に乾き、スネイプは無意識につばを飲み込んだ。
一応恋人になった今、相手に体の自由をゆだねているヘンリーに何をしても文句はないだろうか、とチラついたダンブルドアの顔を意識の奥に放り込む。
もとより……一切了承の意を伝えていないのだから、お願いに対して守る義務はない。
「綺麗な指だ」
そう言って足先に軽く口づけをすれば見る見るうちに顔を赤らめていく。ヘンリーが引こうとした足を反射的に抑えるスネイプはソファーに転がったヘンリーを見下ろし、逃げないよう両手で顔を挟み込んだ。
覆いかぶさられたヘンリーは心臓がうるさい、と真っ赤になった顔でスネイプを見上げ、開かれてしまっている足にどうしようと戸惑う。
前回も特にそういった欲がなかったヘンリーはスネイプの目に見え隠れする“熱”にぶるりと体を震わせる。恐怖ではない、期待してしまっている自分に戸惑い、ヘンリーは押さえつけるような口づけに心が温められる。
首筋に口づけられ、食まれるとこれ以上ないほどに心臓の音が鳴り響く。ちりっという痛みに体の奥が揺さぶられて、白い光が目の前で弾ける。
「あ」
あえて解呪していなかった忘却術で消されていた記憶がふいによみがえり、ヘンリーは体を小刻みに震わせた。それに気が付いたのか、スネイプに火が付いたのか……着ているセーターをたくし上げられ直にスネイプの手が触れる。
もともと強く掛けていなかったらしいのだが、なんてタイミングで戻ったんだ、と震えるヘンリーは自らスネイプを抱き寄せて……。
「スネイプ教授、少しよろしいでしょうか」
ノックの音共に聞こえたマクゴナガルの声に二人はぴたりと止まり、顔を見合わせる。ブーツと靴下を手にしたヘンリーはとっさに奥の部屋に逃げ込み、スネイプもまた服を整える。
ざっと見渡してヘンリーの物が落ちていないことを確認してから杖を振って寝室に防音の魔法を唱える。深呼吸してから扉を開けた。
「何か用ですかね?」
「マダム・ポンフリーから元気爆発薬の追加をお願いしますということと……ヘンリーを探しているのですが見かけていないでしょうか」
こちらにいるような気がしたのですが、と言うマクゴナガルにスネイプの指が心の動揺を隠しきれずにピクリと揺れる。きろりとマクゴナガルの瞳が目ざとくその揺れを見つけ、無言でスネイプを見つめた。
「念のため寝室を見ても?」
許可を求める声のはずが決定事項に聞こえ、スネイプは奥の……ヘンリーが逃げ込んだ部屋に視線を移す。断るわけにもいかず、隠れていることを祈ってどうぞ、と扉を開けた。明かりを灯し、中を覗くマクゴナガルだがいないようですね、と引き下がる。
「失礼いたしました。あの子はだいぶうかつなのでとっさに逃げ込んだのではと思ったのですが……」
「ヘンリーならば先ほど足をひねったのを治療し、お礼を述べてから出ましたが……どこかですれ違ったのでしょうな」
あの子がいる気がしたのですが、と言うマクゴナガルに先ほどまでいたというと、納得したように頷きマクゴナガルは部屋を出て行った。
全く持ってうかつなのですがな、と廊下に繋がる扉に鍵をかけて寝室の扉を開ける。確かにどこにも姿は見えない。もしや、とクローゼットを開けるとスネイプのコートを手に握ったヘンリーがはっと振り向く。
いったい何度私の理性が壊されれば彼は学習するのか、とスネイプは大きくため息を吐いた。
「ヘンリー、私とて無欲な男ではないのだが」
手加減できる程常に余裕があるわけでもない、とクローゼットを塞ぐよう両手を広げ、扉を抑えれば漸く事態を察したのかコートから手を離して逃げ道はないかと、目を彷徨わせる。逃げ道がないことを再認識するとちらりとスネイプを見上げる。
片手で顔を覆い、深々とため息を吐くスネイプは馬鹿者が、とヘンリーの手を引いた。
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