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20:見知らぬ顔
ヘンリーが顔を真っ赤にして首の後ろに赤い印を隠したまま、スネイプの部屋から抜け出し、自分を探していたマクゴナガルのもとに向かった。部屋には帰ってきていないことを確認し……魔法薬で回復したとはいえ精神的にも疲れたヘンリーが自室で昼寝している間、ハリー達は3人でマートルのいるトイレの個室に集まっていた。
「いい?二人はクラッブとゴイルの髪を引き抜くだけでいいのよ」
わかった?というハーマイオニーにハリーとロンは顔を見合わせる。
「それでハーマイオニーはどうするんだよ」
「私のはもう手に入れたのよ。この前偶然手に入れたの」
だから大丈夫と言うハーマイオニーに押され二人は顔を見合わせた後、図書室に連れていかれ……課題を終えてくたくたなままにクリスマスディナーへと向かう。
去年と同じくすばらしいディナーに目を輝かせ、この後ポリジュース薬を飲まなくてはならないことを一瞬忘れそうなほど煌びやかでハリーとロンはハーマイオニーの視線を感じながら食事をした。
「ハリー、ロン。ちょっとあれ見て見ろよ」
「気が付かれないよう、そっとだぞ」
早く食べねばとディナーを詰め込んでいると、フレッドとジョージが大勢を低くしながらやってきて、教員席を示す。
いったいなんだと3人で見ると笑っているマクゴナガルとダンブルドアと……指摘されたのか自分の……サラサラになっている髪を掴むスネイプをみて思わず咽こんだ。ぎろりと睨む先には同じように艶やかな赤い髪をしたヘンリーの姿。笑いながら身を小さくするヘンリーにマルフォイが呆れている。
「スネイプ先生が彼の髪を手入れをしていたのかしら」
多分その時、気が付いていない間に塗られたのね、と考えるハーマイオニーをよそにハリー達は笑いをこらえるのに必死で聞いていない。
睨まれていることに気が付いたのか、顔を上げたヘンリーは慌てたようにディナーをかきこむと逃げようとして、すぐ真後ろに移動したスネイプに驚いて腰を抜かす。そのまま連行されていく姿にスネイプに悪戯を仕掛けるなど、どんだけ度胸があるのか、とひそひそと囁かれる。
人が減り、スリザリンのテーブルに目的の二人以外がいなくなると、ハリー達も大広間を出て、先に行ったハーマイオニーに渡されたケーキを階段に仕掛ける。こんな罠に誰が、と顔を見合わせていると出てきたクラッブとゴイルはケーキを美味しそうに頬張り……そのまま倒れた。
物置まで二人を引きずり、靴だけを拝借してトイレへと戻る。
「ここまで馬鹿だとは思わなかった」
嘘だろ?と言うロンにハリーも同意してハーマイオニーの待つ個室へと入っていった。
もくもくと黒い煙が立ち込める個室の中、ハーマイオニーは本と出来上がったものを見比べ間違いないわと言う。
「これを飲めば元に戻るまできっかり1時間よ」
黒い泥のような見た目の魔法薬に先ほどまでのクリスマスディナーが出そうな気がして、ロンとハリーはうえぇと顔を見合わせる。ハーマイオニーが取り出したのは赤い糸の様なものだ。
「この間ヘンリーにぶつかって、そうだと思って彼の髪を拝借してきたの。あの様子じゃしばらく寮には戻らないだろうから一時間なら大丈夫よ」
決闘クラブの時に組んだミリセント・ブルストロードの髪をストックしていたと言うハーマイオニーはその赤い髪を自分のグラスに落とす。
彼女は帰省してしまったために言い訳を考えるには少し苦労しそうだったの、と言う間にもポリジュース薬は変化していく。シューシューという音を立てて色が変わると満月のような銀色の液体へと変わった。ほのかに光り輝くそれはとてもきれいで、促されるままにハリーとロンも自分のグラスに取ってきた髪を入れた。
ゴイルのは鼻くそのようなカーキ色になり、クラッブのは濁った暗褐色になる。その様子に二人は嫌な顔をして、きらきらとしたヘンリーのをうらやまし気に見つめた。
「あ、ちょっとまって。いくらヘンリーが細いからって僕たちのはごつい体格だ。こんな個室で一斉に変化したら大変なことになっちゃう」
飲もうとする二人を止めるハリーに確かにそうだと頷き、それぞれ個室に入ってグラスを見つめた。えいっと意を決してグラスを飲む干すと体がよじれるような、なんとも言えない気持ち悪さに見舞われ、ハリーはなんとかその変化していく体に床に四つん這いになりながら耐える。
始まりは唐突であっという間に終わりを迎えるとハリーはぼやけた視界にいったいなんだと考えてギチギチになった眼鏡をはずす。
着替えて個室から出てきたクラッブ……いやロンと顔を見合わせてすごい、と言いあう。
だがハーマイオニーは出てこない。
「どうしたんだい、ハーマイオニー。ヘンリーになれたんじゃないのかい?」
開かない扉に向かって問えばえーっと、という少し高めの声が聞こえてハーマイオニーが咳払いをする。
「あぁどうしましょう。彼の眼鏡の事をすっかり忘れていたの」
先ほどよりは少し低めの声にそういえば彼は細いフレームの眼鏡をしていた、と顔を見合わせる。前髪が長いせいか忘れがちだった。
「僕の眼鏡を使ってみるかい?」
ゴイル……ハリーが自分の外した眼鏡を扉の上から渡すと、それをかけたらしいハーマイオニーがちいさく息をのむ声が聞こえる。ダメみたい、というハーマイオニーは仕方ないわ、というと先に行くよう二人を促した。
すでに5分使ってしまっていることに気が付き、出られないハーマイオニーを気にしながら廊下に出る。
二人の足音が聞こえなくなったところでハーマイオニーはひそめていた息を吐いた。どうしよう、と鼓動が耳元で鳴り響く。
とんでもない秘密をあばいてしまった。
深呼吸してもう一度確認しようと手鏡を取り出す。
「一体どういうことなの?」
鏡の中には親友に瓜二つの少女の顔がそこにはあった。眼鏡をかければなお同じで、声も多分似ている。なによりヘンリーの赤い髪を入れたというのに黒髪の少女になるなんて訳が分からなすぎる。
ただ、直感したのはこの顔を誰にも見られてはいけないということ。もしも……もしもヘンリーがこの少女であるのならばばれるわけにはいかないのだ。慌ててフードをかぶり、既定の時間が過ぎるのを待つ。
ハリーとほとんど同じ体格で、同じ顔で……まるで双子だ。男女の違いはあるがよく似ている。しいて言えば目つきが少し違うくらいだ。
だからこそ、誤ってハリーの髪が入ったなどと言うことはない。そっくりだが少し違う。
ふと、彼の名前を思い返す。
「ヘンリー=マクゴナガル……ヘンリー……。あっ、愛称はハリー。え?ちょっとまって偶然よね。えぇっとそれなら女性の名前で愛称がハリーになる名前は……ハリエット。そう、そうだわ。え、まさかそんな……」
偶然よね、と自問しヘンリーの顔を思い浮かべる。彼の髪色と眼の色を変えて考えるとマクゴナガル教授と言うよりはハリーに近い。でも彼はハリーに対して少し冷たい。でもそれこそがこの親友そっくりな少女の演技だとしたら。
ハーマイオニーの脳内で偶然落ちた球が見知らぬところに転がり、ぱたぱたとドミノ倒しになる様に繋がっていく気がして、ぶるりと背筋を震わせる。
ばたばたと言う音が聞こえ、鏡を見れば見慣れた栗色の髪と瞳の色に徐々に戻ってきており、ハーマイオニーはほっと息を吐いた。彼に尋ねるにしても、ポリジュース薬のことを言わねばならなくなる。
彼のことを信頼しているわけでもなんでもないうえ、彼はスネイプと親密にみえることから切り出すのが難しい、と考える。
だが、もし彼が彼女であるのならばそれを変えているのには確実にスネイプが関係しているということで……。二人の親密さはそこからなのかしら、とあのディナーのやりとりを思い出す。
「ハーマイオニー、君ももう戻ったかい?」
そんな声が聞こえて、ハーマイオニーは大丈夫、と答えるとあれこれ考えても仕方ないわ、と決意を胸に扉を開けた。
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