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姿の見えない馬、セストラルの牽く馬車に揺られる間、ますます激しくなる雨に思わずため息が出る。覚えておくと便利だぞ、というヴォルが杖を上に向けると銀色の物が一筋上がり、マグルの使う傘と同じような形になって雨を防ぐ。
「昔からある魔法の一つだ。もっとも、こうして杖を上に向けて使うために乾燥魔法を覚えた魔法使いはめったに使うことはなくなったらしい」
俺も以前はほとんど使ったことはない、と古い魔法を使うヴォルにハーマイオニーは便利なのがあるのね、と頭上で弾かれる雨に声を上げる。
ハリーだけでなくロンたちを入れるほど大きい傘を作るヴォルに、急いで城に入る生徒はちらちらと振り返って何をしているのかを横目に見ていた。
まだまだ知らない魔法があるのね、とウキウキするハーマイオニーは足元に杖を振って4人の足を乾かす。
「日々使う魔法のほとんどはホグワーツで覚えることはそうそうないだろう。覚えるべき魔法が多すぎるくらいだ」
洗濯物をたたむ魔法とか、というヴォルに一人暮らしのリドル青年を思い浮かべたハリーはそういう魔法覚えておいた方がいいかな、と聞き漏らさないよう耳をそばたてる。その様子に俺様のハリーは愛おしい、と上機嫌で抱き寄せた。
この二人さらに密着度高くなってない?と大広間では二人を見守りたい生徒がちらちらと二人の様子を見つめる。
そして始まった組分けの儀式。ハグリッドのコートを羽織ったびしょびしょの一年生を示してクリビーの僕の弟だ、という声にヴォルのこめかみがひきつる。あぁなんか嫌な予感、とハリーも少しため息をつき……おなかをすかせたロンを見る。
クリビー兄弟がなにやらハリーを示しているが、ワーワーという声にうんざりするヴォルがおもむろにハリーの頬に手を添え、人目を気にせず口づけた。主に新入生らからのふぁぁああああ、という声にダンブルドアは笑い、ほか教員がげんなりといつもの光景を見る。
さぁ食事の時間じゃ、というダンブルドアの思いっきりかき込むといい、という号令と共に始まった食事に誰もが夢中になる。
かちゃかちゃと始まった食事に、ハリーの近くに来ていたほとんど首なしのニックが無事食事を提供できてよかったです、という。
「何かあったのかしら?」
「いえ、ピーブズが出たいとわめきまして……もちろんそんなことは許されません。血みどろ男爵が絶対にダメだといいまして……。それで厨房で鍋をひっくり返し包丁をぶん投げ……。おかげで屋敷しもべ妖精たちが怖がってしまいまして」
ステーキをほおばるハーマイオニーに問われたニックはあんな奴をこの席に入れるわけにはいきませんから、という。厨房で起きた騒動を話すと、ハーマイオニーはショックを受けた顔をして、この城に屋敷しもべ妖精がいるの?と声を上げた。
「えぇもちろん。普段姿を見せることはないでしょう。彼らは絶対に姿を見せない。それがよい屋敷しもべ妖精だからです」
何をいまさら、という風のニックにハーマイオニーはクラウチ氏の時から何か思うところがあるのか、屋敷しもべ妖精に休みとか手当ては出ているのよね、とハーマイオニーにニックに問いかける。声を掛けられたニックが笑って皮一枚の首がポロリと落ちる。
だから嫌いだ、というヴォルにハーマイオニーの眼がぎろりと向けられる。
「奴隷制度よ!そうやって搾取し続けているんだわ!」
とんでもない、と憤慨するハーマイオニーはもう食事はとらないとばかりに皿を奥に押しやる。
「ハーマイオニー。もうできているのに食べないってことは、屋敷しもべ妖精が一生懸命作ったものがゴミになるってことだけど、それでいいのかい?」
よくないことはわかるけどさ、というハリーの言葉にハーマイオニーはさっと顔を赤くして、複雑そうな顔で食事を再開させる。
そっか、ドビーみたいなのがたくさんいるんだね、というハリーはあれからどうしたんだろう、とお騒がせ屋敷しもべ妖精を思い浮かべた。それに、あのクラウチ氏の屋敷しもべ妖精はどうなってしまったのか。
「ハーマイオニー。奴らにとって、ゴブリンの作った硬貨など興味がないんだ。人間の尺度に収めず、調べてみるといい」
根本的に種族の違う生き物なのだから、と締めくくるヴォルにハーマイオニーは何も言わない。きっと調べるんだろうな、と思うハリーは出てきたデザートに舌包みを打つ。
「そういえば前にハーマイオニーが教えてくれたけど、ホグワーツのレシピってハッフルパフの創設者が考えたんだよな。すごいな」
僕レシピ通り作れる気がしない、そういいながらロンは糖蜜パイを口いっぱいにほおばる。さく、と音を立てて食べるハーマイオニーはそうだったわとつぶやく。ヴォルをハリーは顔を見合わせてそっとしておこうとさて、と立ち上がったダンブルドアに目をやる。
「さて、皆よく食べたことじゃろう。持ち込み禁止の品が増えたことと、在校生には何度も聞き飽きたことじゃろうが、禁じられた森への立ち入りと、3学年以下のホグズミードも禁止じゃ。また、今年は残念なことじゃが、クィディッチの試合についても中止であることを皆に伝えよう」
ダンブルドアの言葉にクィディッチに青春をささげてきた生徒から驚きの声が上がる。それを抑えるダンブルドアに視線が集まっていく。ヴォルから話を聞いていたハリーだが、クィディッチがないことまでは想定していなくて、がっかりした声を出し……例の催し物があるからかな、とじっと見つめる。
さて、と話し始めようとしたところで大扉が開き、こつこつという音と共に男が大広間へと入ってきた。
生徒がそちらに視線を送ると、ローブを被った男が水を払うように鬣のような髪を振り、こつこつと音を響かせて教員席へと向かう男の顔はよく見えない。
壇上に上がったことで、こつこつという音は杖と片足替わりの義足というのがわかり、振り向いた顔にハリーは思わずヴォルを見た。鼻は削げ落ち、口は切り裂かれたような風に斜めになっており、極め付きはコインのような青い瞳だ。右目は黒い普通の眼であるのに、左目は瞬きもせず、ぐるぐると勝手に動いている。
「マッド・アイ……彼が」
「闇の魔術に対する防衛術で毎回奴と顔を見合わせるのか……嫌だな」
がっしりとした体つきのマッド・アイことムーディはダンブルドアと握手した後生徒の方を振り返った。異様な姿に驚く生徒が多い中、ダンブルドアが新しい闇の魔術に対数防衛術の教員じゃ、とムーディを紹介する。
挨拶は特になく、不愛想なムーディへの歓迎の拍手は生徒側からはなく、ハグリッドの大きな手とダンブルドアの手から鳴るのみだ。
座ったムーディは携帯用の酒瓶を取り出すとそれをあおり、生徒らを一瞥する。
「引退して少し変わった…か?」
なんか違和感がある、というヴォルはじっとムーディを見つめる。目が合うとヴォルは目を細め、うかがうように今年の教員を品定めした。
「今年は数か月にわたり、100年ぶりとなる三大魔法学校対抗試合を行うこととなったのじゃ」
にこりと微笑むダンブルドアにフレッドの冗談でしょう?という声が重なる。ニコニコと笑うダンブルドアは冗談ではないといって、知らない生徒にも向けて説明させてもらおうという。
「三大魔法学校対抗試合とはダームストロング校、ボーバトン校、そしてホグワーツ校の3つの魔法学校から若き才能を持った選手を選抜し、3人の選手が3つの課題を競い合う国際交流の一環でもある。ダームストロング校とボーバトン校からは選抜された選手候補の生徒たちが10月末……ハロウィーンに来校し、その日のうちに選考を行う。ただし、過去に多くの犠牲者を出したことから今回は魔法省と準備と協議を重ね、17歳以上となった6学年7学年生のみが名乗りを上げることができるようになっておる」
ダンブルドアの説明に高揚していた生徒は出場資格にあぁ、と落胆の声が上がる。特に悔しそうなのは6学年の中で9月、10月以降の誕生日の者たちだ。フレッドとジョージもやる気を見せていただけに、4月生まれの彼らに資格がないことにそんな、と声が上がる。
審査員に無理を言って時間を無駄にせぬよう、というダンブルドアに対して出し抜いてやると息巻いてヴォルを見る。
「俺は多分ダンブルドアによって接近禁止の魔法がかけられるだろうな。それと出し抜くのは無理だ」
本で調べると分かることだが、というヴォルに一千ガリオンの賞金が出るという話をダンブルドアがしたために、ぼんやりするロンは目をしばたたかせた。
「あれを決めるのは専用の道具を使うそうだ。まぁ確かに一千ガリオンは多いが……多分金庫の中身を売り払えばすぐできる金額だ。よって、そこまで魅力的ではないな」
大体これぐらいの袋に収まる程度だろ、と両手で持つくらいをしめすヴォルにロンは顔をしかめた。ハリーとしてもそういえばヴォルの金銭感覚可笑しいいんだった、と怒っているロンとそれに気が付いていないヴォルを見比べる。
「そうだハーマイオニー。どうしても待遇を改善させたいというのならば」
さぁ寮に戻りましょう、というハーマイオニーにいい方法があるとヴォルが近づく。闇の勢力を一人で築き上げた闇の帝王直伝の、何かダメな人心掌握方法でも教えているんじゃないのか、と心配になるハリーだが、鼻息も荒く怒っているロンにため息をこぼす。
「ロン、ヴォルの倉庫見たことあると思うけど、基本的に金銭感覚くるっているから……その、気にしない方がいいと思うよ」
収入源がわからないけどさ、と肩をすくめるハリーだが、ロンはじっとハリーを見て、ハリーだって興味ないんだろ、という。危険そうだし見る分にはいいけど、と返すハリーにブスっとしたロンは黙って寮へと向かう。
じゃあまた明日ね、と何やら先ほどまでの暗い表情から一変して明るくなったハーマイオニーは軽く声をかけ、女子寮へと消えていく。何言ったの、と目を向けるハリーにヴォルは微笑み、自分に対して怒っている風のロンに首を傾げた。
部屋に入ると先に戻っていたシェーマスがハリー達に気が付くと、この部屋の中では禁止だぞ、という。顔を赤くするハリーはしないしないと首を横に振るが、ヴォルは返事を返さず、ナギニと寝台の上にいるペットを呼ぶ。
「また大きくなったな、ヴォルの姫さん。それじゃあハリーに巻き付いたとき顔埋まるんじゃないかな」
顔をしかめるディーンは寝台にうずくまっていたナギニを見て、もう余裕で人はいりそうという。それを聞いたヴォルもまじまじとナギニを見つめ……杖を振って少し小さく縮めた。
『ハリーに乗るのにだいぶ大きくなったからな』
『動きにくかったから助かるわ。ディーンにありがとうって言っておいて』
このサイズなら、と半分ほどにしたヴォルにナギニはよかったというと、ハリーがディーンに通訳して彼女が感謝していることを伝えた。気にしてなかったのか、と突っ込みを入れたいディーンとシェーマスだが、まぁいいかとパジャマに着替えた。
それぞれが寝台に入り、ごそごそとしているといつも天蓋を引いているヴォルがハリーを呼ぶ。言ったところであのヴォルが止まるわけないか、と早々にあきらめるシェーマスはさっさと横になる。ネビルもまた横になると部屋には寝息だけが残された。
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