8:賢者と賢人

 毎週金曜日、ハロルドはハリーに会いに行き魔法を教える。ペチュニアにもばれずにおこなうハロルドはそろそろかな、と周囲に視線を送った。認識をそらすための魔法などを使ってはいるが、そろそろ気が付かれてもいい頃あいだ。

「ねぇディア!このウィンガーディアムレヴィオーサどう?」
「うまいうまい。上手だよハリー。と……やっぱり来たか……。ハリー今日はここまで」
 小枝を浮かすハリーにディアは微笑み、息子のことを思い出して小さな頭を撫でる。過去の自分とはいえ、ひ孫まで見てしまった自分にはアルバスか、孫にしか思えないのだから不思議だ。近くの枝にフクロウが止まったことに気が付いたディアは立ち上がり、片手を伸ばしてフクロウを呼ぶ。

「うわ!本物フクロウだ!」
「魔法使いはフクロウを使って手紙のやりとりをするんだよ。これは僕あての手紙。呼び出されちゃったから行くね」
 家の裏庭の隅にいたディアは立ち上がり、またねという。ディアがいられるのはあまり長い時間ではないのをハリーはわかっており、ありがとうというと草むしりを再開する。少しディアが手伝ってくれたので、あと少しだ。

 そんな様子のハリーを見てから、ディアはささっと羊皮紙の裏に返事を書いてフクロウに持たせる。羊皮紙はそうそう持ち歩いてはいない。だからの再利用だが問題はないだろう。
 自室に戻り4人に報告をするとまじめな顔で頷き、今後についての話を合わせていく。


 ダンブルドアが訪ねてきたのはそれから二日後だ。院長と何かを話したらしいダンブルドアが直接ハロルドのいる部屋へと尋ねてきた。扉がしまるとマグル避けと防音の呪文を唱えてさて、とハロルドを見る。

「お待ちしていました、ダンブルドア校長」
 元の5歳の姿に戻ったハロルドは狭いですが、とそういってダンブルドアに椅子を指し示す。ふむ、と空色の瞳がハロルドをじっと見つめ、少し驚いたように眉を上げた。

「あぁ、すみません。やばいなぁダンブルドア先生が生きてる……」
「ハロルドのこと注意しなきゃだけど、ごめん僕も絵なのに泣きそう」
「あぁもう、我慢しているのに!ずるいわ、テリア!」
「はぁ……10年位若いはずなのに変わらないなぁ」
「……っ」

 ぼろぼろと泣き出したハロルドに続き、2人しかいない部屋に4人声が聞こえ、ダンブルドアは興味深げに各々が落ち着くのを待つ。一番時間がかかったのは死喰い人の仮面をかぶった男性だ。事情を知っている風の木の仮面をかぶった男性がそれを慰める。ひとしきり収まり、失礼、と言っていったん消えた死喰い人の男は4人が集合している絵から離れ、そして戻って席に着く。

「さて、不思議な経歴の者たちに見えるが、この者たちは一体誰なのかね?」
 怒りや憎しみなどといった負の涙ではないことにダンブルドアは少し表情を和らげ、改めてハロルドと一枚の大きな絵を見つめる。並んで座った4人の人物はみな仮面をかぶっており、髪をすっぽりと覆い隠した男性とその隣の女性はどこか気安げで、木の仮面をかぶった男性はプラチナブロンドという特徴的な髪色をした死喰い人の仮面をつけた男性を気遣う。

「すみません突然。ただ、僕たちにとって貴方がいない期間の方が長くて。僕はハロルド=セア=ポーターといいます。こっちはテリア、オッター、バジャー、ピーコック」
 ハロルドが順に呼ぶと呼ばれた肖像画の人物が会釈をする。じっと見つめるダンブルドアは最後に呼ばれたピーコックを見つめ、何か考える様にしてからハロルドに視線を移した。

「さて、君たちの目的はなんじゃ?」
 思案するようにしながら問うダンブルドアに、ハロルドは5歳児とは思えないほどしっかりとした様子でダンブルドアを見つめ返す。

「アルバス=ダンブルドアさん。あなたに回りくどい話は通じないと、経験からわかっておりますので、単刀直入に申します。私たちはこれからずいぶん先の未来から私だけが生身で、そして4人は肖像画として過去に戻ってきました。ヴォルデモートとの戦いについて、未来を変えるために、そのためだけに来ました」

 交渉は無駄だと、作戦を考えるうえで真っ先に確定した想定だ。ダンブルドアの協力を得るためならば情報は惜しみなく、そして核心は隠して与える。それが最適だというのが総意で、これから話すことは皆で決めたことだ。

「僕は闇払い局長です。オッターは僕の上司……魔法省大臣です」
 ハロルドとハーマイオニーは長年勤めてきた役職をそのまま伝えることにした。未来からきた局長と大臣の肖像画。これだけでもただ事ではないと、そう判断してくれるはずだ。


「なるほど。それで、未来で何が起きたのかね?」
 ダンブルドアは信じたわけではないだろうが、それでも肩書を名乗る二人に少し興味を持ったようだ。ハロルドはトランクから羊皮紙を取り出し、ダンブルドアへと渡す。

「ヴォルデモートの派閥が全て終わるまでに流れた命です」
 ハーマイオニーだけでなく、ドラコも協力して作成してくれたそれはあまりにも長く、人狼病にかかってしまった人、精神が壊れてしまった人……。そして最後には獄中で死んだデルフィーニの名も刻まれている。

「このうち半数はヴォルデモートとの戦いで命を落とした人です。巻き込まれた生徒もいます」
 ハロルドの言葉にダンブルドアは驚いたように目を見張り、若い命が散ったというのか、と目で問いかけた。彼が信じたかはまだわからない。それでも5人は思い出すかのように続ける。

「自業自得とはいえ、私の友人も目の前で死にました。戦いに出たグリフィンドール生も幾人か。卒業したばかりの魔法使いも、歴戦の戦士もみな……」
 ピーコックの淡々とした言葉にダンブルドアは何があったのかを察したのだろう。大きく息を吐くとハロルドを見る。その目が何かを確認し、目を伏せた。

「この戦いの後、魔法使いの家系は多くが失われ、イギリスの魔法界は大きく損なわれました」
「僕らは自分らで希望したこともあるけれども学校は卒業せず、そのまま闇払いになりました」
「子供たちはほとんどが祖父母を知りません」

 告げられる未来の事実にダンブルドアは目を閉じ、静かに深呼吸するように息を吸い、そして吐く。羊皮紙に再び目を落とし、一点に目を止めた。

「この……リーマス=ルーピンとセブルス=スネイプはどのような最期だったのか、教えてもらえないじゃろうか」
 ニンファドーラ=ルーピン、とダンブルドアの口が声を出さずに読み上げ、ハロルドに空色の瞳をむける。息をのむハロルドにオッターが口を開く。

「リーマスは乱戦のさなかに。夫婦ともに倒れていたそうです。まるで互いをかばうかのように。スネイプ教授は……」
「死ぬ間際まで奴をだまし続け、すべての秘密を一瓶の靄にだけ残して……ヴォルデモートに。たった一つの愛を胸に秘めて」

 乱戦のさなかに死んでしまった人々の死因はほとんどが死の呪文でしかなく、オッターもそれ以上は続けられずテリアが慰めるように肩を抱く。バジャーはスネイプ先生は僕よりも勇気のある人だった、と懐かしむように仮面の後ろで目を細め、ピーコックは黙ったまま微動だにしない。ハロルドの感情を押し殺したような言葉に、ダンブルドアはぐっと何かを堪えるように目元を拭う。

「少し時間をもらえるじゃろうか」
 協力するか否かは後日改めて、と羊皮紙をしまうダンブルドアをハロルドはじっと見つめ、わかりました、と頷いた。

「話を保留して申し訳ないのじゃが、ハロルド。君がハリー=ポッターに会っているという話を聞いておるのじゃが、意図を聞いてもいいじゃろうか」
 今日はその話が聞きたかった、と本題に入るダンブルドアにハロルドはすぐに気持ちを切り替え、必要だからです、と答える。

「ハリーはこのままでは魔法界のことを知らずに成長し、いわれのない好奇の目や悪意に晒されます。それになによりも……彼は家庭を知らずに育ち、子を愛することも上手にできず、苦悩していきます」
 晩年になるにつれ、本当にあの期間は必要だったのか、そう自問した。己を知らず、英雄だともてはやされ、戸惑うしかなかった日々。両親の死についても本当に消化できたのは蘇りの石からで、スネイプとの確執やクリビーの写真、スキータの記事……。

「ハ……ハロルド」
 心配げな声にハッとなるハロルドはオッターにありがとうというと大きく息を吐き、ダンブルドアを向き合う。アルバスともっといい関係を築けたかもしれない。晩年こそこの計画の発端である道具を持ってきてくれたりと交流はあったが、ジェームズやリリーと違っていつも一歩離れた関係だった。


「ハリーは……あまり子供とうまくいかなかったのじゃろうか」
 ダンブルドアの物静かな声にハロルドは無意識に視線を落とした。

「確かに。次男とはあまりいい関係ではなかったな。誰かの肖像画の言葉を自分の都合のいいように受け取り、彼の唯一の心の支えであった親友と離別させ、抑えつけることが父親だとの賜り。父を愛そうとする子にお前なんか自分の子じゃなければよかったと怒鳴り」

 ピーコックの静かな……思い出したかのような怒りのこもった声に、ハロルドは目に見えて落ち込む。そんなことを言ったのかい?と驚くバジャーにテリアはあとで話すよと耳打ちをし、オッターはさすがに助けられないわと肩をすくめる。

 ダンブルドアは驚いたように片眉を上げ、深く後悔しているハロルドをじっと見つめた。彼らが変えたい未来の一つなのだと、ダンブルドアは理解したように深く考え込み、そういう事であるのならば、とハロルドがハリーに会うことを許可するように頷いた。

「ではまた何かしらの方法で連絡を取ることとしよう。未来からきたハロルド=ポーター」
 いつものような笑みを浮かべるダンブルドアにハロルドは目をしばたたかせる。あっさり信じてくれたことが嬉しくもあるが、なんだか拍子抜けしてしまい、戸惑ってしまう。

「えっと……信じてくれるのはすごく嬉しいんですけど、なんというか……ダンブルドア先生ってすごく用心深かった気がして」
 拍子抜けしている、というハロルドにダンブルドアは悪戯が成功したかのように笑い、その答えはいつかの機会に、と言って立ち上がった。ずいぶんと長く話したと気がつくハロルドにダンブルドアは今はこうしておこうという。

「君の両親について、遺言を持っていることとしよう。そして、その遺言により11歳には代々通う寄宿舎に入る予定になっている。そこで、異例かもしれないがハロルドを里子には出さず、このままここに置いてもらえるようにしてもらうのじゃ」
 それについてはまかせるのじゃ、といつぞやみた茶目っ気のある目で笑うダンブルドアにハロルドはありがとうございます、と笑い返した。4人もまた静かに会釈し、ダンブルドアを見送った。