6:運命の杖
ハリーとの初の密会についてハロルドは4人に報告すると、まずは最初の課題はクリアしたな、という。老け薬と目薬の効果がきれて元の姿に戻ったディアことハロルドはそうだね、と頷き羊皮紙のチェック欄に印をつけた。
そして一週間がたち、ハロルドは再びグレゴロビッチの店へとやってきていた。扉を開けるとグレゴロビッチは顔を上げ、奥から重々しい箱を取り出した。
「正直、これを作り上げた時は体中の細胞が震えましたわ。こんな杖、後にも先にもこれだけにしたい」
黒い布を取り払い、中身を見せるグレゴロビッチはどこか怯えた風で、それでいて伺うようにハロルドを見つめる。白い木目の杖は以前の杖よりも長い。おそらくはヴォルデモートの持っていたイチイの杖ほどだろう。
シンプルな様相だが、まるで内側から現れたような、蛇を連想させる鱗のような模様が先端から柄にかけてぐるりと描かれている。ハロルドが杖を手に取るとかっと熱くなり、風が渦巻く。そのまま風はハロルドを囲うとふいに途絶えた。
「どうやらその杖はあんたを持ち主に認めたらしいな。少し気になることがあるのだが……この杖を手にして欲しい」
手元に残らずほっとした様子のグレゴロビッチは無作為に選んだ杖をハロルドに差し出す。意図が分からず手にした瞬間、大蛇の尾に杖を持つ手ごとばしっと叩かれた気がして取り落とす。
「やはり……。この杖は他の杖に対し酷く敵対心を抱くようだ。それゆえにあんたが他の杖を持つことと了承しない。あぁ、貸し出した杖については何もしないという事は、誰にも忠誠を力ない杖に対しては無関心らしいな」
落ちた杖を拾うグレゴロビッチはこんな杖初めてだ、とこぼした。ハロルドもそんな杖を聞いたことがなく、借りていた杖を思わず見つめる。この杖は誰にも忠誠を誓わず、誰も拒まない。だからバジリスクの牙は見向きのしないのだ。
「アルダーは生まれながらにして高潔で、思いやりのある場合に良くなじむとされる。それにあんたは言葉より行動で示すだろう。そういったものにバジリスクの牙と相まって非常に強い忠誠心を持っているようだ。おそらくはあんた以外に扱うことはできないだろうさ。無言呪文に適していることからかなり強力な杖となるだろう」
まるで自分の体の延長線の様になじむ杖だが、ピリピリとした緊張が体を包む。まるで闇の魔法使いと対峙したときのような、そんな緊張感に ハロルドは気を引き締めた。
「バジリスクの牙というのはほとんど伝承でしか聞いたことはない。ホグワーツの創設者、サラザール=スリザリンの杖だったという事と、スネークウッドと呼ばれた古い木を使った結果蛇語で意思疎通ができたという……杖自身の意思を持つ杖だったという話ぐらいだ。あいにく蛇語が使えるか否かついては確認するすべはない。ただ、これまでに見たどの杖よりも強力である、という事はわかる」
どのような性質か、バジリスク自体の発生例もすくないことと、これほど大きな牙を持つ個体……ホグワーツの創設時から存在したであろう個体などどこ探してもいないことからわからないことが多いという。何が起きるかわからない。だが、強力な杖で自分にしか使えないというのであればこれ以上のことはない。
「ありがとう。これの料金はいくらになる?」
オリバンダーの杖は7ガリオンだったが、さすがにこれはオーダーメイドという事もありそれよりもはるかに高いだろう。加工代を込みで15ガリオンだ、と言われてハロルドは袋からガリオンを取り出しグレゴロビッチに渡した。
借りていた杖を返そうとしてグレゴロビッチは持って行った方がいいと首を振る。
「その杖は非常に強いがその分何をしでかすかわからない。あんたが何をするのか知らないが、カモフラージュとして持っていくといい。それを込みの値段だ」
あんたが持っていくと良い、とグレゴロビッチは杖を収めるための箱を二つ差し出した。そんなに強力なのか、と気を引き締めるハロルドは新しい杖とその箱をカバンにしまい、代わりに額縁を取り出した。いぶかしむグレゴロビッチだが、そこに描かれた人物に驚き息をのむ。
「このマスクの意味を知っていて何よりだ。私の名は訳あって名乗るわけにはいかないのだが、見ての通りかの闇の帝王の支持者、死喰い人の残党だ。今回、グレゴロビッチ、あなたに伝えねばならないことがあることから彼に頼み、ここまで運んできてもらった。あぁ、警戒しないでいい、私はしょせん絵具と記憶に過ぎない」
死喰い人らのマスクをかぶるドラコをグレゴロビッチは息をのんだまま見つめ、気配を小さくするハロルドをちらりと見た。ドラコは気にした風でもなく、私は予見者であった、と口を開いた。その言葉にまた顔色を白くさせたグレゴロビッチをハロルドは静かに見つめ、やはりと確信する。
「そう、あなたからニワトコの杖を盗んだ男、グリンデルバルドと同じ力だ。もっともあの男と違い、私の力ははるか未来までみることができる。その中でグレゴロビッチ、君が闇の帝王の側近に殺される未来を見た」
淡々と伝えるドラコにグレゴロビッチは息をのみ、目を見開いた。側近ではなく本人だが、今は“死んでいる”闇の帝王を出せば信じないだろう。だからこそ側近と伝えることにしたのだが、効果は想像以上だったらしい。
「その側近はニワトコの杖があれば復活すると信じ、オリバンダーを拷問する。そこからあなたが持っていると話し……居場所を突き止めたそのものはニワトコの杖がどこにあるかを聞き出そうとあなたを拷問するだろう。今からそうだな、11年後あたりのはずだ」
冷たく灰色の瞳を光らせるドラコは少し考えるようにしつつ、まるで明日の天気の話をするようにグレゴロビッチへ死の予言を伝えた。死人のような顔色になったグレゴロビッチは一体何が目的だ、とハロルドに詰め寄った。だが、ハロルドは特に反応を示さず、ドラコに視線を送る。つられる様にグレゴロビッチも再び謎の死喰い人の肖像画に目を向けた。
「私の見る未来は何もしなかった未来だ。そのため、それが来る前に備えることができる。オリバンダーは杖が盗まれたことを知らないはずだ。だから今も持っていると、そう考えていた。彼を責めないでくれ、彼は長い時間捕らわれ、職人の命である手を落とされる寸前だったのだ」
淡々した口調のドラコは仮面から見える口角を上げ、回避方法はあるという。いたってシンプルな回避方法だ、というドラコにグレゴロビッチは教えてくれ、と詰め寄る。
「まずはオリバンダーに杖を盗まれたことを伝えるといい。盗んだ犯人は不明。ただ、第一次魔法大戦においてグリンデルバルドが使っていた杖が似ていたと。そうだな、この男のために作成した杖について話すついでにというていをとると良いだろう」
確実とは言えないが、ヴォルデモートはわざわざ遠回りせず、グリンデルバルドのもとに行くこととなるだろう。もちろん、それは計画の一部だ。そのままではグリンデルバルドから杖の発見まで最短になってしまうのもわかっていることだがこれについては別の対処方法をとるつもりだ。
「一つ聞きたい。あのニワトコの杖は本当に強い杖だったのか?あなたが手にしたとき、おかしい、とそう感じたのではないか?」
かつてのルシウスの様にどこかふんぞり返ったドラコの言葉に、グレゴロビッチはごくりとつばを飲み、ぶるぶると手を震わせる。大きく息を吸い込むとあんたの考えている通りだ、と息を吐きながら囁くように答えた。杖職人は特殊な方法を用いているため、自分の杖以外の杖からは忠誠を得ることができないらしい。だからこそ、あの杖は所有していただけで持ち主ではなかったのだ。
「やはりそうか。いやこちらの話だ。この私の話は戯言だと言ってもいい。こちらはそのものがニワトコの杖を手に入れようなどと思わぬよう、画策つもりではあるが念のための保険として、オリバンダーにそれとなく情報を伝えるべきだと私は進言しておこう。私の話は以上だ。すまないな、君に無理を言って。私を元の場所に戻してもらえるだろうか」
どうするかはあなたが決めることだ、と言い放つドラコはハロルドのいる方に顔を向けた。もういいのか、と確認するハロルドは額縁を包んでいた布を取り出し帰る準備を始める。
「まってくれ。最後に一つ、聞きたい。死喰い人の残党だと言っていたにもかかわらず、なぜ闇の帝王側に有力となるはずの情報を私に……」
「こちらも全員が全員闇の帝王に忠誠を誓っているわけではない、という事だ。私は父が入り、選択肢もなく私もその一員となった。あぁ、この力についてはこの男以外に話したことはない。バジリスクの討伐もこれに絡んでいると、考えてもらっていい」
なぜだ、というグレゴロビッチにドラコは淡々と語り、バジリスクの牙の入手についてを軽く触れる。ハロルドと打ち合わせをしてのことだが、家族のことに触れるのはハロルドとの話にはなかった。彼がクローゼットを直したあの一年から戦いに巻き込まれ、そのままなし崩しになったことだということにまだ彼は後悔を、とハロルドは無意識に額縁をなぞる。
「そうだ。これは言っておかないと。彼が見た未来ではあなたの他に女性と子供がいたらしい。ぜひ生き残り、その子供を愛してほしい。いつかその子が作る杖を次の世代に」
「それをいえば家庭を持たなくなる可能性があったからあえて話さなかったんだが……。もしこの二人を想い家庭を持たないという選択をとってもいい。だが、その子供はその女性とあなたの間だからこそ生まれたんだ。そのことだけは忘れないで欲しい」
ハロルドとドラコの言葉にグレゴロビッチは何か考えるように黙り込む。素晴らしい杖をありがとう、と言い残すハロルドは額縁を布で包み、カバンにしまい込んで店を後にした。
グレゴロビッチに対してできることはおこなった。だからあとは彼の選択だ。