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 自分の荒い呼吸と小川の音と…どこから吹いているのか、風に揺れる木と草の音。
 それだけが聞こえる全てだった。
 とにかくこの場を離れようと、小川を登って行った。
 
 「何…これ…。」
 
 小川の始まりは存在しなかった。
 まるでだまし絵のように小さな池が見え、さらに上っていくと、壊れた香炉が見えてハリーは愕然となり、足を止めた。
 この小川は始まりも終わりも存在しない。
 しいて言えば池が始まりであり、終わりであるということ。
 呆然とするハリーは小川に背を向け、がむしゃらに走りだす。
 何か見えると駆けよればそれはぽつんと置かれた寝台だった。
 サイドテーブルには何やら魔法薬があるがいったい何なのかわからない。
 なんとなく近づきたくないハリーはそのまま走り続けた。
 木や草、花をいくつか見て…小川が見えて思わず足が鈍る。
 小川を挟んだ向こうに壊れた香炉が落ちていて、世界がループしていることを否応なしにハリーへと突き付けた。
 思わず座り込むハリーはどこかに出口があるはずだと、斜めに向かって歩き出す。
 歩けど歩けどわかるのは5分ほどで元の位置に戻ってしまうほどこの世界は狭いということだけだった。
 人も…自分しかいない。
 香炉が壊れた今、どこかにいるヴォルデモートの姿はゴーストより弱いのか、見ることも感じることもできなかった。
 最初に渡された袋を開ければ食料と飲み物が数日分入っていた。
 数日たったら飢えてしまうと、青ざめるハリーは日持ちの悪そうなものを少し食べ、小川が聞こえないところに…あの寝台に横になる。
 歩き疲れた足が痛み、ハリーはどうか悪夢でありますようにと目を閉じた。
 
 
 歩いて、歩いて…やっぱり同じところに出ると、小川をのぞき込む。
 うつった顔を見て思わず乾いた笑みがこぼれた。
 体感として一日。同じ場所を巡り、他の人間にも会わず、言葉も発していない。
 誰にも会わないことがこんなにも苦しいのかと、涙をこぼした。
 なんでこんな目に合わなければならないのだと、両手で顔を覆う。
 
 英雄として引っ張りまわしたのは彼らだ。
 それを分かっているはずなのにいつの間にか自分はチーム編成から除外されていた。
 そのうえ、ベテランの人たちは強くて…どうしてあの戦いにいなかったのかと恨み節が出る。
 あの戦争でたくさんの学友や先輩、後輩が死んでいった。
 当然だ。死喰い人は一部を除いてほとんどが大人で…卒業して間もない人や、学生なんて戦力になるはずがなかった。
 それでもみんな勇敢に戦い、死んでいった。
 闇払いの人も多くはいたが、居なかった人もいる。
 最後に駆け付けた人もいる。
 最初から…魔法省が占拠されたあの日から離反していれば…。
 一生懸命追いつこうとした。一生懸命答えようとした。
 なのに、その結果がこの流刑の様な仕打ちはあんまりじゃないかと、あふれる涙が止まらない。
 
 ジニーに手紙を残したが…神秘部は地下で、手紙を受け取った時はちょうど人も少ないときで…。
 この小さな箱を隠されてしまったら助けが来る可能性は0に等しい。
 
 
 もう体感として何日なのかわからない、と木にもたれるハリーは昔バーノンが口ずさんでいた歌を小さく歌っていた。
 小川と葉の擦れる音以外ないこの世界は鳥のさえずりなんてものはなく、同じリズムで聞こえる音しかない。
 自分で歌でも歌っていなければ正気を保てないと空を見上げた。
 空は靄が揺らぐぐらいで何も見えない。
 誰でもいい、声が聞きたい、しゃべりたいとうずくまった。
 人の気配に顔を上げればここに来て以来見ていなかったヴォルデモートが静かにハリーを見下ろしていた。
 「この世界はある一定期間がたてば元に戻る。たとえこの中で死んだとしても、それさえも、蓋を閉じたその瞬間に戻るのだ。」
 屈んでハリーの頬を骨ばった手で包むヴォルデモートをハリーはただ黙って凝視する。
 触れた手はひんやりとして、それでいて無機物ではない証拠の温かみがかすかに感じられる。
 「あの香炉がある限り俺様はこうしてハリーに触れる事さえもできる。」
 食い入るように見つめるハリーは離れようとするヴォルデモートの手をつかみ、形を確かめるように握り締めた。
 
 
 
 
 
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