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箱庭の夢
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 子供の夢を見た。
 なんてことはない夢。
 だが、見慣れない世界に何の夢だろうかと、考える。
 そもそも夢はほとんど見ない。
 あげくこんな夢誰が見たいと思うものか、と怒鳴る太った男と叩いてくる太った少年。
 そしてわめく女。
 夢の中の子供はただ体を小さくして必死に耐える。
 ふと、少年が鏡を見た。緑色の目とした眼鏡の少年。
 「とんだ悪夢だな。」
 そうつぶやくと、まるで少年が答えるかのようにそうだねと頷く。
 「でもこれが現実なんだ。」
 と少年は自分に言い聞かせた。
 
 とぎれとぎれに現在の情報が流れてくる。
 そうか、開心の術を防ぐために閉心の術を身につけようとしているのかとなっとくするが、この子供は無理だろうとせせわらう。
 誰もが大事にし過ぎて必要以上の情報を与えていない子供に何の価値がある、と鏡を見る少年に伝えると、少年はそういうものかなと小さく微笑んだ。
 
 大体練習する時間がわかったヴォルデモートはその時間に目を閉じてみる。
 すると無理矢理開かれた記憶の一部が流れてきてヴォルデモートはニヤリと笑う。
 そうか、自分がよみがえったことに対して魔法省から来た女は嘘だと言って、押さえつけて存在そのものを否定しているのか、と断片的な記憶の中読み取る。
 ふと、何かの記憶が見えて眉を寄せる。
 『やめてっ!やだ!!ぁぁっ!やっ…』
 喘ぎながら拒否する声と、組み伏して抱く男の記憶。
 見下ろす男…スネイプの苛立ちとぎらついた欲望を抱えた目にヴォルデモートはこれ以上ない面白いおもちゃを見つけた子供のようになるほど、と目を開いた。
 鮮明に見えていたハリーの記憶が消え、只の暗い室内になるとヴォルデモートはくつくつと笑いだす。
 裏切り者だとそう思った矢先に駆けつけ忠誠を誓う姿を見せていたスネイプ。
 この際裏切り者であった可能性も忠実なしもべである可能性もどうでもいい。
 ハリーを…ハリー・ポッターという存在を消す手助けをする男にヴォルデモートは低く笑いをこぼした。
 
 
 少年の夢を見た。
 呆然と座り込み、白い肌をさらして陵辱のあとをそのままにする少年。
 虚ろな目は無理やりつけられた赤い印をみつめるだけ。
 そっと耳元で叫び屋敷に来いとつぶやくと、ようやく首を動かし、目を合わせる。
 「俺様はお前を利用するなどと考えたこともないというのに。」
 可哀そうに、というと少年は絶望的な目で見返す。
 「僕はいらないの?」
 「お前が俺様を欲するのならばそうではないだろう。俺様にとっては英雄ハリー・ポッターではなく、ただの少年ハリー・ポッターなのだからな。」
 そう告げれば少年はこくりと頷いた。
 
 
 考えを肯定し、否定しない。
 弱った相手の心を手玉に取るときの常套手段だ。
 肯定し、憐れむ。
 ようやく理解者ができた、ようやく自分を肯定してくれる人に出会えた。
 うれしい、心が楽になった。
 友人からは心を閉ざす訓練を受けるように言われ、尊敬していた偉大な魔法使いは訓練の成果が見られるまで接触しないと態度であらわされ、訓練するためだといって体を組み伏せ、悲鳴を無視してまで記憶を植え付けようとして…。
 どこにも逃げられないと思っていた何もない壁が実は逃がすための通路だと分かった瞬間。
 ぼろぼろの心は深く考えることもできずに押し出されるように転がり込んでくる。
 たとえそれがギロチンの刃が光る場所だとしても。
 
 夢で見た虚ろな目をそのままに、叫び屋敷で座って待っていた少年。
 腕に抱いて、ほしいであろう言葉を投げかけると、少年の目にわずかな光がともる。
 お前は嘘をついていない、現に俺様はここにいる。
 与えられもしない情報を守るため、精神的苦痛を受け、さらには肉体的苦痛も与えられてさぞつらかっただろう。
 心を閉ざす方法を教えよう。俺様以外の情報をすべて拒絶するのだ。
 ハリーを苦しめるすべてを。生きることすら苦痛ならば、それも遮断してしまおう。
 肉体など、必要最低限生きようとする力が働くのだから好きにさせておけばいい。
 
 心を完全に殺さなくてもいい。
 俺様はどんなハリーであろうとかまわない。
 俺様はハリーを否定しない。
 
 
 
 
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