箱庭の夢

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 魔法薬学の授業中、スネイプは魔法薬を作る生徒の群れの中、やはり様子のおかしい小鹿を観察していた。
細くなった理由はここ数日の食事風景で分かった。
食事はいろいろなものを食べなえればそれは砂を食べているのと一緒だ。
促されなければほかのものを食べず、淡々と目の前のパンだけを機械的に食べるだけでは意味がない。
そのせいなのか、食べる量も激減した。
 そろそろ体調に異常をきたすとみている中で、小鹿はふらりと足をよろめかせた。
嫌みでもいいながら保健室に向かわせようと一歩踏み出したスネイプはハリーの行動に目を見開いて、引きはがすように腕をつかむ。
 よろけた拍子に熱く煮える鍋をつかんだ手は赤くなり、痛くないはずがない。
それなのにハリーは心配する友人の声に気にすることもなく、大丈夫だよと言ってその赤くはれた手を気にせずその手でへらを握り、鍋をかき混ぜていた。
 その赤く水膨れのできた手をつかんだスネイプはその顔色の悪さにぎょっとして、いつもの嫌味が口の中で凍り付く。
白い顔でうつろな目をした小鹿は大丈夫ですとつぶやくと同時に、力なく倒れこんだ。
 衰弱しているというマダムポンフリーはダンブルドアとマクゴナガルを呼び出し、眠るハリーを心配げに見つめる。
 何かの呪いなのかと様々試したことを報告し、何もないことを確認したと伝えた。
「ここ最近のハリーはどんな様子じゃった?」
 しばらくハリーと顔を合わせていないというダンブルドアにマクゴナガルは困ったように実は、と口を開いた。
「授業中もですが何かをするのに気持ちがないというべきか…。先日クィディッチのチームメンバーから相談されて今は休ませています。なんでもシーカーとしての務めははたしているけど、今までのような俊敏さもなければ、ブラッジャーなどに対する警戒心もない。そんな状態で飛ばすのは危険だと、そう判断したと。」
 マクゴナガルの言葉にスネイプはやけどした手を見つめて、でしょうなと頷く。
 危機感がまるで見られず、じっとしていると人形のように何もかもが静寂だ。
「閉心の術に関しては上達が見られ、ほとんど胸の内を明かさなくなりましたが…。どうやら無関係というわけにはいきますまい。」
 最近は寮のことで些細ながらトラブルがあったことでレッスンをしていなかったというスネイプにダンブルドアは低くうなる。
なにかおかしいと、目を閉じた小鹿をただ見つめた。


 小鹿の夢を見た。
小鹿はもう群れには戻らず、一人でぽつんと立っている。
まるではく製のような小鹿に近づけばわずかに動いているだけで、何も反応しない。
手を伸ばすと小鹿のまだ角さえ満足に生えていない小さな頭がごろりと転がった。
 それでも残された体は無頓着にただ立っているだけ。頭もさして気にした風でない。
跳ね回る小鹿が横切る。
いつの間にか首の戻った小鹿はそれを追いかけ、振り向いた小鹿をそのまま踏みつぶす。
動かなくなるまで見つめ、また首を転がし、静寂に包まれる。
 また小鹿が横切り、また殺される。
 スネイプの周りにはいつしか小鹿の屍が転がって足の踏み場もなくなっていた。
血が出ていないだけのか、それともこの夢は赤く染まりきっているのか。
いつしか首を転がしたまま小鹿を踏みつける体はどんどん衰弱していった。

 そこに蛇が現れた。
 予期せぬ動物に戸惑うと、蛇は屍をうまそうに飲みこんでいく。
 やがて立ちすくむ体に近づくと飲み込まずに、その牙を突き立てた。
 抵抗すらしない体は倒れ、蛇はそれをうまそうに平らげる。
 蛇はするするとやってくると、せせ笑いながら、足元にあった首を飲み込む。
「小鹿を殺してくれてありがとう」
そう囁く蛇に自身の手を見つめると、手足は真っ赤に染まっていて、握った手には美しい緑の瞳が転がっていた。
蛇はそれを見つけると驚くスネイプの手からそれを奪い取り、ごちそうさまと言って消えた。


 ハリーの異変はダンブルドアの想像をも超えていた。
ハリーは攻撃する魔法も防御する魔法もほとんど使えなくなっていた。
自分を守る意思も、攻撃する意思もない彼の呪文は何の意味もなさないほど弱い。
それなのに開心の術は受け付けない。
そういうことかと、ダンブルドアは落胆の声をもらした。
「ハリーは心だけでなく、自分という器自体を閉じてしまったようじゃな。」
 生きる意志もないというダンブルドアはじっとスネイプを見つめる。
うかがうような瞳にのぞんだことでしょうとスネイプは目をそらす。
 細くなったハリーは一人無の世界にいた。
 もう誰の声も届かないのかハリーは閉じた殻の中にいた。
 体への刺激はそのままなのか、喘ぐハリーは艶やかで何も変わらない。
 ただ、抵抗はしなくなった。
 泣くこともない。
与えられる刺激に喘ぎ、肉体は反射的に達するだけ。
これでは人形と同じだ、とスネイプはため息をついた。





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