--------------------------------------------
ずきん、と唐突に襲う頭痛にスネイプは顔をしかめる。
その拍子に写真が落ちたが尋常じゃない痛みに気づく余裕がない。
いったい何が、と反射的に猫に目を移せばシーツが透けるほどに色を失い、輪郭が揺らぐ。
「っ…起きたまえ!」
痛みをこらえ、スネイプはあらん限りの声で猫を起こすべく怒鳴りつける。
びっくりして目を覚ましたらしい猫の輪郭がはっきりし、頭痛も嘘のように消えた。
猫は怒ったように自分を見上げ、何を思ったのかぺろぺろと自分の毛並みを整え始める。
「自分を見失うな!貴様は猫ではなく人だろう!」
再びの怒鳴り声にピタッと止まる猫は自分のやっていたことに驚き、スネイプへと飛びついた。
カタカタと震えているのは自我がなくなりかけたことを認識してのことだろう。
今寝てしまえば消えてしまうかもしれない、とスネイプは猫を抱きかかえ、仕事をする際の肘掛け椅子へと腰を下ろした。
猫もまたおびえているのかスネイプにしがみつき、ミーと小さく泣き続ける。
手の重みに眠ったのかとスネイプが猫の顔をうかがうとうつろな目を見つけ、軽く揺さぶりをかけた。
だが猫はうつろな顔でぐったりとしたまま反応を返さない。
呪いが進行したのだと気が付くと同時に、揺する手からは時々猫の体の感触が消え、体もまた透ける。
「目を覚ますのだ!ポ…。」
焦る気持ちに感情のままに声をかけて、言いかけた言葉に驚き目を見開いた。
この少年は…そうだ、写真。
写真の彼女とあの男の特徴を併せ持って…。
つい先ほど確認したはずの情報を忘れかけるとは、呪いの力が強まってると、スネイプは明滅を繰り返す猫を見つめてその小さな体を抱き上げる。
感覚が消えた瞬間に落とさないよう、急いで向かったのはかつて猫を見つけた8階の奥。
そのことさえ、今の今まで記憶から消えていた。
壁には何も痕跡が無いが、間違いなくこの先に何かある、と必要の部屋を呼び出すべく歩きかけてぼんやりする猫を見る。
彼はいったいどんな部屋を呼び出したのか。
悩むスネイプはまた歩きだすと目の前に現れた扉を躊躇なく開いて中へと踏み込む。
がらんとした部屋の中央に置かれた丸テーブル。
その上に手のひらに乗るほどの箱が静かに置かれていた。
”この箱を閉じたのは誰?”
そう上に書かれた箱は開ける場所がない。
猫を箱に並べるように横たえ、スネイプは箱を見つめた。
箱を閉めたのは…箱に彼を入れたのは…。
猫は明滅する間隔が短くなる。
再び襲う頭痛に顔をしかめ、目の前にあの夢が重なる。
歯を食いしばるスネイプは夢で見た少年の肩に手を伸ばし、振り向かせた。
「貴様は貴様だ!英雄でも嘘つきでも、傲慢なジェームズでもない、ただの子供の、トラブルばかり呼び込む世話のかかる生徒、ハリー・ポッターだ!」
振り向いた夢の少年の目から涙が零れ落ち、ハリーの手から黒い箱が転がり落ちた。
その瞬間、箱が砕け世界が白い光に包まれる。
その光の洪水の中、スネイプは掴んだ手をその痩躯にまわし、ぐっと抱き寄せた。
確かな感触があり、腕にはぬくもりとわずかな重みが感じられる。
「なぜ…自分を消そうとした。」
きっと痛いだろう程に抱きしめるスネイプは耳元でうなるように問いかける。
抱きしめられるがままのハリーは戸惑いながらそっとスネイプの腕にすがるように手を合わせた。
「周りが何と言おうとも、どう評価しようとも、貴様は貴様自身で何者でもないのではないかね?」
ぐっと、自分の体と一体になってしまえと言わんばかりの強さでさらに抱きしめるスネイプはくしゃくしゃの髪をなで、その存在を確かめる。
戸惑うようなハリーの手がスネイプの背に回り、ごめんなさい、と小さな声で繰り返す。
「僕が…僕が僕じゃなかったら…ただのハリーだったら…そう思って…。」
存在が消える恐怖から解放されたからか、スネイプに顔をうずめたまま肩を震わせる。
ごく普通の少年にあこがれるのは仕方がないことだ。
ましてやそれが自分の知らないことに起因してのことであればなおのこと。
「消えるほどに嫌なのであれば、ただのハリーとしての居場所ぐらい作ろう。ただ、二度と私の記憶から消えることはしないでいただきたいものだ。」
痩躯を抱きしめ、耳元に囁くように、吹き込むように告げる。
戸惑うハリーの唇をふさぎ、驚いて閉めようとする口にするりと舌を滑り込ませ、衝動に身を任せるように深く口づけた。
息継ぎもままならないハリーをよそに蹂躙し、手で、舌で、鼻で、眼で…そして心でその存在を確かめる。
戸惑うハリーが縋り付くようにスネイプの背に腕を回すと、眼を閉じてただスネイプの存在だけを感じる。
一つになった陰を白い光が包み込んだ。
|