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「貴方らしくないですね、セブルス。もう少し早く来るべきでしたね。」
スネイプとハーマイオニー以外に見えない猫。
そして思い出せない居たはずの生徒。
食事もとらないほど落ち込んだ猫を連れ、マクゴナガルの元を訪れたスネイプがこれまでの事情を説明すると、マクゴナガルはため息をついた。
これに関してはただの猫だと思ったスネイプ自身失態だったと何も言えずに口をつぐむ。
こうすれば見えるのでは、と色のついた煙のようなものを杖からだし、子猫の姿を浮かび上がらせる。
驚いた様子の猫だが、何も害がないと分かったのか少し落ち着かないように尾を軽く揺らしてじっとマクゴナガルを見つめる。
「かなり強力な呪いのようですね。アルバスが長期留守の間にこんなことが起きるなんて。なぜもっと早くに相談に来なかったのです。」
ダンブルドアは入学式以来留守にしている。
理由は聞いていないが、新学年が始まってそろそろ一か月、それぐらいたつのだ。
猫は保護してもうすぐ二週間になる。
その間一度もこの不思議な猫について魔法生物学の教授以外に相談していなかった。
「そうセブルスを責めるのもじゃない。これも呪いの力じゃ。」
戸が開き、顔を出したダンブルドアの言葉にマクゴナガルはどういうことです?と眉をしかめた。
「その子が呪われてから探っておったのじゃが、ようやく呪いの正体がわかったのじゃよ。」
中へと入ってきたダンブルドアは子猫の頭を優しくなで、寂し気な緑の瞳を見つめて安心するといいと小さくうなずいて見せる。
「順立てて説明するとしよう。まず呪いの正体じゃが、“シュレーディンガーの箱”というものじゃ。呪いの対象の名や髪の毛などを入れ、封をすることでそのものの存在が不確定なものになる恐ろしい箱型の闇の道具じゃ。おそらくは何者かによって生徒の手に渡らされ、それが呪われたものとは知らず…そうじゃな、恋のまじないやちょっと困らせる程度の小さな悪戯ができる箱…とにかくそんなところじゃろう。それにより彼は“シュレーディンガーの猫”になってしまったのじゃよ。」
ダンブルドアに気が付いてもらえたことがうれしかったのか、猫は嬉しそうに鳴く。
ダンブルドアの説明にそんな呪いが、と驚くマクゴナガルはいったい誰だったのか、自寮の生徒を一人一人思い浮かべる。
だが、最近の授業で見ていない姿がない。
思い出すことができない。
ダンブドアの言葉を受け、考えていたスネイプはそうか、と子猫をじっと見降ろした。
「この猫の存在、猫に関する興味や記憶はこの猫の存在を観測できる範囲でしか覚えていることができない…違いますかな?」
思い返してみれば大広間にいるとき猫のことは考えた覚えがない。
授業中もついてくるようになってからで、その前は自分以外に見えない猫のことなど意識したことすらなかった。
おかげで朝から夕方まで一度も部屋に立ち寄らなかった日の後は睨まれた覚えがある。
その以来見えないことをいいことに足元にくっつくように歩き、時折肩に乗っていた。
大広間には生徒が多いため以前のように見えないがために蹴飛ばされたり、踏まれたりしてケガすることが無いよう、部屋で食事をとらせていた。
だから、と納得したマクゴナガルは叱ってしまってすみませんね、とスネイプにわびた。
「厄介なのは、箱に入った物が何者であるのか、というのが分からないことじゃ。箱を開ける、あるいはこの者の名前を呼ぶことが呪いをとく鍵なのじゃが…。あいにくわしにもぼんやりとした姿しか見えておらん。」
「箱がどこにあるのか、ということですね。全生徒に見覚えのない箱がないか、容器状のものがないかを当ってみましょう。」
名前さえ思い出せれば、というダンブルドアに子猫は大きく目を見開いた。
うなだれる姿がさみし気で眉を寄せるスネイプだが、その姿が一瞬揺らいだことに手を伸ばす。
「この呪いがさらに厄介なことに、彼自身の自分がだれでなんであるか…以前の姿や名前を自己観測できなくなると箱の中身が消える…存在そのものが消滅してしまうのじゃ。」
唯一自分を知る記憶がなくなれば果たしてそれは存在しているのか、という理屈から存在そのものが消滅するのだという。
存在そのものを消すだけでも十分厄介なのにどこまで陰湿な道具なのだとマクゴナガルはぎこちなく手を伸ばし、子猫の頭を優しく撫でつけた。
「この呪いについてはまだわからなことが多い。自分が誰であるか、それを忘れぬためにも名前を付けてはならんじゃろう。」
名前は相手を認識する言葉の魔法じゃ、とスネイプが触れたことでしっかりと存在感をだす子猫を優しく見つめる。
部屋に戻ったスネイプはじっと見つめてくる緑の目を見つめ返し、どこで見た色かを思い返す。
もしこれが人で、この色で…何かの影が脳裏を横切り、思わず腰を浮かしかける。
すぐに消える影は焦りにも似た感情が沸き上がり、スネイプは戸惑うように消えた影の裾でもつかめないかと、猫を見つめた。
とにかく体を休めねばと私室で横になれば、今までそばにやってこなかった子猫がスネイプの真横、枕元に丸くなったことに優しく撫でつけながらいったいどんな生徒だったのだろうか、子猫を思い浮かべる。
「-!何度言ったら――はわかっていただけるかね?それとも、自分は規則を守る必要がないと?」
「違います…。すみませんでした。」
これは間違いなく自分の声だ。
真っ白い世界の中、自分の声と…複雑な思いが胸を横切る”少年の声”がため息交じりに答え、去っていく軽い足音が聞こえる。
「まったく、貴様は父親そっくりだ。我が物顔でホグワーツを闊歩し、傲慢で」
「父さんのことを悪く言わないでください!」
自分は彼の父親を知っている?
その事実にスネイプは目を見開き、くしゃくしゃの髪をした少年の後ろ姿をみつめた。
ふっと目を覚ましたスネイプはすやすやと眠る猫を見つめた。
癖のある毛並み。
見覚えのない少年。
アクシオで何年も仕舞いっぱなしだった一枚の写真を呼び出した。
学生時代の一枚。
苦々しい記憶が多すぎるが、写真の中の緑色の瞳の女性は嫌そうな自分を引っ張り笑いかけている。
小さく映るのはくしゃくしゃの髪が特徴の男…ジェームズ。
そうだ、夢の中の少年は…この男に似ていた。
そして…求めてやまなかったこの自分に手を振る赤い髪の女性の…美しい緑の瞳。
眠る子猫のあのきれいな緑の瞳が彼女の目によく似ている。
卒業後、彼女と憎いあの男は結婚し…結婚し…?
スネイプははたとその先を思い出すことができないことに気が付いた。
彼女たちはどうなった?何があって、彼女たちはこの世から消えてしまった?
姓は…おそらくはそうなのだろう。
だが名はなんだ。
とても短かった気がする。
だが、その言葉単体で呼んだことはないはずだ。
呼んではいけないと戒めた…。
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