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翌日、マクゴナガルらとともにやってきたのはスプラウトであった。
彼女はこういう時に使うというように分厚いグローブをはめると、慎重にハリーの様子を調べ、間違いないと頷く。
「これはコキュートス・ボールサムの種が発芽する際に周囲を凍らせる現象に見えます。通常であれば問題のない種のなのですが…。」
これは魔法界の植物の種の仕業だというスプラウトにスネイプは眉を寄せた。
「確かにその種は魔法薬の材料としても稀に取り扱いますが…。人間を氷に変えるという話は聞いたことがありませんぞ。」
凍った種なので専用の保管庫に入れますが、というスネイプにスプラウトはその通りという。
「えぇ。ですが、ある条件下では非常に危険な性質もあります。”冷たい”と感じる人の視線や、身に覚えのない陰口など…心が凍りつくような環境下をこの種は"自分が発芽しやすい凍った環境"と勘違いを起こしてまず根を出します。心に根がある程度張り巡らされると周囲を凍らせるほどの冷気を持って芽を出してしまうのです。巻き込まれた人はおよそ3日で完全な氷像となり、ボールサムの花が咲いて…種がはじける衝撃に…。あぁ!芽が!!」
本来はこんなに危険な植物ではないのですと繰り返すスプラウトは、ハリーの襟もとに小さな芽を見つけて指でこすり落とす。
真っ青になるマクゴナガルは同じように青ざめたポンフリーに視線を送る。
「ポピー、知っているのですね?」
「えぇ…。まだ根が張っている状態なら薬はあったのだけども…。昨晩ピックアップした文献にこの種のついてのがあったはず。聖マンゴ魔法疾患病院にこの症例について絞ったうえで再度問い合わせてみます。」
慌てて出ていくポンフリーを見送ると、マクゴナガルは噂と聞いて例のクィディッチの話を思い出す。
この手の話は例年あるにはある。
慣れない新人選手と、慣れているベテラン選手とで起こりうる事故。
その場合は囁かれた後、自然と消えていつかは笑い話にさえなる。
だが、よりによってどんな小さな子供でさえ知っている”ハリー・ポッターという有名人”であれば話は変わってくる。
有名な人が無名な普通の子を攻撃した。
有名な彼が起こした事故。
有名な彼が…。
いつもと変わらない噂だと思って自然に消えるまで見ていたマクゴナガルは、とにかく昨日からまた新しくなった噂話をどうにかしなければ、とまだ調査をしているスプラウトと場所を提供しているスネイプにハリーを頼むと上へと上がっていく。
「この芽は暖かい空気が嫌がるので成長を送らせるには”ほっとするような温かさ”を保つといいでしょう。大変かもしれませんが、火を焚くなどしてこの部屋の温度を少し上げて…。と言ってもこれも気休めにかなりませんがないよりは…。」
どの程度がいいかは人によりけりですが、というスプラウトにスネイプは杖をふるい、小さく火を焚く。
上に水を入れただけの大鍋を置いて、ハリーの冷気で乾燥し始めていた部屋の環境を整える。
種をどうにかする方法がないか探してきましょう、というスプラウトはグローブを外すとスネイプに差し出した。
「何度かポッターに触れたのでしょう、凍傷が…。いくら薬で治るからと言っても、急に冷気が増すとも限りません。触れる場合はこのグローブを。いくら魔法薬でも失った指を再生するわけにはいかないでしょう。」
魔法薬学と薬草学で同じ魔法植物を扱うためか、気にするスプラウトはグローブを机に置くと上へと戻る。
残されたスネイプはグローブを一瞥すると素手のままハリーの頬に手を触れ、恐怖と不安で見開いたままの目元に手を伸ばす。気をつけなければ眼鏡が割れてしまいそうで、ほんの少しある隙間から指をあてると涙でもぬぐうように目元をそっとこする。
「くだらない噂など…聞かなければいいものを。」
聞き流すことのできない不器用なハリーに小さくため息をつき、眉を更に寄せた。
「何が有名なポッターだ…。自身で名乗ったわけではないというのに。」
常々ハリーに嫌味を言うたびに有名なと言っているのは…そういうわけではないのだと呟くスネイプは頬を撫でるように包み込む。
「お前はただのポッターなのだと、自分で自覚させるためだというのになぜすべて言葉通りに受け取る。それでは息が詰まるだろう。」
有名なポッターと囁かれる言葉達。
自分は有名でもなんでもない、ただのポッターだ、そう強く思えば全ては解決するというのにそれをしない不器用で素直な子供。
「ポッター…。」
どうやれば元に戻せるのか。このままでは明後日の昼には只の氷となり、種がはじける衝撃でどうなってしまうのか…考えたくもないと伸ばされた指先に軽く指をからめ、口づける。
唇が冷気に負けてピリッと裂けるがスネイプは気にした様子もなく部屋の温度をわずかに上げて、新しい芽が出ていないかを確認した。
「難しい問題じゃな…。」
これまでの症例を基にポンフリーとスプラウトが夕食時までに見つけてきた解決策にダンブルドアは小さく唸る。
「氷像にまでなってしまった数少ない例の中でも…氷像から戻った例がこの数件しか文献が…。」
「それもどれも婚約者から与えられる無償のぬくもりとしか記載がなく…。」
そもそも氷の像にまでなってしまう例が少ないうえ、どのように戻ったのか、あやふやなこともあり、はっきりしていないという。
「ハリーに想い人がいるかなどは…。」
「私も夕食前にこの話を聞いて二人に話を聞いたのですが、そろって聞いてないと。ハーマイオニー・グレンジャーの話ではいないと答えていたという話です。」
ダンブルドアの問いにマクゴナガルは残念ながらと答える。
とにかく、明日中にほかの解決策がないか調べることとなり、再びスネイプとハリーだけとなった。
じっとハリーを見つめるスネイプは腹立たしげに机を叩く。
「ポッターの想い人…だと?」
イライラするスネイプはどうしてここまで苛立つのかと、凍った少年を睨みつけた。
別にハリーに恋人がいたからと言って関係ないと思う反面、ハリーが誰かを焦がれた目で見つめ笑う姿を…想像したくもない。
「こんな不器用なポッターが友人に隠しごとなどできるはずがない。」
言い聞かせる様な独り言に答えるものはない。だが、それでなんとなく少し気持ちが収まり、スネイプはそっとハリーの頬を包む。
「ポッター。わかっているのか?このままでは凍ってしまうことを。早いところ心のよりどころを探せば良い物をなぜ見つけない。」
父親も母親も…形はどおあれ見つけるのは早かったのに、とスネイプは呟いてから首を振った。
馬鹿なことを言ったものだ、とハリーの額に口付けて火が絶えないよう、上がりすぎず、下がりすぎないようつきっきりで変化がないか、芽が出ていないかを監視する。
胸の奥でくすぶるものがハリーにはないのかと、胸元を抑えたままの手に目を止めてスネイプはため息をついた。
「種の生育が遅れている?」
朝早くに様子を見に来たスプラウトの言葉に軽い仮眠を取っただけでほとんど一睡もできていないスネイプは昨晩から何一つ変わっていないハリーをみる。
あれから一度も芽が出たことはない。
そういえば一昨日の晩は指先に触れただけで唇が裂けたというのに昨晩は裂けていない。
「少し冷気が収まっているかもしれません。もしかしたら何か他の方法があるのかも…。治った事例についてもう少し調べてみましょう。」
グローブで触れるスプラウトは表面が少し凍ったことを確認しながら昨日よりは凍結速度が遅いという。
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