rose balsam
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ぱちん、といういう音にハリーは驚いて飛んできた何かに目をつぶる。
恐る恐る目を開けば、伸ばした指先が触れて音を立てていたものは消え、落ちたクァッフルだけが視界にある。
「ハリー!見つかったかい!?」
悪いという声にはっとなったハリーはクァッフルを掴むと、あったよと振り返った。
いったいあれはなんだったのだろうと考えつつ、仲間のもとへと戻って行った。
ひそひそという声はもう慣れた、とハリーは諦めたように大広間を歩く。
囁かれるのは先日のクィディッチの試合中、ハリーがスニッチを見つけて猛スピードで追いかけて…。
レイブンクローの相手選手の新人がぶつかりそうになって驚いて落ちてしまったことだ。
当然あのスポーツに怪我は付き物だし、ハリーが狙ったわけではない。
ブラッジャーにぶつかって落ちるなんて事もあれば、避けるために落ちることだってある。
なのに、たまたま相手が女の子で、経験も浅いのにポッターが挑発してわざとぎりぎりを飛んだと、誰かがいい始め…その噂を信じる子達がここぞってハリーを悪人に仕立てていた。
大丈夫、噂なんてすぐ消えるさ、という親友の言葉に頷くがなぜか心の中が冷えていく気がしてハリーはため息をつく。
もう慣れた、なんて思っていたのにとハリーは手早く食事をとって席を立つ。
視線が、冷たい。
囁かれる言葉が冷たい。
向けられる感情が只ひたすらに寒くて仕方がない。
一体どうしたんだろう、とハリーは冷え切った手に息を吹きかけて暖めようとする。
ふと、向こうからスネイプがあるいてくるのが見えて、ハリーはやだな、と小さく息を吐く。
噂の噂では話を広めたのはスリザリンだとか、怪我の具合を見たのがスネイプで、落ちた直後の彼女がそういっていたと誰かに吹聴して広まったのだとか…。
今は特に会いたくなかった。
視線が、冷たい。
氷のようだ、とハリーは冷えていく体を温めようと少し歩くスピードを上げる。
「今度は廊下で誰かにぶつかる気かね?ミスターポッター。」
そういわれて、ぐっと歯を食いしばる。
違いますと小さく答えて横を通り過ぎようとして…腕を掴まれた。
「注意されても何も言わずに通り過ぎるつもりかね?グリフィンドールから5点減点。」
聞こえないと、口角を上げるスネイプは振り向かせたハリーを見下ろす。
ハリーは背筋がぞっとしながら違います、と繰り返した後すみませんでしたと言って歯が震えてていることに気がついた。
寒い。
尋常じゃないほど寒い。
ハリーが震えていることに気がついたのか、スネイプは眉を寄せると、驚いたように掴んでいた手を放す。
放されたことにハリーは身をひるがえしてその場を立ち去る。
どうせ今日は魔法薬学がある日だ、とまた何を言われるかと憂鬱になりながら足を速める。
「待てポッター!」
スネイプの声がしたが、すぐに大広間からの声が聞こえて、ハリーは追いかけられなかったことに只ひたすらラッキーだったと思いながら授業が始まるまで外で日差しでも浴びようと、中庭へと向かった。
スネイプに脅えているのか、何なのか歯の震えが止まらない、とハリーは心配したハーマイオニーから体を温める薬を受け取り飲み干す。
それでも寒さは変わらない。
「どうしたのかしら?」
「やっぱりマダム・ポンフリーのところに行った方がいいよ。」
心配する2人はハリーの腕をさすると驚くほど冷たい事に眉をよせた。
「でも次はスネイプだし…それが終わったら行くよ。さっきぶつかりかけて嫌味いわれたから…出ないわけにはいかないだろうし。」
それに火のそばだから大丈夫かもというハリーにハーマイオニーとロンは無理しないでという。
いつも以上にスネイプの視線を感じながらハリーは震える手を叱咤しながら材料を刻む。
いつものからかうようなマルフォイの視線に嫌だな、とハリーは材料のワニの心臓を手に取る。刻もうとしてみるみる白くなるのにハリーは驚いてナイフを取り落とす。
「ハリー?」
ハーマイオニーの声が聞こえて肩に伸ばされた手を慌てて身をひるがえしてかわすと、火をかけたばかりの鍋に手が触れる。
瞬く間に凍りついたことに驚き、ネビルが悲鳴のような声を出す。
その声に胸の奥が冷たくなるとクラス中の視線に違うと呟いて一歩下がる。
驚いたようなスネイプの視線やスリザリンらの視線に胸が痛み、無意識に胸元を握りしめる。
ふと、自分の手を見れば凍りつき始めていてハリーは不安と恐怖で助けてと言おうとして、助けを求めていいのか戸惑う。
助けを求めるように手を伸ばしかけた態勢で止まるハリーに、そばにいたハーマイオニーは目を見張ってハリー?と小さく呼びかける。
「おっおいハリー…何して…。」
「触るな!」
触れようとしたロンにスネイプが声を張り上げると、全員に片付けの指示を出す。
「グレンジャー、マクゴナガル先生と、ダンブルドア校長を呼びに行きたまえ。ウィズリー、マダム・ポンフリーを。ポッターの荷物などはそのままに。本日の授業は休講とする。」
ハリーの前に立ち、生徒を出すとスネイプは先ほどハリーを掴んだ手を見つめる。
火傷の様な痕に何があったのかと、凍りついたハリーに視線を向けた。
まるで2年生の頃の石化のように固まったハリー。
只でさえ寒い地下のはずが、ハリーの周りには空気が凍りついて出来る氷霧が流れ落ちている。
つまりはハリーの体が本当の氷のように冷たいということだ。
「セブルス!いったい何が…なんてこと!」
走ってきたのか、息を切らすマクゴナガルは目の前の氷像に驚いて息を詰まらせた。
後から来たポンフリーも驚き、恐る恐るといった様子で中へと入る。
最後に入ってきたダンブルドアは自分らを呼んだロンとハーマイオニーにとにかく今は調べてみるしかない、と寮に戻るよう促した。
「我輩にも何があったのかは…。昼過ぎにポッターの手に触れることがあったのですが、その時からこのように異変が起きていたようです。呼び止めたのですがどこかに走り去ってしまったため、授業中にもう一度確かめようとしたのですが。」
手にできた凍傷を見せるスネイプは突然周りのものが凍り始め、驚いたハリーがここまで自力で移動し、そして凍りついたのだというとマクゴナガルは変身術の類ではないという。
ポンフリーもまた見たことのない症例だと触れていいのか迷うようにしながら目で見える範囲の異常を探す。
「ふむ…。セブルス、とにかくハリーを移動させるのじゃ。じゃが…」
「上に運ぶのはぶつける可能性や日差しがどう作用するかわかりませんな。隣の研究室に移動させましょう。」
氷である以上強度が心配だというダンブルドアにスネイプは頷くと、魔法でハリーを慎重に浮かし、隣の部屋へと移した。
その間もじっと見つめていたダンブルドアはハリーの毛先に手を当てると、ふむと小さく唸る、
「何が起きたのか調べる必要があるようじゃな。」
毛先はもろくすぐ割れてしまうようじゃというダンブルドアはそっとハリーの凍りついた頬を撫でる。
「ロン・ウィズリーとハーマイオニー・グレンジャーには私が聞いてきましょう。」
「私も同じような症例がないか確認してきます。」
「我輩も何か解呪に該当する魔法薬を探しましょう。」
ここ最近で何か変わったことがないか、親友二人なら知っているかもしれない、とマクゴナガルが出ると、ポンフリーもまた調べてきますという。
残ったスネイプはちらりとハリーを見たあと研究室の本棚に手を伸ばした。
「セブルス、すまないがハリーの事、くれぐれも頼むぞ。」
今は原因の究明と、直すことが優先だとダンブルドアもまた部屋を出ていく。
残されたスネイプはとにかく体を温めるもの、と氷に関係する魔法薬を探す。
めぼしい所見を見つけられず、凍ったハリーを見る。
助けてと言おうとしたのか中途半端に掲げた手はここ最近のくだらない噂に戸惑ったのか。
受け流せばいいものを、とため息をついた。
伸ばされた手に軽く触れるとひやりとした感覚にわずかに肌が冷気で焼かれる。
「ポッター…。」
指先が焼かれるのもかまわず、割れないように触れるスネイプは小さく名前を呟く。
誰も寄せ付けないほどの冷気はまるで誰も触れないでと言っているようで…。
赤くなった指先をじっと見つめるスネイプは新しい本を取り出して何か似た状態はないかとページをめくる。
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