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19:肖像画
育児もひと段落し、子供達がいない静かな邸宅。肖像画を描こう、と依頼していたスネイプは送られてきた絵画を前にどうしたものか、と腕を組む。
「ほかに依頼があったわけではないのと、後ろにつけてあるサインは間違いがないって。でも……不思議なこともあるものだね」
不思議だね、というハリエットにこれはこれでどこか置いておこうか、と普段使っていない小部屋にそれを運ぶ。どこかの書斎のようなそれには人の絵がない。扉とランプが置かれたテーブル、そして紅茶の入ったカップという全く異なる絵にかいた本人ですら意味が分からなくなっていた。
フーン、とみていると突然ガタン、と絵が揺れ思ず飛び上がるハリエットをスネイプが抱き寄せ杖を向ける。絵には驚いた様子でしりもちをつく男の絵が書き加えられていた。跳ねた髪に眼鏡の男は緑の眼をしばたたかせ……もしかしてハリエットかい?と問いかける。
「えーっと……まさかとは思うけど、ハリー?見え見えの罠にはまった」
「そう、それ。え、本当に?それじゃあ隣にいるのが……」
目をしばたたかせた男……あちらのハリーにハリエットは驚き、向こうもまた驚いている。また騒がしいのが出た、と言わんばかりのスネイプにうわぁ嬉しいなとハリーは笑う。
「いやー……突然書斎の絵を描かせてほしいって言われて……なのに届いたのは……未だ肖像画が手に入らなかったスネイプと自分そっくりな女性の絵だからたまげたんだ。そっか、そっちと入れ替わっていたんだ」
不思議なこともあるもんだ、というハリーにスネイプはようやく杖を下し、ハリエットを椅子に座らせる。ハリーも書斎の椅子に座ると互いに元気かい?と声をかけた。
「こっちはアルバスとスコーピウスがね、逆転時計を使って色々騒動を起こしてくれて……。まぁ、元凶は父に会いたいデルフィーニっていうヴォルデモートの娘なんだけどさ」
やっと落ち着いたんだ、というハリーにあぁそっか、とハリエットは“愛されなかったデルフィーニ”の未来に胸を痛める。こちらのデルフィーニと違い保護されなかったのだな、というスネイプにハリーは驚き、僕も知らなかったのにどうやって?と目をしばたたかせた。
産後のベラトリックスに会っていたスネイプが生きていたことで情報が回った。それを聞いてハリーはそっちはみんな生きていたんだよね、と悲しげに笑う。ハリーの世界ではほとんどの人が死んでしまった。ハリエットもそれがわかり、こちらでは姉と慕ってくるデルフィーニの未来がこうも変わってしまうのかと、思わず夫の手を握る。
「こちらはティナというマグルの親友を得た」
「え?なにそれ。面白過ぎる情報なんだけど」
本当に同じ人物なのか、と笑うハリーにハリエットとスネイプは掻い摘んで話し出す。やがてだんだんと肖像画のハリーの姿がマグルの絵のように動かなくなってきて、それを指摘すれば向こうも同じ状況らしく、またつながるかな、と声だけが通じる。
「また機会はあるよ。それじゃあまたね」
ふふふ、と笑うハリエットにハリーもまたね、と言って……動かなくなる。
ハリエットがすでに別の世界線から過去に戻ってきていることもあり、なんとなく受け入れる二人はちらりと顔を見合わせて小さく笑う。こんな奇跡があるなんて、とスネイプによりかかるハリエットをスネイプは優しく受け止め、転生者が何を言う、と額に口付けを落とす。
もう解放されましたーと言って……部屋の止まり木に現れたイスマを見ると蘇ってもいました、と笑う。イスマは見事な尾を揺らし、忘れないでと言わんばかりに不思議な旋律を歌う。コチコチと時を刻む、ムーンフェイズのついた時計の音がイスマの旋律に混ざり、部屋を満たした。
次の機会はすぐにはこず、下のビオラが卒業して1年が経ったある日であった。
「結構あいたね。でもまたつながった」
「仕方あるまい。本来であればつながることなどないのだ。おそらくは月が関係しているだろう」
もう一度つながった、というハリーにスネイプは一緒に座るハリエットを抱き寄せ、仕方ないだろうという。ハリエットはそうだ時間切れになる前に言わなきゃ、とスネイプを仰ぎ見た。それで通じたのか、肖像画の話だと切り出した。
「貴様が探していた肖像画はホグワーツの必要の部屋の中……絵画を隠しているところに放り込んだそうだ。こちらのハリーにそちらの私が伝えたそうだ」
「陰湿―――。じゃなくて、そんなところにあったんだ。そっか、あれって壊せないのかな。壊せるなら燃やしているだろうし……明日にでも探しに行ってみるよ。そっちはどうだい?同じくらいの時間なら……ポッター家だとリリーも卒業したころだよね」
こちらのハリーが見せてくれた記憶の中で聞いた、というスネイプに思わずという風に声を上げ……やっと見つけたとハリーは嬉しそうに笑う。
「うん、こっちも同じだね。こっちは……あ、そうだ。ハリーにとってとんでもないことが起きたんだ。ほら、そっちも大体同じであれば……アルバスの初恋って」
「あぁ、デルフィーニだって言っていたね。ただ惑わされたんだ、という事になって、アルバスはスコーピウスと今でもつるんでいるよ」
状況は違えど、いろいろなところで似通っている、かつての未来と今の未来。それをつげるとまぁそうだねと言って……そっちのデルフィーニは結構いい子何だっけと真顔になる。
「そう、うん。でね、アルバスって父さんの……ジェームズ=ポッターの孫でしょ」
スネイプはその騒動を思い出したのか、早々に顔を背ける。
「まさか……」
「初恋なんだ!デルフィーニ!!って追いかけて。幼馴染のスコーピウスに呆れられながら、それはそれは猛追して。で、半年前ついにデルフィーニが折れた」
「折れたんだ」
「そう折れた。でもポッターの名を名乗るのはできないって最後の抵抗をして……」
何年かかったと思うんだい?といハリエットにハリーはそちらのデルフィーニに同情するよ、と笑う。近くにスリザリンの継承者であるデルフィーニがいたおかげなのと、相談できる大人が多種多様にいたおかげか、アルバスはおとなしいながらに明るい。
ポッター家にいるときよりプリンス家に遊びに来ているときの方が嬉しそうではあったが。
「で、結局アルバスはゴーントになった」
「そっかぁ……」
「で、で、で。あの駅に置き去りになっていたヴォルデモートの魂を引き受けたデルフィーニなんだけど、どうやらその魂を受け継いだ子供があと何か月だっけ?で生まれるんだ」
「ちょっと待って情報量多過ぎ」
ハリエットが面白がって次々出す情報に、ついにハリーは頭を抱える。やれやれ、という風なスネイプは悪戯が成功したようなハリエットの頭に口付けを落とすと、呆れるほど平和だという。
「ハリエットが、貴様がだいぶかき回したおかげで、こちらは呆れるほど平和な世界だ」
スネイプの言葉にハリーは苦笑し、こっちはこっちで愛おしいですよ、と微笑む。
「そちらがなければこちらの世界は変わらなかったのだ。それには感謝する」
「僕の苦労がそちらではうまーく報われて、本当によかった」
最愛の伴侶であるハリエットを抱きしめるスネイプに、ハリーはよかった、と頷いた。ハリーが築き上げた世界があるからこそ、彼の後悔がこちらの世界をハリエットともに変えた。それは紛れもない事実で、ハリエットも自分にありがとうというのもなんか変な気分だという。
まただんだんと絵が動かなくなると、今度は会えるかなとは言わない。きっとまた縁があればつながるだろう。
「それにしてもそっちは何というか」
「みんな幸せハッピーエンドだっていいじゃないか」
うらやましいよ、というハリーにハリエットはこういう世界もいいだろうという。それは間違いない、と返すハリーはぴたりと動きを止めた。また動くかな、というハリエットにそのうちつながるだろうとスネイプはハリエットのこめかみに口付けを落とす。
「ほんと、呆れるぐらい平和だね」
「そんなことを漏らしていると、ゴーント家が面白がって暴れるのが目に見えるので、ここだけにするように」
しみじみと噛みしめるハリエットにスネイプは、十数年前までは考えられないほど穏やかに微笑み、ハリエットの手の甲に口付けを落とす。確かに、と笑うハリエットはじっとスネイプを見上げた。
9歳のころに子鹿の姿で出会い、スネイプのことばかりを考えていることに気が付いて、そして恋心を自覚した。沢山の誤解やすれ違いをし、その分だけ想いあうこともできた。
スネイプもそれを思い返しているのか、ハリエットをじっと見つめる。1学年ではフラッフィーの牙からスネイプを助け、ハリーの代わりにクィレルを殺した。2学年ではスネイプと想いを通じ合わせ、バジリスクの毒に侵され石化して……。ついにハリエットとして向き合うようになった。
3学年では父ジェームズやシリウス、リーマスなどハリエットの顔にまつわる人々に翻弄され、4学年ではついに動き出した闇とハリエットの奮闘が始まり……。5学年では未来への為とハリエットとスネイプは袂と分かち……素直になろうとしたときには記憶を失った。
6学年は記憶がないにもかかわらずスネイプはヘンリーを目で追い、その想いを募らせ……やがてダンブルドア殺害という大きな事件が起きた。7学年では掴まり残虐の限りを尽くされたハリエットを前にスネイプは記憶を取り戻し、彼女の為にと奔走し続け……やがて彼女はスネイプの身代わりとなって命を落とした。
スネイプが必死に抗い、もがいて……ついにハリエットをこの世界に呼び戻すことに成功した。プリンス家に入り、彼女を伴侶として迎えて……子供達にも恵まれた。
思い返せば長く、そしてあっという間だった日々に、すっかり歳をとり、互いに皺も増えてきたスネイプは変わらない眼の輝きを放つ最愛の女性を見つめ、相変わらずきれいだ、とこぼす。もうおばあちゃんだよ、と笑うハリエットはセヴィもかっこいい、とそっと頬に手を添える。2人が顔を合わせて口づけないことなどない、と自然なしぐさで唇を合わせ、抱きしめあった。
「セヴィが、先生がこうして歳をとるのが……ずっと夢だったから」
一緒に歳をとれることがこれ以上ないほどに嬉しい、とハリエットはこれ以上ないほどに幸せに笑う。かつて彼女の死の間際に見た、あの美しい笑顔以上に美しい笑顔を見た回数は両手でも足りない。
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