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10:それぞれのラブソング

〜ロンの場合〜

 闇払いとして報告書などに埋もれていた赤毛が、もう嫌だーと跳ね上がる。そのせいで崩れてきた資料を杖で直す同期の親友はこれさえ終われば終わりだ、と絞り出すように言ってインクで汚れた手を布で拭った。

「ほら、明日は休暇だろう。久々にみんなで会うんだから……」
 書きなぐるような字は顧問となったかつての同志……アラスターのものだ。また、また机じゃないところで書いたな、と四苦八苦するハリーは久々に会う片割れと、恋人ジニーにあう明日の為とまとめる速度を精いっぱい上げていく。
 ポッター家を継ぐのであれば、先祖の作った魔法薬などに関する書類とかもあるだろう、と言われて崩し文字についての読むコツを教えてもらってよかった、と先日魔法省に苦情を言いに来たシルバーブロンドを思い浮かべる。
 あとでカミカミキャンディーExでも送ってやろう、とそう考えてにやりと笑う。

「そう!そうなんだよハリー!!もう僕らも20歳だ!だから、その、来週、ハーマイオニーにその……」
 それを考えると余計に手が付けられない、というロンは耳まで真っ赤にして、もごもごと言い出す。ハリエットが半ば寝ぼけながら言っていた、酔っ払った勢いでプロポーズしたらしい失態は犯したくない、とロンは机を拳で叩く。

 呻くロンにハリーもまたジニーにプロポーズ、と考え……やっぱりオフシーズンがいいよね、そうだよね、とカレンダーを見る。“まさに”飛ぶように忙しい彼女たちは次の試合に向けて最終調整前の息抜きとして一斉休暇を与えられたという。偶然一致した二人が笑い、それでハリー達も休暇を取ったのだ。急な休暇ではあったが、最近二人とも働きづめだったから、この報告書さえ出せばいいぞ、と言われて今格闘中だ。


 定時を少し過ぎて、ようやく片づけまで終わった時にはくたくたで、ハリーは近所の謎の爆発音を出す人が今日もにぎやかでありますように、と食事後姿くらましで帰る算段を立てる。ロンはぐったりとしながらもすでに購入済みだという指輪の箱を手に取ってなんていえばいいんだろう、とぶつぶつつぶやいていた。

「あっ!これちょっと……しまい忘れだ。ほらロン、夕食がてら帰りにバーでも行こう。あ、お疲れ。ちょっと待っててよロン、これしまってくる。ロンもそれしまいなよ」
 うわ、というハリーはオフィスの入り口にすぐわきにある資料室の扉を開け、急いで中へと消えていく。ガッチャンという音が聞こえる中、ロンは指輪の入った箱を中空に向けてこうかな、と渡すポーズを考える。

「こういうのはどういえばいいんだ。僕が絶対君を幸せにする!結婚してくれ!「えぇいいわよ」いや、するっていうのはどうなんだろう。僕を一緒に幸せになろう!「いいわよ」いや、幸せってなるもの……だよな、うん「そうね」そうだよな。じゃあどういえばいいだろう。あー……何かいい案あるかい?「とりあえず、私の方を見た方が良いと思うわ」あー私の方を……ハーマイオニー!?」

 うんうん唸るロンは突然隣で聞こえた声に驚き、文字通り飛び上がると脛を思いっきり重厚なデスクに打ち付けた。耳まで真っ赤になったハーマイオニーがくすくすと笑い、その後ろで脇からカバンをひったくっていった手が廊下に続く扉を閉める音が聞こえる。

 真っ赤になったロンがぱくぱくと口を動かすしかできずにいると、ちょうどよかった、ドラコ飲みに行こうと声がかすかに響き、待て領地についての書類をという声が消えていく。しばらく口を動かしていたロンだが、じわじわと実感したのか、ぽかりと口を開けて魂を絞り出すかのように深々と息を吐いた。

「ロン、って何度か呼んだのに気が付かないのが悪いわ」
 ハリーがそれしまった方が良いって言っていたのに、というハーマイオニーもまだ顔を赤らめていて、それでようやくロンもごくりと息を飲み込むと、えぇいままよ!とその場に膝をつき、箱をハーマイオニー向けて開く。一度自分に向いて開いたのもハーマイオニーのツボに入ってしまったが、彼女は必死に笑いを収めようと小さく咳ばらいを繰り返す。

「こんなしょうもない失敗も多いし、君が呆れることもたくさんあると思う。怒らせることも絶対ある。それでも、生涯を共にしたい。僕と結婚してくれますか?」
 ハーマイオニーに向かって間違いなく開いた指輪の箱を差し出すロンにハーマイオニーは時々融通が利かない私でよければ、と箱を受け取った。立ち上がったロンは箱からとり出した指輪をハーマイオニーの薬指にはめ、感極まったように口づける。

「おめでとう!!ロン!!」
「いやーめでたいぞロニー坊や!」
 オフィスの扉が開くと同時に、途中で掴まったらしいハリーとドラコを伴ったジョージが爆音のクラッカーを打ち鳴らし、ハリーに会いに来ていたらしいジニーと共におめでとうと祝福を送る。周囲からは何だなんだと驚いたらしい人々が集まり……若い男女が顔を真っ赤にして寄り添っている姿にあぁ、と察して拍手を送る。

 翌日、一連の話を聞いたハリエットは酒場でもそうやって皆に祝福されていた、とひーひー笑い、目じりに浮かぶ涙を拭ってロンらしいやとつぶやいた。



〜ハリーの場合〜

 ロンの電撃告白劇から時がたち、6月の満月のころ……ハリーは久々に箒で並走しよう、と人のいない山間部へと目くらましを併用しながら恋人、ジニーと共にのんびりと飛んできた。いつもと違うデートプランにバレバレもバレバレではあるが、ジニーは楽し気に風を感じ、ガチゴチに緊張しているハリーへと笑いかける。

 ちょうどよさそうな丘を見つけ、降りるとハリーの挙動不審ぶりはさらにひどくなり、ジニーはおかしくて小さく笑う。持ってきたランチセットを広げ、二人で並んで腰を下ろすころには落ち着いてきたのか、ハリーの肩から力が抜けていき……食休みをしていると蝶が止まった花に二人の視線が自然と向く。

「そうだ、この前……プリンス邸に行って、遊びに来ていたデルフィーニ達がかぶっていたやつ。ハリエットが自分じゃうまくできなかったって嘆いていたんだ。うまくできるかな……」
 スネイプに負けたくない、というハリーは杖を取り出すと花の上で円を描く。長く切り取られた花が宙を舞い、互いの茎が絡んだ輪を作る。まるで指揮者の様に、杖で小さく円を描きつつも時折杖先を跳ね上げ形を作る。真剣な顔をするハリーをジニーはじっと見つめ、できた!という声に素敵だわと笑う。

 初めてだからスネイプほどじゃないのはまぁ経験のせいだ。そう呟くハリーは花輪を手に取るとジニーの赤い髪にそっと乗せた。白い花が赤い紙に映え、とっても似合う、と微笑みかける。素敵な贈り物だわ、と喜ぶジニーの前にそっと箱を差し出し、ハリーは真剣な顔で……ジニーをじっと見つめた。

「ジニー……ジネブラ。僕の……じゃなくて、僕と家族になってください」
 これ以上ないほどにシンプルな言葉に、でも込められた想いにジニーは喜んで、と箱を受け取った。ハリーが指輪をはめてくれ、ジニーは嬉しくて手を空へとかざす。実はね、とジニーは笑って、ハリーと言いながら箱を差し出した。きょとんとするハリーにジニーはンン、と咳ばらいをすると箱を開けた。

「ハリー。あの時、日記に操られだんだん意識が失って……体が自由に動かない中、あぁ私ここで死んじゃうんだ、と諦めたあの時。助けに来てくれたハリーを見て本当にうれしかった。あちこち怪我をしている姿を見て、私がやったんじゃないかって……いえ、私が日記に書いたせいでみんなを巻き込んだんだって。本当に怖かった。日記に操られたなんて、皆からなんて言われるかも怖かった。ハリーが例のあの人に操られているんじゃないかって不安になっているときに、私なら払しょくできる、私だからこそ言える言葉があるんだ、て。それはどこか嬉しかった。一生懸命先に進むハリーを見て、一緒に戦えるようになって……一緒にホグワーツを守った。皆で喜んだ時私思ったの。ハリーが帰る家を私が守りたいって。私が守る家に、私のもとに、帰ってきてくれる?」

 ジニーの言葉にハリーはふわりと笑い、君が守る家に、君がいる家に帰らせてほしい、と箱を受け取った。ジニーに指輪をはめてもらうと邪魔なパパラッチも何もいない二人だけの世界で、座った二人の影は重なり続けた。



〜プリンス次期当主の場合〜

 ハリーの記憶にも、ハリエットの記憶にも、一度もなかった何も危険がない一年がもうすぐ終わる。ハリエットはそう考えて久しぶりに会うスネイプに寄り添っていた。騒動はいつも通りあった。だが、命を狙われることも、命を懸けることもない日々は穏やかで、ヘンリーとしてスリザリンに戻り、居場所がないように身を縮めていたドラコを引っ張って授業を受けて。時折妹となったデルフィー二に会いに行く。

 週末はホグズミードにやってきたスネイプに会って……。いまだキス以上のことはしていない。まだハリエットの体が万全ではないと、そう言っていたがハリエットだって一年間何が起きたかさっぱりわからないというわけでもない。闇払いで突撃した先で……様々な場面に出くわした。ぼろぼろの女性を救助したこともある。ベラトリックスに獣に放り込むと脅されたこともあって、何が起きていたのか……完全に知らないというつもりもない。

 きっと怪我をした自分を“直す”為に呼び出されたのだろう。その記憶がないことは幸いなのか、それともその地獄の中での一時の癒しとなった時間を喪ったこと思えば不幸なのか。記憶喪失と違い、そもそも一年間の記憶がないハリエットは判断することはできない。それでも、それを持っているスネイプにとってはいまだ払しょくできない最悪の記憶であることは確実で……。

 これから少しずつ、歩み直せたらいいなとハリエットはスネイプの手を握る。スネイプを見上げると同時にかがんだスネイプの唇が触れ、ハリエットは嬉しくて離れようとするスネイプの唇を追いかけ、口づける。2人がいるのは湖のほとりで、周囲に人影はない。抱きしめるスネイプにこたえるように精いっぱい腕を回して広い背中に掴まる。

「来週卒業だなんて……不思議。ずっとここで育ったから……」
 二人でじっと見つめる城はすっかり元に戻っている。大戦後多くの魔法使いらが生き残ったこともあり、急ピッチで修復が進んで12月の末には90%の修復を終えていた。

 イモリはハリエット自身初めての経験で、周囲から嫌煙されがちだったドラコを含め、半数以上減った在校生と共にスリザリンの談話室で勉強しあった。マルフォイ家という垣根を越えて、ただのドラコとして見るようになった寮生らと共に最後の試験が終わった後みんなでぐったりとして……誰かが箒を借りてきた!と大量の箒をもってきた。
 最後くらいバカ騒ぎをしようとウオーッと飛び出して7学年と復学組が飛び出した。ヘンリーも箒に乗ることは問題なかったため、古い箒のまたがり、皆でバカ騒ぎをして……大いに笑いあった。

 湖の上で騒ぎ、触発されたほかの寮生も混じり魔法大戦が終わったこと、ホグワーツに戻ってこれたこと、そして厳しい試験が終わったこと。解放された生徒らはもう寮関係なく、飛び回りそれはそれは盛り上がった。盛り上がりすぎて誰かが花火を乱発したせいでフーチ先生が注意しに来て、みんなでクモの子を散らす様に方々散っていったのが忘れられない。
 二人で並んで見上げているとだんだんと暗くなってきて、ハリエットは戻らないと、と名残惜し気にスネイプを見る。

「少し遅れても大丈夫だ。ミネルバにはハリエットと共に夜のホグワーツを見たい、そう話してある」
 普段見ることができず、かといって卒業後はますます見ることもない。ハリエットも長年住んできたがこうして俯瞰して眺めることはまずない。マクゴナガルも苦笑しつつ、実家であるホグワーツの極少数しか知らない夜の風景を見る許可をくれたらしい。

 ぽつぽつと灯る明かりがホグワーツ全体を淡く彩る。湖に反射する姿は美しく、ハリエットは思わず魅入るようにじっと見つめ、スネイプに寄り添う。この一年間、ハリエットは魔法を使う内容の授業で……魔法を使うことは基本禁じられてきた。箒に乗るのも多少の魔力を使うという事ではあるが、ハリエットが一日に回復できる量で賄えるらしく問題はない。変化するときだけ魔力が必要なアニメーガスも問題なさそうだが、戻れなくなるのが怖くてまだ試せていない。ただ、パトローナスはダメだった。どうしても形にならず、3度ほど試して……枯渇してしまった。

「ハティ、どうしたのかね?」
 額に口づけられ、ハリエットは顔を赤らめた。まだ呼びなれないし呼ばれ慣れない、二人の愛称。いまだ恥ずかしがって先生と呼ぶことの多いハリエットと違い、スネイプは二人きりになるといつでもハティと優しく呼びかけてくれる。

「すごく幸せだなって」
 魔法が使えなくても、ハリエットはこうしてスネイプと過ごせるだけでも嬉しくて仕方がない。パトローナスはスネイプが話していたあちらのハリーを案内するためついて行ってしまった……だからきっと形にならないのだろう。

 手を引かれ、ハリエットは抗う事もなくスネイプに身をゆだねる。ふわりと、浮く感覚にハリエットはすがるように掴まり、湖の水面の上でとまるとあぁ、とため息を吐いた。きらめく星空と美しいホグワーツ。反射する水面のおかげで、それ以外がないかのようで……思わず涙が零れ落ちた。こんな風景今まで見たことがない。

「ハティ」
 浮遊魔術を使うスネイプの優しい声にハリエットはセヴィ、と返して口づける。


 岸辺に戻り、魔法を解くスネイプはハリエットの前に小さな箱を差し出した。ハリエットの誕生日に贈ったスフェーンのペンダントと同じ原石から磨きだされた輝きが月明かりを反射し、きらりと輝く。

「本来ならばダイアモンドなどが相場だそうだが、そんなありきたりのものではなく……唯一の輝きを贈りたいと、そう考えたのだ」
 ふっと口角を上げるスネイプにハリエットはじっと、まだ抱き着いてはいけないと、そう堪えるように歓喜でうるんだ目をぐっと堪える。スネイプは箱から指輪を取り出すとハリエットの手を取り、薬指にリングを通す。

「これから先、何があろうとも、何が来ようとも、永遠にハリエットを、愛する君を守ると、そう誓おう。その代わりに、私の心を、魂を、君の手で守って欲しい」
 ハリエットの細い指にぴたりとはまった指輪に口付けを落とすスネイプに、ハリエットはこくこくと頷き私も、という。もうこらえねばと思っていた涙は決壊したように留まることを知らない。

「私も、私も誓う。セヴィを、セヴィを守ること、支えることを。セヴィをポッター家から解放するんだって、そう思ったけれども、セヴィを手放したくない」
 ぎゅっと抱きしめるハリエットに、隙間など無くなれといわんばかりに抱きしめ返す。互いの心臓が発する振動に目を細め、額を突き合わせる。

「安心したまえ。ポッターの名ではなくプリンス家になるのだ。十分、解放されているではないか」
 ポッター家から解放ではなく、ポッター家から君を奪い取った、と冗談めいた口調でスネイプが呟くとハリエットはそれもそうだね、と笑ってまた唇を合わせる。

 どこから見てもひとりにしか見えないほどに寄り添った二人は消灯時間となったのか、明かりが消えていくホグワーツを見つめ続けた。月明かりのみを反射するホグワーツもまた幻想的で、飽きることなくいつまでも二人は寄り添い続けた。


 






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