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9:闇の申し子

 正式にプリンス家を継ぐことになったスネイプは魔法省で手続きを行いに行き、ハリエットは週末に迫った帰宅前にハリー達と外でピクニックの様にして昼食をとっていた。

「あら、それじゃあハリエットが結婚したときにはプリンスを名乗ることになるのね」
 ふふふ、と笑うハーマイオニーにハリエットは照れながら頷く。ハリーとロンは魔法薬学の教科書を思い浮かべ、うへーと言いながら複雑そうな顔を見合わせた。

「じゃあこれからはプリンス教授かい?」
 似合わないどころじゃない、と呻くロンにハリエットは笑い、首を振る。
「ずっとスネイプ教授だったから、“セブルス=スネイプ=プリンス”としてそのままスネイプ教授を通名にするんだって。だから表面上はこれからも変わらないよ。それと、家はプリンス邸に引っ越すことにするって。お爺様にプリンス家について学ぶためにやっぱり一年間は教員から離れるみたいだけど、母さんが来年は戻ってきますよね、って念押しして。キングズリーの話では母さんがこのまま校長に就任するみたいだからもうほぼ強制」

 ミドルネームにスネイプを残すって、というハリエットにあぁよかった、とロンはあからさまにほっとしてハリーも安堵したように笑う。あなた達失礼じゃない?と微笑むハーマイオニーにハリエットもくすくすと笑う。
 そんな穏やかに過ごしていると、手紙をもったシークが舞い降りてきた。誰からだろう、と受け取ったハリエットは手紙を開き……あ、と声を上げる。真剣な表情になったハリエットに何があったのかと3人も顔を見合わせて読み終わるのを待つ。

「見つかったって。今トンクス達が向かったみたい」
「見つかったって……何がかい?」
 大きくため息を吐くハリエットにハリーが首をかしげる。きゅっと唇をかみしめるハリエットは意を決したかのように口を開いた。

「ヴォルデモートとベラトリックスの娘、デルフィーニ」


 赤子の扱いに慣れてきたトンクスが抱いた赤子をそっと机に置いた籠におろす。ベラトリックスの妹ナルシッサのような白銀の髪は先の方がうっすらと青く、ぐずる様な様子を見せる赤子は手に触れた緑色の輝きを見せるペンダントを握り締める。

「ユーフェミア=ロウルのもとにいたのを見つけ……ハリエットの要望通り保護してきました。しかしまさか例のあの人の血筋が……」
 スネイプの証言もあってヴォルデモートとベラトリックスの間に娘がいることを伝えられていた騎士団だが、こうして本人を見るまでは懐疑的であった。だが、こうしてハリエットから奪った、ベラトリックスが娘に贈ったというグリーンダイアモンドの輝きが嘘ではないと証明するようにきらりと光る。失われたと思っていたペンダントを見たハリエットは複雑そうな顔をして、そっと赤子に手を伸ばした。

「赤子のころに魔法を抑え込む方法はなくはないが、万が一に魔法を使えるようになった場合、オブスキュラスが発生する可能性が極端に高くなる。両親が闇の魔法使いである以上確定的だろう」
 ムーディの苦々しさを含んだ言葉に、その危険性を理解しているハリエットを含めた闇払いらは深く息をはき、眠る赤子を見下ろした。一番早い処置としては彼女をこのまま虹の向こうにおくることだと、それを理解してはいるが赤子に手を下すなどそれこそ闇の帝王と同列になってしまうことと、もとより赤子に危害を加えることへの忌避感がそれを拒絶する。だが、このままでは闇の帝王の復活の可能性がぬぐえない。

「私の未来視はヴォルデモートを倒すまで。だからこの先の未来は……痣がなくなった今、私の予見者としての力は失われてしまったとそう思っていい」
 ハリエットが予見者ではなく転生者であることを知らないであろう人もいる場で、言葉を濁すハリエットにマクゴナガルはそうですね、と娘の肩にそっと手を置く。

「この子のことは本当に知らなかった。けれど……知った以上、この子を助けたいと、そう思いました。キングズリー、お願いがあります。かつてのトム=リドルは愛を知らず、力こそが存在を示す全てだったこともあり道を外れていきました。今この子を見放せばそれこそ第二の闇の帝王を生み出してしまいます。だから……」
 知っていたらかつての自分はどうしただろうか。周囲のみんなは?あれだけの犠牲を出した闇の帝王の娘など……どんな扱いをされていたか。もしかしたらそれこそ信奉者らによって育てられ、倫理観も何もかもが歪まされてしまったかもしれない。

「ハリエット、君はまだ若い。この子の保護者になることは容認できない」
 ハリエットのまだ言えていない続きを読み解くキングズリーはダメなんだ、と首を振る。成人していたとしても、ハリエットは体が万全ではないこともあり、ダメだという。でも、というハリエットにマクゴナガルは小さく息を吐き、娘の頭を撫でる。

「ではこうしましょう。ちょうど……長年育ててきた娘が結婚するため空いてしまう部屋があります。今はまだ修復中ではありますが、内外共に堅牢な結界が施されたホグワーツであればこの子を利用するものからも、害するものからも……守ることができましょう」
 マクゴナガルからの提案にえ?と驚く声が上がり、ハリエットも戸惑って母を見上げる。子育てのノウハウはありますのよ、と微笑むマクゴナガルにいや待てという声が上がる。それに対しマクゴナガルは性善説を持っているわけじゃありませんと、懸念されたことをぴしゃりと断ち切る。

「ハリエットの言う通り、かつての闇の帝王は愛を知らず力を求め……堕ちていったでしょう。その魂に最初から闇があればこそ、それが助長したとも考えられます。しかし、……ハリーもまたマグルらしいマグルの家で不自由をしていたと、そう聞いております」

 突然振られたハリーは驚きつつもまぁ確かに愛されていたかといえば微妙だったかも、と幼い頃を思い出し……それでも闇に堕ちるようなことはなかったと振り返る。ただ、魔法が使えうるようになったあと、怯えるダドリーを見るのは正直気持がよかったし、脅すのはスカッとした気分になった。
 ドビーのせいでわずかな期間になったが、それでもそういう感情を抱いた以上清い魂かと言われると全力で首を振る自信はある。それに気が付いたのか、マクゴナガルはその心が大事なのですとハリーに微笑みかける。

「闇の魔術に対する力の適性があったとしても、闇の帝王と君臨した魔法使いに匹敵する力を持っていたとしても、それを使うのはどちらも“人”です。そして人を人たらしめるのは環境である、とそう私は考えております。周囲が闇の帝王の娘と悪しき様に扱えば、おのずとこの子供はそう振る舞うでしょう。ですが、闇の帝王の娘ではあるが、と扱えばこの子は力をどうするか選ぶことができましょう」

 静かなマクゴナガルの言葉に誰一人として物音も立てず、耳を傾けて目を覚ました赤子を見守る。ふぇ、と泣き出す気配を見せた赤子を手慣れた様子で抱き上げ、懐かしいと赤子をあやす。

「私たちができるのは、選択を与えることです。幸い、ホグワーツには多くの教員がいます。闇の陣営に所属する家からもこちらに属したものも、反対に家とは違い闇の陣営に属したものも……どちらも見てきた教員が。これだけの環境を整えてなお闇に進むのであれば、その時は必ず最初に私が立ちはだかりましょう」

 決めつけ、道を閉ざすのは我々だと、そう続けるマクゴナガルの腕の中、デルフィーニは何も知らず黒い目を細ませて、安心したように笑う。マクゴナガルに闇寄りだった家から飛び出してきたシリウスはそれもそうだな、と同意するようにため息をつき、従姉姪を見る。従姉であるナルシッサと同じシルバーブロンドの髪を持った赤子はどことなくベラトリックスに似ている気もするし、そうでなくも見える。きっと、あの顔になる前のトム=リドルの面影があるのではないかとそう思えるが何とも言えない。

「闇の帝王が何を想って産ませたかわからないが、これだけの大人に囲まれて育てられて……奴の思い通りに成長しなかったときこそが、あの闇の魔法使いの完全敗北だ」
 マクゴナガルから赤子を受け取り、掲げ上げるシリウスにデルフィーニは火がついたように泣き初め、慌てるシリウスは助けを求めるように周囲を見回す。貴方が泣かせたのでしょう?と眉を上げるマクゴナガルを見て、さっと親友に目を向ける。

「君はハリーもそうやって泣かせていたんじゃないかい?」
「あら、リーマスもテッドのこと泣かせていたじゃない」
 温かいまなざしを向けるリーマスに、すかさずトンクスがツッコミを入れる。慌てた様子にシリウスはふん、と笑い……泣き止まないデルフィーニにどうしたものかと考え……籠におろすと素早く犬の姿になった。
 
 突然降ろされたことと、現れた黒い犬に驚いて泣き止むデルフィーニは笑いながら犬の鼻を掴む。慌てて首を振るシリウスだが、子供は手加減など知らない。ぎゅっと握ってご機嫌なデルフィーニに誰から始まったのか笑う声がこぼれ、耳を下げてぐっとこらえるシリウス以外が笑うまでにそう長い時間は関わらなかった。


「ペンダントはいいのです?」
 ハリエットの時に使ったベビーベッドが残っていてよかった、と屋敷しもべ妖精が運んできたベッドに寝かしつけるマクゴナガルはフィニート、と唱えると外すことができたペンダントを持ち上げる。外れないよう、魔法がかかっていることに気が付いていたハリエットだが、フィニートは唱えていなかった。だからこそ問いかけるマクゴナガルにハリエットは静かに首を振った。

「そのペンダントはきっと、ベラトリックスがこの子を大切に扱うこと、という目印につけていたのだと思う。だからきっと……先生が言うように母性が芽生えていなかったかもしれないけれども、それでも精いっぱいの愛情表現だったんじゃないかなって」

 手に入れた経緯も許すことはできないけれどもそれはベラトリックスに対してであって、母も父も知らない赤子に対してではない。スネイプにもらったものはほとんどなくなってしまった。ペンダントも大事にしていたし、正直言えば取り戻したい。それでも、と考えるハリエットに、部屋に戻ってきたスネイプはハリエットの肩に手を置いた。

「ハリエット、あの原石を一度預かってもいいだろうか?あの時、ハリエットの瞳を見た時にグリーンダイアモンドではなかったと、一年前の自分に呆れてしまった。だが君があれ程大切にしてくれた姿に良しと考えていたが……もし可能であれば、あの原石から改めて贈らせてもらえないだろうか」

 スネイプの言葉にハリエットは目をしばたたかせ、うんと頷く。こほん、と思わず咳払いをするマクゴナガルにハリエットは顔を赤らめ、スネイプはしれっとしている。大切なペンダントをデルフィーニが大切にするのであれば、というハリエットにマクゴナガルはわかりましたと頷き……赤子の首に絡んでは危険ですからとデルフィーニのベッドに手が届かないところに引っ掛ける。

「ミネルバ、私は明日からプリンス邸に家を移し、相続について祖父から学ぼうと考えている。長く世話になった。それと、ポッターが帰省する際に時間をおいてハリエットともにハリエットの伯母を尋ねる予定だ」
 端的に伝えるスネイプに、マクゴナガルはわかりました、と返し娘を優しく見つめる。スネイプはまだ家のことで落ち着かないだろう。ハリエットがハリー達と共に復学の意を表明したさい、まだ一年あるのだと、そうほっとしたのも事実だ。
 ハリエットにとって7学年に当たる今年度は心配し通しで生きた心地がしなかった。一度消えてしまった子が、今度は目の届く場所にいてくれるということに、マクゴナガルはそっと微笑み、聞こえた赤子の声に視線を向けた。

「当分、また忙しく、目の離せない日々が来ますね」
 同じ姉妹として育ったアンドロメダが家に反発し、飛び出したぐらいだ。つまりは血筋で性格が決まるわけではない。ハリエットにとっては妹になりますね、というとハリエットはポカンとした後、ハリーとは違う姉妹という家族ができたことに顔を輝かせ、嬉しそうに笑う。
 復学するにあたって、時折になるけれども妹のお世話手伝う、とデルフィーニの手に指を当てて握らせる。また一つ、未来が変わる音が聞こえた気がして、若鳥となったイスマはクワッと口を開いた。

 






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