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8:プリンス家

 いったいどこの誰からなのか。見たことのない紋章のシーリングスタンプのついた招待状。キングズリーやマクゴナガルは訳知り顔であったが、スネイプにとっては全く覚えのないものだった。おまけにハリエット=ポッターと共に来て欲しいなど、意味が分からない。とりあえず魔法省から渡されたこともあり闇の魔法使いらの罠ではないとは思うが、それでも警戒するに越したことはない。

 いつも通りの服装で、と考えていたところどこからともなくやってきたかつての恩師、スラグホーンがそんな恰好であの家に行く気か!と大げさなほど大きな声で言われた。結果、近くにいた駄犬が騒ぎ立てたため、ドレスローブほどではないが十分フォーマルな場で通用する黒いローブを購入した。見ず知らずの邸に行くのになぜこうまでしなければならないのか。

 少し窮屈にも思える襟元に指を入れ、大きく息をついていると先生、という明るい声が聞こえ、スネイプは声の方向へと目を向けた。まるで森林に刺しこむ日差しをそのままドレスにしたような、そんないで立ちでスズランのバレッタが黒い髪に映える。

「すっかりドラコとハリーと話し込んじゃった。わぁ、先生かっこいい。ドレスローブにしたんですか?」
「いや、ドレスローブよりは格式は下がるそうだ。ベントがなんだ、カラーがどうと……早口でまくしたてられたが、あいにくそういった嗜みを持たないためさっぱり理解はできなかった」
 スネイプを前にしてじっと上から下までを見たハリエットがことりと首を傾げたため、スネイプは素直に服装についての知識はない、と肩をすくめる。私も全然わからない、と笑うハリエットをスネイプはじっと見つめた。ダンスパーティーで着る様なフリルが付いている物ではない、シンプルなデザインだが、緑の濃淡がわずかに揺れているのがよくわかる。

 白い肌を引き立てる様な少し暗めの色合いが、彼女を本当にスズランの妖精に仕立て上げているかのようで正直悔しい。ヘンリーのフォーマル服も、ハリエットの少しカジュアルな服もドラコが関係しているのが少しムッとする。だが、きっと自分では彼女の魅力をどちらも引き立てる服を見繕うのはできなかった、という自覚もありさぁ行こう、と手を取った。

 服装について学び、ペアで用意できるよう準備せねば、とホグワーツの境界まで来るとハリエットを抱えて姿くらましをする。ハリエットの魔力は結局……しばらく使わなければたまるが、ひとたび枯渇すると補充するか、あるいは魔法を使わずにするか……。そうしなければ回復しないことが分かった。だからハリエットが使わなくてもいい場面ではしっかり自分がサポートしよう、と招待状に書かれていた住所にやってきた。


 古い門構えで周囲には目立って家はなく、庭をへだてた先のカントリーハウスはマルフォイ邸の様な荘厳な雰囲気ではなく、どこかのどかな田舎の風情をしつつ、壁に絡みついた蔦が歴史の重みを感じさせる。緊張した様子のハリエットを宥め、門に手を置くと扉は内側に開き、スネイプはハリエットの手を取ってフロントガーデンを進んでいく。どうやら来訪者は直接ドアについた真鍮のノッカーを叩く必要があるようで、蔓がデザインされたそれを軽く打ち鳴らした。

 ぎぃ、という音ともに扉が開き、少しこぎれいな身なりをした屋敷しもべ妖精が中へお入りください、と小さな頭を下げる。
「こちらから招待をいたしましたが、ご主人様は大変ご高齢のため、申し訳ないことですがこのまま中へとおすすみください。ご案内いたします」
 丁寧な様子の屋敷しもべ妖精にスネイプは片眉を上げ、了承したと頷く。一人しか住んでいないのか、使われていない家具はみな布が被せられており、2階へと上がるとそのまま主寝室へと案内される。ドアをノックする屋敷しもべ妖精がお連れしました、といえば年老いた男の声が中へと促した。

「こちらから招待をしていて申し訳ない。ミスポッター、約束通り二人で来てくれて感謝する」
「いえ、あの時は……私は一緒に行けないと思っていたのではっきりとしたお返事ができず。でもお約束通り、先生を連れてきました」

 どうぞこちらへ、と体を起こした寝台の脇を示す老人はハリエットにありがとうと微笑みかけ、ハリエットもまたお会いできてよかった、と微笑み返す。まさか二人が知り合いだったとは思わなかったスネイプは少し首を傾げ老人を見つめる。
 老人は深々とため息を吐き、黒い瞳をじっとスネイプに向ける。どこか見た覚えのある顔にスネイプは誰だったか……そう考えようとしてはっと目を見開いた。

「アイリーンが……あの男と半ば駆け落ち同然にこの家を出てから、プリンス家は断絶したものと、そう思っていた。娘自身、もう魔法界に戻ることはないと言い放ち……辛うじて息子が生まれたことだけが手紙に記されていた。マグルのかかる様な病気で早々に夫婦そろって虹の向こうに旅立ったのを知った時にはすべてが遅かった。あのころは……君もあの家を出て寄り付かなかったころだろう。私自身、いろいろなものが煩わしくなり、この家に引きこもるようになっていたため、その子が……名前を出したことにひどく驚いたものだ」

 同じ黒い瞳を持つ二人が顔を合わせることに、ハリエットは黙って見つめる。スネイプ自身驚いたのか、それとも半ばあきらめていたのか。目の前に現れた祖父にどう接すればいいのかという風に動かず、母の面影が見える祖父を見つめる。

「趣味でたしなんでいた魔法薬の開発に少し失敗してしまってな。入院しているときにやや強引に彼女が病室を訪れ、教えてくれたのだ。君を……私の孫を助けてほしいと。未来が少し見えるとそう言って。だから……すべてが終わった際、必ず二人で来て欲しいと、そう頼んだのだ」

 あれから急いでセブルス=スネイプについて調べたのだ、という老人は今更だろうと苦く笑う。ルシウスには母の姓を伝えたこともあるが、家同士の折り合いが悪かったらしくあまり詳しく知らなかったらしい。特に、当時は聖28一族を重要視していたルシウスにとってそこに名を連ねていない、公式には断絶した一族については興味がなかったのかもしれない。それゆえに、まだ一族の当主となる祖父が存在し、こうして招かれたことの意図に戸惑うしかない。

「シュシュ、レディをバックガーデンにご案内して差し上げてほしい。ミスポッター、少し二人で話がしたい」
「私は先生をここに連れてくるためのおまけですから、お気になさらず。シュシュ……さん、お願いします」
 少し話が長くなるかもしれない、というプリンス氏にハリエットは頷き、控えていた屋敷しもべ妖精を振り返る。呼ばれた屋敷しもべ妖精はこちらへどうぞ、とハリエットと共に家の裏側にある庭へと去っていく。

「一度は根絶したと、私の代で終わりなのだと、そう考えていたがためにどちらを選んでもいい。だが、あの子と人生を共にしたいというのであれば、力を手にするべきであろう」
 ドアが閉まったあともどちらも口を開かず、静寂が耳に痛くなると、プリンス氏は孫を見上げながら口を開いた。

「ハリエット=ポッター。予見者と呼ばれてはいるが、彼女は未来から来たといわれる転生者ではないのか。たとえそうでなくとも、彼女が未来を知るという情報は今や魔法界の誰もが知っている。そして片割れは闇の帝王を葬った英雄だ。今後……仮に彼女が別の配偶者を見つけようが見つけまいが、家の力を持ったものは英雄に取り入るための手段とするか、あるいは英雄を陥れるための手段とするか。そういったものが善悪関係なく訪れるだろう。彼女を大切にしたいというのであれば、守りたいというのであれば、己の仕えるカードは何でも使うがいい」

 プリンス氏の言葉にスネイプは確かにそれに間違いないだろう、と考える様に腕を組む。そのしぐさに何か覚えがあるのか、プリンス氏はふっと笑い、一度見た鷲鼻の男と出ていった黒髪をもった娘の面影を重ねる。
後に集めた情報では男は妻と日常的に怒鳴りあい、時に手を出し……それは幼い息子にも向けられたと知った。おまけに環境の悪い場所に住まざるを得なかったことと、貧しいがために満足な服を買い与えられていなかったとも。

 詳しいことは既に二人がこの世にいなかったことから、知りえることはできない。だが、ここ最近得た情報でいくつか推測を立てることはできる。仮にも……かつて死喰い人であり、その後スパイとして暗躍した孫はうまく立ち回り、ホグワーツの校長の座を与えられるほどに闇の帝王に近かった。

 名のある家柄の者たちに混じれるほどの実力を持っているという事だろう。聞いた話では新しい魔法も作っていたという。幼い頃から強い魔力を持ち、制御できるまでの間に父親に危害を加えてしまっていたのであれば……。そのために人目を避けざるを得なくなりあのような環境の家に住むしかない状況であれば。
 すべては仮定であり、過ぎ去った時間の変えることのできないことだ。

「母からは……プリンス家についての話は一度だけ……一度だけ聞いたことがありました。私が魔法を使うようになった晩に、これが魔法であり母が魔女であるとそう告げらえました。母の家は魔法界の中でも古い歴史を持つ家で、姓はプリンスと。いずれ魔法を学ぶホグワーツに行くであろうという事……魔法界のお金はまだ銀行に残されているため、それを学費に充てるという話を。魔法界に関する話はそれ以降も父がいない時に教えられました」

 ずっと黙っていたスネイプはゆっくりと口を開き、プリンス家についての詳しい話は母からはそれしか聞いていないと告げた。ホグワーツに入り、マグルの姓であることからスリザリンでも一部のものからはマグル生まれが、とそういわれたこともある。
 後に、ルシウスと話すことがあり、母が魔女であることとプリンスであることを話すと、プリンス家が純血の一族だという話と、根絶したという話を聞いた。やはり詳しい話を聞くことができなかったが、半純血であることと、プリンス家の名に追いすがるような時期もあった。
 勘当されたも同然の母を持つがゆえにプリンスの名を名乗ることはできず、死喰い人になることで周囲のものからも実力さえあれば認められるようになったこともあり、半ば存在を忘れたようなものであった。

「ハリエットが自ら離れるのであれば……それを引き留めることはできないでしょう。だが、私から彼女を手放すことなどは断じて。確かに……彼女を守るというのであれば、家の名は必要でしょう。ですが……そのようなことを……知っての通り私は半純血であり、父はマグルです。死喰い人である証も、この腕にまだ残されているような……そんな男に歴史ある名を与えると?」

 自分から彼女の手を放すことはない、というスネイプにプリンス氏は口角を上げ、孫の言い分を聞く。ふふふ、と思わずという風に笑うと、思案するかのように眉を軽く寄せた孫を見る。口角を上げた顔はハリエットが見ればスネイプと似ていると、血のつながりを感じるものであったが、互いに気が付くことはない。

「君も……おそらく近い思考かとおもうが、拒否するのであれば初めから呼ぶような無駄をすることはない、とそれはわかるのではないか?私の考えは、ここに二人を読んだ時から変わらない。決めるのは孫である、セブルス、君だ」
 わかっているはずだ、というプリンス氏にスネイプは確かに、と口角を上げて頷いた。今後、ハリエットを守るのにプリンスの名は聖28一族に選ばれてはいないものの、かつて魔法界とマグルの垣根が低い時代に王室から与えられたであろうその名は、土地を褒美として与えられたというマルフォイ家並みに力を持つ。目の前の祖父はその力を使い、彼女を守れという。
 影の英雄など、そう呼ばれ始めているのは知っている。だが、それよりも家の名を重視するような奴らにはわかりやすい名が必要だろう。

「では。お爺様と呼ばせていただくことに、家族として迎え入れていただけることに、心から感謝を。魔法界の貴族のしきたりについて不慣れではありますが、名に恥じぬよう精進してまいります。ご指導のほどよろしくお願いいたします」
 プリンスの名を継ぐことに、歴史ある魔法界の貴族の一員となることに……スネイプは祖父に答えた。その言葉に満足したのか、プリンス氏はあぁまだまだ長生きしなければな、と孫の手を取り、しっかりと握り締めた。ひとまずは体調を整えるための魔法薬を作ってもらえるだろうか、という祖父に孫は自分の得意分野ですから、と答える。一通り庭を見てきたらしいハリエットが戻ってくる時には穏やかな雰囲気で、魔法薬を調合する孫と祖父の会話に目をしばたたかせ、嬉しそうに微笑んだ。

 






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