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3:消えた時間の記憶

 ハリエットが蘇ってから数日。スネイプは魔法省へとこれまでの経緯の説明と彼が掴んでいた死喰い人の情報を提供しにキングズリーと共に出かけている間。
 ハリエットはまだ花瓶に生き生きとしている様子のスズランを見てほっとして……向かい側に座ったマクゴナガルを恐る恐る見る。

「ハリエット。私が何に怒っているか……お判りでしょうか」
 やけに丁寧な言葉にハリエットは背筋を伸ばす。
「セブルスと杖を交えましたが……貴女が……ポリジュース薬を飲んでいたなんて」
 声を震わせるマクゴナガルにハリエットはごめんなさいと慌てて立ち上がり、マクゴナガルの隣に来て屈んだ。ハンカチを目元に充てるマクゴナガルはハリエットを見下ろすとそっとその黒い髪を指で梳く。目の前にいるハリエットはその記憶を持たない。だがきっとすでに計画はしていただろう。

「本気でセブルスを……。知らなかったとはいえ、死喰い人として攻撃しました。その正体が……貴女だなんて……」
 涙を流すマクゴナガルにハリエットはぎゅっと胸が締め付けられ、母さんごめんね、と謝るしかできない。考えていた作戦を実行したことにほっとしつつも、涙を流す姿にこんなはずじゃなかったのにと手を握る。がばりと抱きしめるマクゴナガルにどれだけの心配をかけたのか。それと思うとハリエットはごめんなさいと謝り……マクゴナガルの愛情が心に染み入る。

 スネイプを助けるのに必死で、マクゴナガルのことを気にしている余裕がなかったのだろう。こんなに泣かせるはずじゃなかった、とハリエットは反省し……ごめんね母さんという。


 スネイプもハリーも……誰も7学年に自分が何をしていたのか詳しくは教えてくれない。ただ、ドビーを助けたこととフレッドを助けたこと、そして回数が足りないと思っていたリーマス夫妻も助けられたことに驚いた。ヘドウィグには頭を散々つつかれたことから生きていたことは知っていたが、やはり動物の生死では回数を使わなかったのかな、と思うしかない。
 6学年の……ブレスレットをスネイプが持って行ってしまってからの日常については日記にちらほらと書いてあったことから重大なことについては把握できたが、7学年時は一切ないことから、何か不測の事態があったのだろうとはハリエットも思っているが、どうしてもわからない。
 ただ、スネイプは知らないのであればそのままでいてほしい、とあまりにも悲痛な声を出すため、ハリエットはそれ以上考えるのはやめていた。が、決戦の日についてはマクゴナガルの言葉とハリーの説明でおおむね状況は把握できた。無事、先生を連れだすことに成功し、捕縛して入れ替わった。ハリーに渡した記憶の靄というのは作った覚えがないことからセクタムセンプラ事件の後に作ったのだろう。

 正体を明かす時の君本当にひどかったんだ、とそう言ってハリーは見せてくれなかったが、まさかダドリーが見ていた映画とかのセリフを使ったりしてないだろうな、と考えた。よくある、いよいよ君にすべてを話す時が来たようだ、とか……そんなこと言っていない……はず、とハリエットは唸るしかない。
 ハリーとしては絶対自分もあんな風にやってた、となんだか恥ずかしくなってしまい、それでハリエットには見せたくなかった。スネイプが本来渡すはずの記憶の靄を持っていてくれて本当によかった、と隠れ穴に置いて行ってしまっていた自分のトランクを回収した際、奥底にあの瓶はしまい込んである。


 ハリエットの記憶については騎士団員にもすぐに共有され、フラーは本当によかった、とビルの腕の中で涙をこぼした。体についてもあの地獄のような生活での影響は一切ない、6学年時の状態であるとハリーから聞いたドラコもほっとしたように息を吐いた。
 彼女がどうしていたのかについては誰にも言わないように、と魔法大臣の代理に任命されたキングズリーがマルフォイ家に誓わせた。ナルシッサも家で行われていた蛮行を良しとしていなかったが、様々な立場もあり黙認したことを彼女に償いたいと、そう思う気持ちを押し殺す。なかったことになるのであれば、それに越したことはない。
 ドラコもほとんどを学校かあるいは別の場所で過ごしていたためにハリエットを見たのは最初と最後の晩くらいだった。額に無理やり刻まれた傷も、殴られていた傷も何もかもがないのであれば……こんなにうれしいことはない。

「マルフォイは……ヘンリーと仲が良かったようだけど」
 死喰い人であり、ヴォルデモートの近くにいたルシウスは重要人物としてつれていかれてしまった。息子ドラコもというところで、ハリーが自分らが捕まった時、彼はあえて確定せず黙ってくれたと証言し、凶悪性は低いと判断されて他の死喰い人らの調査を優先することでいったんは後回しにされた状況だ。ナルシッサも印がないことと、家長であるルシウスがいたことで彼女の優先順位も下げられている。

 とはいえ、本邸はヴォルデモートが根城にしていたことと、長年にわたって闇の魔術に関する道具が保管されていたこと、ルーナたちなどが監禁されていた場所であるという事で、今は息子とも離されて姉であるアンドロメダの家に軟禁されているという。

 ドラコは一応まだ学生の身分ではあるので、ホグワーツの空き教室を改造した簡易的な勾留室に死喰い人として活動していた生徒などと共に部屋に入れられていた。彼の杖……ナルシッサの杖はクラッブの出した悪霊の炎に焼かれてしまったため、今は手元に何もない状態だ。いったんはドラコから所有権を奪ったユニコーンの鬣の杖は、オリバンダーに寄れば元の所有者のもとに戻りたがっているという事で、ハリーから魔法省へと渡してある。

「あぁ。クラッブやゴイルは幼い頃から家の力関係で得た間だった。だけど、ヘンリーは初めて自分から紡いだ関係だった。4学年のあの晩、彼が彼女であることに気が付いたのは僕だけだ。叶わないとはわかってはいたけど、スネイプ教授をライバル視していた」

 貴族としての家も今はいったんは取り上げられて、仲のいいゴイルはクラッブを喪ってからふさぎ込んでいるらしく、傍にいる者もいない。互いに命を助け助けられたハリーとドラコはなんだか不思議な気分で一つのベンチに互い違いに座って話をしていた。隣同士ではない背中を向けての座り方だが、まだ膝を並べるほど距離は縮まってはいない。

「ハリエットが捕まった日、大人たちからの暴力に晒されていたハリエットを見るなと、覚えておくなとスネイプ教授に邸を追い出された。今となってはそれが正解だったんだろう」
 殴れられる彼女を見るだけでも本当につらかった、とドラコはうつむき、ぎゅっと拳を握り締めた。ハリーも直接見てはいないが、それでももしそんな場面を見てしまったら……自分もどうしていたか、とハリーはそうだったんだ、とそう答えるにとどめる。

「詳しくは言えないけれども、ハリエットの体は6学年の状態に戻っているから、そのケガもみんなない」
 予見者であるハリエットに何が起きたのか。それは騎士団の中でもごく一部の人にしか知られていない。とはいえ、そのごく一部というのはハリーの知っている人皆であり、知らされていないのはハリーにとって知らない騎士団員という事で、ハリーの感覚ではみんな知っていると、そう思うほどだ。

「本当によかった。ただ、あの人がどう思っているか、それが少し引っかかる気がするな」
「マクゴナガル先生はそれでハリエットの部屋に一緒に入れているらしい」
 ハリエットには問題はない、という話にドラコはほっとしたように口角を上げ、すぐにスネイプは大丈夫なのかと口を引き結んだ。どうしてあの野郎をハリエットの部屋に入れておくんだ、と憤るシリウスに対し、マクゴナガルはハリエットの為というよりは彼の精神面でのケアの為です、とそう言い切っていたのをハリーは思い出す。

 自分だって……もし、もしも目の前でハリエットが死んでしまったら。目の前から消えてしまったら。心中穏やかに眠ることなんてできやしない。現にハリエットがいない間でスネイプは眠れておらず、酷い顔色をしていた。この一年間を思えば……いくら鋼の精神を持つスネイプでも相当堪えただろうことは容易に想像がつく。そしてとどめがあれだ。
 ドラコも何が起きたのか、詳細は知らないもののスネイプがハリエットを治療していたことは知っている。だからこそ、元気なハリエットを見てもあの当時のことがよぎるのでは、とそう懸念している風だ。

 それから会話がふつりと途絶え、戻るというドラコに付き添い、勾留室で別れる。少なくとも、マルフォイである以上ドラコを見る世間は厳しいだろう。少しは力になれるといいけど……と思ったところでマクゴナガルとキングズリーが立ち話をしているところに遭遇した。

 






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