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41:もうこの手を離さない

 いつの間にか眠ってしまったハリエットとスネイプを並べ、ハリエットの寝台に横たえるとマクゴナガルは魔法を解除してほっと息を吐いた。部屋の外からもよかった、と安どの声が広がる。そっとしておこうと扉を閉め、さぁ復旧作業と魔法省の立て直しと、要保護対象の捜索を続けよう、という声が響くも二人っきりで眠るハリエットたちには届かない。

 やがて先に目を覚ましたのはハリエットで、スネイプをじっと見つめる。その視線に気が付いたのか、スネイプが目を覚まし……夢ではないのだな、とハリエットを抱きしめた。

「あの後私も寝ちゃったからよくわからないけど……全部終わったんですね」
「あぁ。君が……あんな風になるのはもう二度と見たくない」
 口づけを交わし、ハリエットの髪を指で梳くスネイプはじっとハリエットを見つめる。ハリエットはいまいちぴんときていない風だったが、もしかして先生に看取らせてしまったのかとごめんなさいという意味を込めて抱きしめ返す。
 
 自由に動く手にセクタムセンプラに右腕を切り裂かれたが、痕が残らなくてよかった、とハリエットはほっとしてスネイプに口付け、はにかむように微笑んだ。
 ハリエットの言葉に君の記憶はそこまでしかないのか、と安どするスネイプはハリエットの髪を撫で、傷のない額を見る。頬の傷は残っているが、喉を切り裂いた蛇の傷もどこにもない。だが、その傷を負った彼女は一度消えてしまった。

 この世への未練を断ち切り、消えることを選択させてしまった。だから……二度と彼女がそう思わないよう、消すことのできない未練を残さなければ、とスネイプはハリエットの口づけて、額を突き合わせた。眼鏡をしていない彼女でもこうすれば見える範囲だ。


「ハリエット。ずっと……ずっと君に言いたかったことがある。そしてこれは嘘偽りのない、心の奥底からの言葉だ」
 首をかしげるハリエットだが、先生のことは信用していますと微笑みを返す。

「ハリエット。私は君が知るようにリリーを愛していた。だが、それはもう異性愛ではないのだ。君に出会い、君に触れ、君を思い浮かべた時に……リリーへの愛は既に変化し、愛は愛でも親愛へと、友愛へと変わっていたことに気がついた」
 じっとハリエットの瞳を見つめ、ハリエットもスネイプの瞳を見つめる。ぽかんとするハリエットに口付け、大きく息を吐いたスネイプはハリエットの髪をかき上げ……頬に手を添えた。

「この先の未来で共に歩み、共に生き、愛しあいたいのはハリエット、君だけだ。君を愛している。そしてこれは君がこの世界にいる以上に、深く、重く」
 初めて愛を伝えるスネイプにハリエットは顔を真っ赤にして、僕でいいの?と問い返す。口づけて誤魔化すのでもなく、行動だけでなく言葉でも伝えたいとスネイプはハリエットを見つめる。

「あぁ、君がいい。ハリエットを愛している」
「父さんに似ているところとか、幻滅しますよ?」
「あれはもういいのだ。ハリエット。君を愛おしい気持ちの方が何百倍も上で、奴などどうでもいい」
 抱きしめるスネイプにハリエットは抱きしめ返しながら本当にいいの?と問う。あぁ、と頷くスネイプはハリエットの眼を再び見つめた。

「もう少し落ち着いたらになるのと、改めてきちんとした場で取り直させてほしい。だが今……どうしても今、君に伝えたい。共に時を刻み、共に生きてほしい。私のそばで、ずっと」
 互いに体を横たえたまま、指輪も何もない言葉だけ。それでも、ハリエットは嬉しくて……私でいいの?と言いながら返事を聞くでもなくスネイプを抱きしめた。

「先生……先生。愛して……愛してます。ずっとこれからもずっと」
 ぽろぽろと涙がこぼれるハリエットを抱きしめ続けるスネイプはそっと誓うような口づけを落とした。それを受けるハリエットはスネイプの指に指を絡め、もう離さないと握り締めあう。


 前世の記憶を取り戻してから気が付けば怒涛の毎日で。
 ハリエットはこれまでの道のりを思い出していた。

 邪魔だと殺されたセドリック
 ベールの向こうに消えたシリウス
 籠の中で殺されたヘドウィグ
 殺されてしまったムーディ
 凶刃によって命を落としたドビー
 大戦のさなかで死んでしまったフレッドとリーマス、それにトンクス
 そして最後まで味方を欺き続け、闇の帝王に殺されたスネイプ
 それにもっと大勢の人が亡くなった。

 全部を助けられたわけではない。それどころか助けたいと思った相手以外、助けることも考えていなかった。長い長い旅路だった、とハリエットは溢れる涙が止まらない。

「よくやったなハリエット」
 撫でられ、そして再び口づける。かくして、ハリエット=ポッターという名の転生者が起こした奇跡の物語はひとたび終わりを迎えることとなった。




 暗い闇の中、白い蛇が誘導するように前を進み……半透明の男の前にやってきた。男は先に穴に上ると手を差し出した。それに掴まるハリーだが、足を引っ張るような力が強く、掴んだ手が離されそうになる。
 このままじゃまずい、と足を引っ張る力を何とか振り払い必死に穴によじ登ろうとする。急に腕ががしりと掴まれ、顔を上げると白い蛇がハリーを見つめながら、繋いだ二人の手に体をしっかりと巻き付けていた。
 足を掴む様な力はいつの間にか消え、ぐいっと体が引っ張られ……さっさと行けとばかりに押し出される。白い蛇は男と共にこちらの世界で闇の中へと消えた。


 白い個室の中、魔法ではなく手で花瓶を取り換えていた女性が呼ばれた気がして、振り向いた。ピクリと動く手に気が付き、思わず花瓶を落としてすぐにその手を握り締める。

「ハリー」
 もどってきて、と懇願するジニーはハリーをじっと見つめる。磔の呪いで精神が弾き飛ばされたのではないか、という癒者の見立て通り体は生きていた。けれど、まったく目を覚まさず、ジニーはクィディッチの練習の合間を縫って時間を作っては数分だけでも長く傍に寄り添ってきた。

「今日……3回目の戦勝記念の式典だって」
 でもあなたが目を覚まさないなら行く必要ないもの、と手を握り続け……ぎゅっと握り返された。

「ハリー?」
 瞼が震え、ハリーの緑の瞳が半年ぶりに姿を現す。

「ジニー?……待たせてごめんね」
 手を握る相手が誰かをみつめ……ハリーは小さく微笑む。それを見たジニーはそうよ!と怒りながらハリーを抱きしめ、涙を流した。

 たくさんの見舞客がその後ひっきりなしに訪れ、検査の結果も良好で。ハーマイオニーにはとてつもなく怒られ、それに驚いたロンが慌ててハーマイオニーを抑え……キングズリーがやってきて、と病室はつい先日まで見なかったほどににぎやかになる。

 検査も終わり、症状も落ち着いているとされた6月の満月の日、退院の準備を始めるジニーを見つめるハリーはジニーと呼んだ。ずっと寝ていたせいで、歩く練習やら何やらがスケジュールされている。現場復帰にはまだまだ時間がかかりそうだ。

「僕が眠っている間のことを今度話すけど、その前に……。すっごくかっこわるいことしてもいい?」
 たくさん話したいことがあるんだ、というハリーにジニーは何?と首をかしげる。兄が作る悪戯グッズを待ちわびるかのような彼女を見つめ、ハリーは彼女の手を取った。

「また後でその、指輪を用意してやり直したいけど。でも今君に伝えたいんだ。癇癪を起すこともあるし、思い込みで突っ走ってしまうこともあるし……今みたいにとんでもないかっこ悪いことを急にすることもあるけど……。そんな欠点だらけな僕だけれども……ジネブラ、僕と結婚してください」
 真剣な顔で……でも少し目を泳がせて……そして最後はジニーの瞳を見つめながら病院のベッドの上で思いを告げる。ふわりと微笑むジニーは喜んで、と答えた後ロンより酷いわ、と笑う。あの酔っ払いよりも?と笑い返すハリーにジニーは悪戯っぽく目を光らせ……もう二度と離さないんだから、と口づけを交わした。



 ムスカリで紡ぐ不器用な花冠  Main story end







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