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39:白と黒の番人
「この私たち、白と黒の番人にお前の愛が真かを示すがいい。あの娘を呼び戻すにふさわしいものであるかを。試練を得てしめせ」
ブレスレットを握り締めるグリンデルバルドはさぁ見せて見ろ、とオッドアイの目を光らせる。がくん、とスネイプの足場が崩れ、白い世界が遠ざかっていく。
「最近の者たちは愛の恐ろしさと、愛の偉大さをまるで理解できていない。嘆かわしいことだろう?」
さぁ時間は無限にある、と声が響き……いつの間にか地面に立っていたスネイプは目の前の光景に息をのんだ。一面にいるのは雌鹿だ。それも、ビオラによく似ている。少しずつ色が違ったり、目の色がそもそも違うなど、どこかちぐはぐな姿をしていて……スネイプは見回した。
「愛しているというのならば、愛する者がどのような姿をしていても、どんなに群衆に紛れていたとしても、見つけることができるだろう」
すくなくとも、私には簡単すぎるくらいだがな、とグリンデルバルドの声がどこからともなく聞こえ、何も聞こえなくなる。この中から本物のハリエットを探せというのか、とあたりを見回し……緑色の目をした雌鹿を何頭も見る。自由勝手気ままに動くたくさんのビオラはどれも少しずつ記憶と違う。
スネイプにまとわりつくようにするものもいれば、離れていくものもいる。ひときわ人懐っこく、どことなくビオラのような気がする雌鹿を見つめ、そっと触れる。
「君がビオラか?」
美しいスフェーンの瞳を持つ鹿に問いかけると、鹿は砂となって崩れて消えた。外れたのだ、とスネイプは砂を握り締め、辺りを見回した。ハリエットを愛しているのだ。外部の人間に疑われる筋合いはない。
だが、どうしてもハリエットを見つけることができないのは……。
「偽りの愛」
ぽつりと口から転がり出たのはあの予言の一説。本当に彼女を愛していただろうか。自分に問いかけるも長年凍り付いていた心は素直に答えをくれない。前に進み、ビオラの群れを見つめるも焦るばかりで分からない。ビオラなら、ハリエットならば……何をもって見分けるというのか。
途方に暮れて足を止めるととんとん、と背中をつつく感触がしてスネイプは一体誰だと振り向いた。眼がないのか、目を閉ざした雌鹿がぺろりと舌を出し、静かに去っていく。あっというまに他の雌鹿に紛れてしまったが、スネイプの目はじっとその雌鹿をとらえて離さない。なぜだろうか。そう自分に問いかけ……バカバカしいと首を振り、後を追いかける。
いつだって君のことを目で追っていた。いつだって、あの大勢いる生徒の中から彼を見つけることができた。
「ハリエット!」
目を閉じたままの雌鹿を抱きしめる。彼女と自分の間の秘密の挨拶。前を見回すばかりで後ろを振り向いていなかった。ずっと彼女は自分のそばにいたというのに、愚かにも気が付くことができなかった。ぎゅっと抱きしめると雌鹿は光に包まれ、スネイプの手に花を落としていく。
予想以上に早かったのか、目の前に現れたグリンデルバルドは意外そうな顔をして、では次だ、と茨のような杖をふった。
今度は先ほどと同じようで……少し違う。そこにいたのはリリーとハリエット、そしてヘンリーが互いに何か会話している風だ。それもまた複数人。カフェのようなところで話すような光景はなんだか不思議で……スネイプは首を振って一つの観葉植物の前に立った。
「どんな姿をしていても、もう見失うことはない」
光に包まれ、正解の花がその手に残される。あぁつまらない、と言い放つグリンデルバルドの隣に今度はダンブルドアが立っている。だが見慣れない風なのは髭も髪もまだ茶色い……若い姿だからだ。
「ゲラート、君は彼の本質を理解していない。そして、そのことこそが彼の目を曇らせている一番の要因でもある」
若いダンブルドアにつられる様に、グリンデルバルドもまた姿を変える。ダンブルドアとは反対に、紳士風の男へと姿を変えた。
「では私からの試練だ。無事、君が君を見つけることを祈るよ。ゲラート、後は頼んだ」
パチン、という音ともにまた場面が変わる。なぜかグリンデルバルドだけが残り、ダンブルドアは消え……二人は大広間に立っていた。制止した空間を見回せばまだみんな幼い。組み分け帽子が隅に見えたことから入学当時のことであることが分かる。
「さて、お前はどうやら……この時からあの赤毛の少年に目を向けていたそうだな。それはなぜだ」
この少年か、と近づくグリンデルバルドはスネイプに問いかける。なぜ?それは……そう考えてスネイプは言葉を失う。なぜヘンリーが気になった。ヘンリーは……あの時驚いた眼を見て、クィディッチの後不安定になってしまった姿を見て……そして……そして?
「わからないようならば答えを教えてもいいとアルバスからの伝言だ。いくら待ったとしても答えなどわからないだろうとな」
ホグワーツはこんな場所で食事をとっていたのか、とグリンデルバルドは眺め……ダンブルドアのところに行くと寄りかかるように背中を預ける。
「お前はな、混合したのだ。無意識にかけていたのか、あるいは見失わないようにと魂に誓っていたのか。ハリー=ポッターがどこにいても駆けつけたのではないか?そしてそれは……同じ魂を持つあの少年にも適応された。そう、お前はただ、守るべき相手と、そうでない相手を混合したのだ」
お前の好き嫌いというくだらない感情ではなくな、と男は嘲る。混合していた、と全く意識していなかったスネイプは青ざめ、違うと小さな声で反論するしかない。
「違わないさ。そしてお前は……勘違いを起こした。大体、心の底から好意を持った相手をお前は持ったことがない。心の底では思っていたはずだ。穢れた血だけれども、こんなかわいい子他にはいない。穢れたマグル出身だが、半純血の自分が想いを寄せていることは……光栄なことではないか。時折出てくる出しゃばったところは……嫌いだと。魔法の力を得たマグルのくせに人をかばうなど、どこまでも自分を卑下するのか」
そんなどろどろの感情があったのではないか?そういわれてスネイプは言葉に詰まる。反論しなければ、と思うのに言葉が出ない。そんな感情抱いたことすらないはずだが、畳みかけるような男の言葉に、そうだったかもしれない、と自分が信じられなくなる。
「そしてお前は彼女のそこを愛することはなかった。だから口に出たのだ。穢れた血ごときが前に出るなと。そういう感情をこめて。私か?アルバスを殺そうと画策していた私にいわれたくないと?私はアルバスのそう言ったところも愛しているし、殺したいほど憎んでもいる。だが嫌いではない。そんな甘い感情を抱くアルバスをつつみ、縛り上げ、甘い考えを抱かぬほどに追い詰め、潰してやりたかっただけだ。彼を心の底から愛している、ただそれだけだ」
グリンデルバルドは平然とした顔で言いきるとスネイプは思わず一歩引く。それはグリンデルバルドの狂った愛情なのか、それとも心の底の、本当に奥底の暗い感情を突かれてしまったことへの恐れか。
「お前は初めてハリエットの姿を見た時、何と思った」
ハリーにはそう感じたことはないリリーの面影を同じ顔から感じた。
「お前はカップを用意した際……ユリの紋章が底面に印字されたものを選んだな。あれはなぜだ」
あれは……デザインを気に入っただけで……。似たデザインでユリがないものもあったが……。ハリエットに、彼女にユリを……。
「なぜ仲裁に入った彼女が赤い髪になっていることで手を止めた」
ブラックとの口論で頭に血が上り、彼女を振り払った。そのあと彼女は赤い髪をもって間に入り……。いつも二人を止めに来ていたリリーが頭をよぎった。ハリエットが間に入ったからではない。彼女を振り払ったのに、なのに……。そういえばあの時ハリエットは転ばなかっただろうか。振り払った後、自分は彼女に何をした?ブラックにうっかり話してしまったことで花を咲かせたことを咎めなかっただろうか。
ハリエットを見ているはずだった。なのに、なのに彼女を本当に見ていたのだろうか。久しぶりに会う彼女を見て……顔色の悪い彼女をかわいがりたくて……彼女を見ていただろうか。
「あぁお前は彼女の服を与えたいと思ったのだな。それもリリーとやらが好んだものをだ。最低の発想だ」
リリーがそばにいる様な気がして。でも服の好みが違くて。傍でハリエットを見るたびにリリーの面影が。ハリエットを愛しているのに……ハリエットを……。本当にハリエットを愛しているのか?
「お前はしょせんあの少女を母親の代わりとしか見ていなかったようだ」
嘆かわしい、という声が遠くに聞こえる。ハリエットを愛して……愛しているはずなのに。男の言葉が……毒の様に体を蝕む様な気がして、揺らぐ。
突きつけられたことにスネイプは何も返せず、違うとつぶやくしかできない。こんな調子だからハリエットは愛を伝えられず、喪ってしまったのだ。
彼女を愛している。では彼女とは誰だ。ハリエットだ。
彼女を愛している。リリーは……愛している。愛しているが、彼女が夫を持ち、子を持ったことを……受け入れている。この愛は異性への愛ではない。
彼女を愛している。無茶ばかりをしてどこかそそっかしくて。どこか一つ抜けた彼女を。
あぁそうだ、彼女を、ハリエットを愛している。同じ魂を持ったハリー=ポッターなどどうでもいい。あの瞳の輝きはハリエットだけのもので。その輝きはハリエットの魂そのものだ。
ハリー=ポッターと同一である可能性を振り切りたくて、目をそらしたくて、彼女をリリーに重ねた。恐ろしいほどに残虐な裏切り行為だ。だが今ならばわかる。彼女を、ハリエットだけが欲しい。彼女さえいれば……それだけで世界に色が付く。人の話も聞かず、ただ自分が信じるものを見て突き進む、無鉄砲で、無謀で。誰よりも優しい彼女が、ハリエットが。
目を閉じたスネイプの脳裏で遅い、と笑うリリーがハリエットを押し出したように見え……スネイプは目を開けた。
「そう、始まりはどうであれ、君は確かにあの子を愛している。そうでなくては魔力の譲渡があぁもうまくいくはずがなく、あの花に触れても奇跡を起こすためのヒントを思い出すはずがないのじゃよ」
目の前に立つ白い服を着たダンブルドアはあの特徴的なメガネはしていない。半月の眼鏡越しではない、ブルーの目がスネイプを見つめる。
「世界は可能性と選択の数だけ、良くも悪くも存在する。ハリーが双子で生まれるかもしれない。そしてその双子は……あまたある未来から戻ってきた転生者やもしれん。それがないとは言い切れないじゃろう。あるいは過去を変えようとして誤った方法をとったことで最悪の世界が生まれることも、おそらくはあるじゃろう」
スネイプが持っていた花がダンブルドアのもとに集まり、そして壊れた花冠を直していく。
「この奇跡はまだ不安定なままじゃ。そしてフォークスが保存した彼女の肉体の情報と、その魂と……彼女自身が持つ膨大な魔力が必要じゃ。じゃが、もしかりに奇跡が成功したとして、彼女の魔力は一時的かあるいは生涯にわたりか……後遺症が残るじゃろう」
それを支える覚悟はあるのか、と鋭い目で問いかけるダンブルドアにスネイプは彼女が生きていることこそが重要で、足りないのであれば私の力を与えても構わない。そう宣言するようにうなずいた。なぜかこのダンブルドアの前では言葉を発することができない気がした。
かつて愛したリリーに穢れた血……すなわちマグル出身としての蔑称を言ってしまった。彼女は優秀な魔女だったというのに。ハリエットもまた優秀な魔女だ。だが自分のせいで彼女はスクイブに……あるいはマグルほどになってしまうかもしれない。魔法使いの子供として生まれた彼女が、魔法を使えなくなる。周囲からさげすまれることもあるかもしれない。
それを守れるのか。その覚悟はあるのか、というダンブルドアにスネイプはもう一度深くうなずく。
「不死鳥とはまことに不思議な生き物じゃ。かつてダンブルドア家の誰に彼が寄り添い始めたかはわからん。アバーフォースとてもう歳じゃ。そして……彼の息子のそばにフォークスは現れた。この老いぼれが死ぬことで役目は果たしたとばかりにフォークスは、彼は去った」
まだ解明されていないことだらけじゃ、と微笑むダンブルドアはじっとスネイプから目を離さない。スネイプもまたこの狭間ともいえる世界にいるダンブルドアを見つめ返した。
彼は今後もここで様々な人々を迎えるのだろうか。だがかつてとは違い、今度はあの男と共にいるというのはダンブルドアにとってとよかったことか……。
いや、それは当事者が考えることだ、とダンブルドアの髪の色と同じ腕輪を付けていたグリンデルバルドを思い出し、直った花冠を受け取る。どこか不器用で、でも暖かな花冠は彼女に似合うだろう。
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