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38:炎の卵

 城の修復のためか、マクゴナガルはいない。お構いなしに廊下に飛び出し、萎えた足を叱咤してかけるように玄関へと向かう。
「え?スネイプ!?」
 驚く声が聞こえる中、それらを無視して城外に飛び出し、そのまま裏にあるあの石のベンチのもとへと向かった。白い花。ハリーの手の中で青い薔薇に姿を変えたあれは。
 後ろから追いかけてくる複数の足音も無視して角を曲がり、乱れた息をそのままにベンチに目を向け……季節外れの花を見つけた。
 ブレスレットのついた右手で触れると花弁は散り、風が渦巻くようにスネイプの周りを花弁が舞う。


“偽りと真の愛を胸に抱くもの、自身の眼を覆う深き霧を己の罪と知らず、忘却に消えゆく星に消えぬ傷を刻む”
 前半の意味はまだ分からない。だが、ビオラの頬に傷をつけた。ハリエットの頬の古傷がそれだ。

“写し鏡の星は過去の未来を胸に、エネアの願いを、真の夢を対価にデカの瞬きに変え、満願成就とともに煉獄の地にて枯れ果てる”
 9回の上限を超え、スネイプを助けるために10回目の介入を行い……一緒にいたいという夢を対価に。そして消えた。

“彼の想い人の言葉だけが青き宝珠に取り残された魂より星の輝きを呼び戻す。冷たい水底に沈む聖なる炎がその道しるべ
 青き宝珠?とスネイプは考え……はっとなってブレスレットを目の高さに持ってきた。ハリー=ポッターは正式な方法で作られた分霊箱ではない。そう、何も生成に必要な手順が必要とは限らない。クィレルを殺した彼女は……純粋な魂に反する呪いを唱えた。最も忌みすべき魔法を使ったのだ。その瞬間、ハリエットの魂は引き裂かれた。そして彼女は……ブレスレットを握り締めたのだろう。零れ落ちた魂がオニキスとトルコ石に定着した。ずっと彼女の魂はここにあったのだ。

“だが、真の愛なくして星は光り輝かず、永久の別離を残すだろう。傲慢かつ哀れな呪われし星の魂。それを救うのは、偽りな……き、魂……言葉。忘れ……る、な。霧は己が……星を包み……。鳥の……鎮魂歌……白と黒の番人……卵を……チャンスは一度……満月の……泉”

 ハリエットの分霊箱に封じられた魂が彼女を呼び覚ます。チャンスは一度。白と黒の番人と待っているという黒衣の男。あぁ、そうか、そういう意味だったのか。
 すべてが繋がり、立ち尽くしていたスネイプを伺うようにしていたシリウスがいい加減何か言ったらどうだ、と一歩前に出て……ふいに聞こえる不死鳥の歌声に驚いて空を見上げた。

「満月。鳥……不死鳥の鎮魂歌。フォークス!!どこにいる!」
 森の中から聞こえる歌声に迷うことはなく、スネイプは駆け出そうとして転びそうになり、怠けていた脚がもうこれ以上走れないと悲鳴を上げていることに気が付いた。足掻いてやる、と踏み出した足を変化させて飛行の魔術を使う。ぎょっとしたのは騎士団員だろう。無理もない、闇の帝王らが見せたその身一つで飛ぶ魔術だ。

 だがスネイプにはそんなことどうでもよかった。魔力がきれるまで森を飛び続け、ぽっかりと木々がひらけた場所に出ると、ちょうど魔力も尽きて膝を地面に打つ。満月が映り込む泉は鏡の様にさざ波一つもない。こんな場所あっただろうか、という疑問は頭の隅に追いやり、泉の際まで進む。水を覗けば際から底が見えない。
 
 何か不思議な力が働いているのか、そう思い顔を上げると水面から一つ顔を出していた枯れ木にあの偉大な魔法使いの家を守護していた不死鳥が不思議な旋律を奏でていた。スネイプに気が付いたのか、ふいに口を閉ざすとスネイプを見つめ……あっという間に燃えていく。水面に落ちる灰に、追いついたハリーははっと息をのみ、灰が漂うそこを見つめた。

 ぶくぶくと泡立つ水面に光り輝く炎のような……卵状のものがゆっくりと沈んでいくのが見える。スネイプは迷うことなく水に飛び込むと、魔法使いであることも忘れたかのようにその卵めがけて泳いでいく。スネイプを止めようとするかのように際に手を置き、水に触れたハリーはうわっ、と声を上げた。

 自分が泳いだあの冬の湖よりはるかに冷たく、そして体の芯を刺すような鋭い痛みに、ハリーは驚く。潜ったばかりだというのにどういうわけがもうほとんど姿が見えないスネイプの影をじっと見つめるしかできないのだと、そう理解して波一つない水面を見つめた。


 全身を刺すような痛みを堪え、凍りそうな中を必死にもがき、手を伸ばす。彼女と再び出会えるのであれば……この身が八つ裂きになっても構わない。ハリエットが助けてくれた命だが、君がいなければ死んだまま生きるしかないのだ、と手を伸ばす。
 卵の周りは熱を帯びているのか暖かく、伸ばした指先が少しずつ温まる。右手の指先が硬いもの触れ……卵が爆発したように白い光をはなち、スネイプを包みこんだ。その光の奔流の中……スネイプの腕からハリエットの分霊箱が離れていくのを感じ、手を伸ばし……。
 
 どさりと倒れこんだスネイプは手に握り締めたムスカリの花に目をやった。ここは、と顔をあげ、白いキングスクロス駅であることに気が付いた。

「この満月で来ないならば永遠に来ないと思っていたが、ぎりぎり間に合ったのか」
 何とも運のいい男だ。嘲るような、あるいは本当に憐れんでいるのか。曖昧な声に振り向けばこの世界におけるハリー=ポッターとダンブルドアの密会で余計だった男が、グリンデルバルドの姿があった。ダンブルドアの姿は見えない。

「まぁいい。あの破滅しかもたらさない男と違って多少は愛がわかる男のはずだ。あのアルバスの手駒となり、定期的にアルバスと話し、アルバスからの信頼を得たセブルス=スネイプ」
 こつこつと靴音を響かせるグリンデルバルドは忌々しい、とスネイプを睨み手に持っていたものを弄ぶ。何を持っている、と目を向ければハリエットの分霊箱になっていたブレスレットだ。思わず掴もうとするスネイプからグリンデルバルドは一歩離れ、お前はこれから試練を受けるのだ、とにやりと笑う。






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