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37:ハリエットとダンブルドアの密会

 彼女が生き生きとしていた時の日記を読み返し、彼女の息吹をそこから感じる。そんな幾日か過ごしたある日、トントン、というノックの音が響き、顔を覗かせたのは彼女の片割れであり、かつての彼女だったハリー=ポッターだ。彼女のものに触れて彼女の気配を、彼女の匂いを、上書きしてしまうのを恐れるようにスネイプはハリエットの椅子に浅く座る。

 一気に老け込んでしまったかのようなスネイプを見て、ハリーは彼の中のハリエットという存在がどれほどのものか……それを思いしり、ぐっと拳を握った。

「眠っている間に懐にしまってあった、記憶の瓶は魔法省に渡しました。肖像画のダンブルドアの証言などからも大方裏が取れています」
 そういえばハリエットに言われて準備していた瓶がない、とスネイプはぼんやりと考えて興味なくそうか、と返す。よし、勇気を出す時だ、とハリーは自分の頬を叩くとスネイプの前に立ちふさがった。

「セブルス=スネイプ!罰則を命ずる。簡単にあきらめるな。無様でもあがいで見せろ。運命を踏み越えていたハリエットを思うならば今度はあんたが踏み越えて一番星を掴むといい。やり方はせいぜい自分で考え、それができないのであれば永遠に“スニベルス”がお似合いだ」
 声高に宣言するハリーに、久しぶりのような怒気を孕んだ気配がスネイプを包み、ハリーへ向けて地獄の底から覗くような危険な目を向ける。

「と、ハリエットの魂に引っ付いてきた彼女の世界のセブルス=スネイプからの伝言です。それと、ダンブルドアから白い花を探せと。予言がどうとか……。あーあと誰だったかな……」
 一歩引きそうになるハリーはぐっとこらえて僕の言葉じゃありませんと抗議の声を上げた。意味が分からず怒気が抜けて顔をしかめるスネイプに、ダンブルドアからも伝言ですという。

「大体、ハリエットの世界のあんたも、ダンブルドアも、よくわからない老紳士みたいな人も、一度死にかけた僕に頼みすぎなんだ!僕はフクロウでもなければ、伝書鳩ですらないのに!鳩扱いなんて最悪だ!!あとはここに僕の記憶の写しを置いていくのでハリエットのペンシーブで見てください。ハリエットの部屋でうじうじしている姿なんか見たくない!」

 あーもうと爆発したハリーはこれとこれ、と靄の入った瓶を置き、ドビーが慎重に持ってきた小さなペンシーブを示して部屋を出ていく。あっけにとられるスネイプだが、あの最後に自分のわがままをかなえて死んだハリエットの世界の自分を思い出し、何と勝手な男かと顔をしかめ……ハリーの残した瓶を手に取った。

 一つは……ハリエットの瓶だ。彼女が持っていた金平糖の入っていた瓶。彼女がきれいですよねと笑っていたものだ。もう一つはそこら辺にあった瓶に入れたのか、少々埃っぽい。
 迷うようにして……ハリエットのペンシーブに埃っぽい瓶の中身をそれを流し込む。


 蘇りの石で出てきたのはジェームズとリリーだけ。ブラックもルーピンもいない。その代わりのように出てきたのは自分で……ハリーが言っていた言葉と大体同じ言葉を言う。そしてダンブルドアとハリーの会話。

「あの男は……」
 黒衣に身を包んだ髪を逆立てたような男。第一次魔法大戦のグリンデルバルドがなぜいるのか。理解できないでいるとダンブルドアが予言を思い出せという。
 無理やり解いた弊害か、スネイプはまだ一部の記憶が戻っていなかったのは気が付いていた。だが、些細なことかと思っていたが二人に間にされた予言とは。一体何の話だとペンシーブから戻ってもスネイプの思考は失われた記憶を思い出そうと必死になっていた。

 ずきん、と痛んだ頭に思わず呻き、倒れるように寝台に体を横たえる。ブレスレットが熱くなった気がして、無意識に腕ごと抱え……意識が遠ざかる。


 口早に思いつくお菓子を言い……やっと開くとヘンリーは動く階段を上がり、扉をノックする。すぐに返事があり、ヘンリーは扉を開いた。

「おお、3回目のペナルティーは大丈夫じゃったかな」
 座っていたダンブルドアは優しく微笑み、椅子に座るよう促す。
「こんにちは。ダンブルドア校長、それにフォークス。痛かったですけど、大丈夫です」
 何とかなりました、というヘンリーに上々じゃ、といって……何か感じ取ったのか、杖を振って肖像画を含めたすべての額縁に布を張った。もごもごと文句を言うような音が聞こえるが、やがてそれも静まる。

「ありがとうございます。今日はダンブルドア校長にお願いがあってきました。単刀直入に話します。ダンブルドア校長、来年貴方は死にます」
  

 微笑みを浮かべながら切り出すヘンリーにダンブルドアは鋭い目を向ける。だが、一向に彼女が苦しむ様子はない。
「ご存じでしたでしょうか。最近私も知ったのですが、死を回避するつもりのない人にはペナルティーは発生しないようです。だから、言えた。あの時は……そばに母さんが、マクゴナガル教授がいたから。ダンブルドア校長、この手紙を受け取ってください。セドリックを助けた時、私は重大なことを見落としていました。だから、ダンブルドア校長、あなたが私の知る未来へ向かうためにコントロールしてください」

 少し厚めの羊皮紙をとりだすヘンリーはそのままダンブルドアの手にそれを押し付ける。戸惑うダンブルドアだが、確かに、確かにそうじゃ、と悲し気に目を伏せた。

「ハリエット、こちらへ。君は間違いなく4回目のペナルティーを受けるじゃろう。その時の苦しみを一人で耐えてほしくないのじゃ」
 わしのもとに、というダンブルドアに驚くヘンリーだが、小さく息を吐いて促されるままにダンブルドアの膝の上に腰を下ろした。かつて、幼いころに抱きしめてくれたように、優しい手に祖父がいたならばこんな感じだったのだろうか、とぼんやりと考える。

「最近痩せたようじゃな。すまない。ハリーに閉心術を教える様伝えたのは」
「スネイプ先生は素晴らしい閉心術士であり、開心術も心得ています。先生以上の適役はいないでしょう。それにそのことでも先生に頼みごとがあってきました」

 さぁどうぞ読んでください、とヘンリーは促す。どこか震えるような手のダンブルドアにきょとんと眼をしばたたかせて、羊皮紙を広げるのを手伝う。シリウス、ムーディ、ドビー、そしてあの大戦で犠牲になった人々の名前と7学年時はマグル出身者が通えなくなることまで。未来にかかわることを沢山書き記した。だがそのなかにハリーのことは書いていない。だって自分は誰かに命じられて進んだわけじゃない。結果としてあぁなっただけだ。
 鋭い痛みに悲鳴を上げそうになり、ぐっと掴むダンブルドアの手がその痛みの一部を引き取っていく。

「この3名に関してはこちらから指示を書かねば。リーマスは……彼は家庭を持つことができたのじゃな」
 ルーピン夫妻、と書かれた文字をなぞるダンブルドアにハリエットはトンクスが、と小さく答える。ぐったりとするハリエットの肩にフォークスがとまると、息苦しさが減り、ハリエットはよろよろと立ち上がってダンブルドアの前に用意された椅子に座り込んだ。


「それで、セブルスに対しての頼み事とはなんじゃろうか」
 詳細はよく目を通しておく、というダンブルドアにヘンリーは弱弱しく微笑み、背筋をただした。
「セブルス=スネイプの記憶から私を消してほしいんです。きっと今の彼はこの先行うはずの作戦を思いついても決行することができません。だから、私、ハリエット=ポッター……ヘンリー=マクゴナガルと共に過ごした日を消してほしいんです」
 すべて消すとそれはそれで問題になるかもしれないから、というハリエットにダンブルドアは何も言えず凝視するにとどまる。いや、衝撃で何も言葉にできないようだった。
 わなわなと震えるダンブルドアは目を閉じ、大きく息を吐くとヘンリーをじっと見つめる。

「それで、それで本当にいいのじゃな?」
「はい。本当は、好きになってはいけなかったんです。先生は優しいから、この先私がいたらじゃまになるのはわかっていたはずなのに。先生が愛した花はただ一つ。私は、そのおこぼれにあやかっただけで……先生の視線の先は一人だけだから」
 だから、元に戻すんです、と言い切るヘンリーをダンブルドアはじっと見定めるかのように見つめた。その目からぽろりと涙が零れ落ちたことにヘンリーは驚き、あたふたとハンカチを取り出して差し出す。

「大丈夫じゃ。ハリエット、君は……セブルスをどう思っているのかな。額縁はすべて隠しておるから魔法省にも死喰い人にも伝わることはない。君の本心を教えてほしい」
 ハンカチを断り、指先で拭うダンブルドアは優しく微笑みながら問いかける。私の本心?とハリエットは目をしばたたかせる。じっと見つめる青い瞳を見つめているうちに開心術が効かない予見者というのに、なぜか心が開いていく。

「私は……私……。先生のそばに……先生のそばで。でも、分かっています。先生は私のことは……。お母さんに向けられていた感情を私が曲げているから、だから……。ポッター家から彼を解放しなきゃいけないんです」
 一緒に歳を取れたら。傍でずっと一緒に居られたら。そう考えるハリエットは静かに首を振り、私の望みは、ポッター家という呪縛から彼を解き放つことだ、と笑う。ハリーを助けるためにその身を費やした。青春時代をジェームズに邪魔され、愛した女性を自ら傷つけた。だからすべてが終わった時に彼を解き放つべきだ、とハリエットは心の底から信じている。

 幸せそうに微笑むハリエットにダンブルドアは何も言わず、ただ黙ってヘンリーの肩に手を置いた。
「まことに、まことに愛という名の呪縛は永遠じゃ。こちらが勝たねば止まらぬというのであれば、その愛を隠すのも……愛じゃろう。すくなくとも、わしはそう信じておる。彼もまた、その呪縛に捕らわれ、歪みながら藻掻いていた」
 どこか遠くを見るダンブルドアにヘンリーはそうですね、と微笑んで……。先ほどの羊皮紙を見る。

「彼は最後まで杖のありかを明かさず、愛を知らぬ愚か者だと、そう笑っていたそうです」
 変わることのない死。そして変えるつもりもない死。それを理解しているからこそハリエットはダンブルドアへと伝える。一瞬息をのむダンブルドアはそうか、と目元を覆った。

「それと私に起きることはすべて無視をしてください。私は本来いない人間だから、私のせいでみんなが動いてはいけません」
 続けられたハリエットの言葉にダンブルドアは深く俯いた。きっと彼女には危険があるだろう。そして彼女の言葉は……万が一自分が死ぬようなことになってもそれは“正史”になるだけだから問題ない、という風だ。彼女は、彼が愛すべき世界の為に、誤った未来に行かないために……いざとなれば自分の存在を切り捨てるという。
 それを止めるすべがないことが、ただダンブルドアには惜しくて仕方がなかった。ハリーに代わって幼いころから見てきた彼女が、ほかならぬハリーの為にそう決意している姿がただただまぶしかった。

「君たちは本当に愛を持った子じゃ。トムは一生理解できなかったじゃろうな。セブルスのことは……情勢を見てわしが執り行おう。じゃが、強くかけることは……記憶の量が多いため避けることとする。彼にとって君がどれだけの比重になっているか、わしにはわからん。そうじゃな、何か起きた際に解呪するすべが必要になるかもしれん。その方法は考えておこう。それと、ハリエット、この未来の情報は……活用することを約束しよう」
 間違いなく、というダンブルドアにヘンリーは頷き、失礼しますと校長室を後にした。

ルーブ・ゴールドバーグ・マシンのビー玉は動き出した。かたかたと音を奏でながらそれは描いた結末に向かって次のピースを押していくだろう。ヘンリーはそれに満足して上機嫌で廊下を歩いて行った。


 はっと目を覚ましたスネイプはダンブルドアとハリエットのやり取りを見て、ダンブルドアとグリンデルバルドには不可解ともいえる様な、彼らにしかわからない絆がある気がして再び考える。ハリエットの記憶にはダンブルドアと魂の残がいだけしかなかった。なのになぜ今回ハリーが行った際は余計なものがいたのだろうか。
 ふと、ダンブルドアも別世界の自分も言っていた白い花を探せという言葉にガバリと起き上がる。すっかり太陽は沈み、満月が昇り始めていた。






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