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34:彼を取り巻く死

 5学年目は……ハリエットのいない自分は更にハリー=ポッターを嫌っていて、憎んでいる。いつまでもたっても閉心術は学べず、覚える気すらない。やがて、ペンシーブを好奇心で覗き込み……父親と自分の確執を目の当たりにした。さぞ笑っていただろうと思いきや、ハリーは父の姿に落ち込み、どうにか知りたいと危険を顧みずブラックやルーピンに問いかけ……紛れもない事実に更に落ち込んでいく。

 ハリエットの、ヘンリーの頬を叩いたあの音が耳によみがえる。あの薄暗い中、あの子はどんな顔であんな言葉をかけてきたというのか。父の所業をこれ以外に……そう考えて今はない、懐に入れた記憶の瓶を思い出す。彼はこれを見た。だから……あの時、必死にわかれようとした彼女は本当の意味で全てを知っていたのだ。

 いまさらになって、すべてが後悔でしかなく、彼女がいない世界に憤りすら感じる。やがて……ブラックが死んだ。ベールの向こうに吸い込まれたせいで遺体すら残さず、何もかもを死の世界へともって消えてしまった。ジェームズの死もそうであったが、あれほど憎んだ相手だというのに心は何も動かない。死んでしまえとは散々思ってはいたが、こうもあっけなく消えていくのは……実感がない。

 自分が騙されたせいだと自己嫌悪し、自分を深く憎むハリーはそのはけ口としてなのか、信じてくれなかったとスネイプの名を上げた。人を信用せず、人に信用してもらおうなどと、甘い考えに顔をしかめるが、ハリー自身もどこか八つ当たりだというのが分かっているのか、苦々しい顔をしていた。

 ハリエットはすべての感情も何もかもをあの細い腕に抱きかかえていたに違いない。ブラックが自分のせいで死んだと、その記憶が強いがゆえにあんな危険なことさえもしてのけた。
 こちらのハリーもおそらくは同じように真偽を確かめたのだろう。ハリエットが別れたことで更に罪悪感がまし……そしてブラックを助けようとしてハリエットが捕まった。恐ろしいほどの後悔に彼は包まれたかもしれない。なにせ、ハリエットがこれほどまでに深い後悔をいだいているのだから。


 6学年目……スネイプ自身、あの指輪をダンブルドアが手にする前に戻れるのであれば戻り、そして指輪をさっさと破壊してしまいたいと夏休みに既に萎びている手を見て拳を握り締める。命の期限が確定したダンブルドアの死を一番有効に活用するためとはいえ、本当にひどい頼みをしてくるものだと、ヴォルデモートの記憶をたどるハリーを見る。

 愛されない子供。両親がいたとしても息苦しかった自分。愛を得ることのできない不満と憤りが同じ闇の魔法に魅了される隙を作りだしたのだろう。かつてペチュニアを見下していた自分もトム=リドルが力に固執し、それに溺れ縋る姿が理解できてしまい、ハリーを通して同じ記憶の旅を行っていく。

 分霊箱。噂で聞いた程度であったそれは2学年の時の本当の原因であった。あの指輪も、それと同じだったのだ。呪いとは別の理由であれを破壊したのだと、ようやく理解することができた。確かに、これらの情報を持っていたらば……何かの拍子にその話をされてうっかり反応してしまうかもしれない。その危険性は十分にあった。もし、もしも分霊箱の一つを、正体も知らされず、見肌離さず持っていろと命じるようなことがあった時、それの危険性を知っていたならば……。

 あの3人が旅をしていたのはこれを探していたのか、とスネイプは傷ついたハリエットを思いだす。あの剣も、これを破壊するための必要なものであったからで……。
 やがて、そのうちの一つを手に入れたところで……弱り切ったダンブルドアとハリーが天文学の塔に降り立った。ダンブルドアを殺した自分を追い、半純血のプリンスの正体を知り……打ちのめされたハリーが見つけたダンブルドアの遺体はあの高いところから無防備に投げ出されたせいで損傷してしまっている。

 自分の時はどうだったのだろうか。やはりこのように腕が折れ曲がった状態で……。いや、違う、とスネイプは首を振る。あの時、ハリエットがこちらを見ていた。間違いない。姿ははっきり見えなかったが、誰かに見られている気がして暗闇に目を向けた。
 彼女はきっとダンブルドアを受け止め、そして遺体を地上におろしただろう。だから……こうはならなかったはずだ。


 7学年目はそう変化はない。ハリエットが捕まってしまったからだろう。違うといえば……スネイプの放った魔法がそれたのかジョージの耳を奪ったということと、マッドアイが死んだことだ。死喰い人らに回収された遺体がどうなったかなど、スネイプはおぞましいその想像を打ち払った。おそらくは最終的に肉塊となり、人の姿など原形のかけらもない姿にされ……犬にでも与えたか、あるいは灰も残さず燃やし尽くしたか。はたまた……アクロマンチェロを味方につける際の土産にされたか。

 ロン=ウィーズリーの呪いに対する耐性の低さはどうにかならないのか、と呆れ……ここでもハリーについてきてくれるグレンジャーに申し訳ない気持ちが湧き出てくる。ハリエットが自分の他に信じる相手を選ぶとしたら、間違いなく彼女を選んだだろう。硬い絆で結ばれている2人はやはり甘い関係などではなく、マグル界という名の同郷を持つ戦友か、あるいは兄弟か。そのような関係だったのかもしれない。

 やがて剣を手にした3人で再び探索をし……ハリーの愚かで迂闊で傲慢な性格ゆえに禁句を口走り、マルフォイ邸へと連れていかれる。
 助けに来たドビーが凶刃に倒れたことでハリーの心に深い傷が刻まれたのをスネイプは感じ取った。自分のせいで死んでしまった命。どれだけ彼は傷ついたのか。だが立ち止まっている時間はない。だからこそ、彼は先へと進んだ。

 グリンゴッツに侵入など、呆れかえり……無事成し遂げたことにほっと息を吐く。そのまま脱出したかと思えばホグズミードにやってきて、ノンストップでホグワーツの戦いが始まった。ハリーはその無意識の魔力に物を言わせてこんな無茶を繰り返していたのか。そう思うと……突然魔力が尽きて眠ってしまうヘンリーの症状も頷ける。そしてセクタムセンプラの前に飛び出した時に魔法が間に合わなかったであろうという事も。あれだけ痛めつけられても命を紡いでいたことも、スネイプの魔力をそのまま受け取れていた事も。皆説明がつく。

 闇の帝王を倒したであろう英雄は……どうやらとてもつもない力を秘めているらしい。だからひとたび空になれば、体はその膨大な魔力を補充することに専念するため、体は眠りを欲するのだろう。普段はそこまで使わないからこそ、多少無茶をしても問題ないが、ひとたび空になった回復に時間がかかり……大きな器に水を入れたとしてもそれを使うための取り口に十分な水がなければ取りにくいように、彼女はセクタムセンプラを弾くだけに必要な力が不足していた。捕まっているとき、ひたすら眠り続けていたのは……補充された先から治療のために、防御のために使われていく魔力をかき集めていたのであれば……。

 膨大な魔力をもつこと……もしかしたら、それが転生者の条件なのではないか。あの焼け焦げた跡で判読できなかった条件にそれが記されているのだとしたら。

 疲れを見せることなく突き進むハリーだが、レイブンクローの寮を出たところで自分と……スネイプと遭遇し、マクゴナガルが対峙する。愚か者め、とスネイプはその一連の流れを黙って見つめた。なぜあんな時間だったのか……それがよく分かった。
 事情を知らぬミネルバは本気で裏切り者を攻撃している。そして、卑怯者と怒鳴っていた。彼女が……自分が杖を向けた相手が愛娘だと知ったらどれだけショックを受けるのか、考えなかったのだろうか。罵った相手が自分でないと知った時。
 

 2日の未明。喉を切り裂かれ、セブルス=スネイプは倒れた。
「僕を見てくれ」
 ハリエットの世界の自分は記憶の靄をじかに渡して……あの美しい緑の瞳を見つめたまま死んだ。本当に愚か者だ、とスネイプは死んだ男を見下ろした。ハリーが移動すると一緒に引っ張られてしまうためにすぐに見えなくなったが、よりによって……あの瞳に看取らせるなど、どこまでも非道な男だ、と。

 彼女は一言もしゃべれなかった。あの細い首ではナギニの牙は深く刺さっただろう。ポリジュースの効果がきれたとて、その傷は大きくて。ハリエットに言われて準備したのとよく似た記憶をみて、ダンブルドアと口論することになった、あの日に続く打ち合わせ。リリーを愛するが故の雌鹿。それと、永久に、と誓う光景にスネイプは落ち込んだ。

 ハリエットは……この頑固で一途な……しつこい感情を知っていた。だから彼女は自分に愛しているといえなかった。あの子は知らないのだ。記憶がない時でも自分のパトローナスはビオラになっていたことを。それを見ていたらば……どれだけ彼女を愛しているのかわかったはずだというのに。その機会はどこにもなかったことが悔やまれる。

 ハリエットにとってセブルス=スネイプというのは……一途で、どうしようもなく不器用で、偏屈で……。リリーを異性として愛していたのであれば別の動物だってよかったはずだ。よりによって……自分は牡鹿になるジェームズの妻となったリリーとして、その番の様に雌鹿を呼び出していた。いつからだっただろうか。そもそも死喰い人であった時代は学んでいなかったはずだ。呼び出せたとき、その時から雌鹿だったような気もする。

 愚かにも彼女を喪った後に彼女を求め……そして呼び出した。だが出てきたのはリリー=ポッターという結婚後の彼女だった。自分は、本当にハリー=ポッターを憎んでいただけなのか。本当は……自分のせいで死んでしまったリリーに代わって見守ろうとしていたのではないか。
 彼女のことで胸がいっぱいで……そんなかつてのことなどもう思い出せない、とスネイプはかきむしるように胸元を掴む。ハリエットが残したブレスレットがどこか温かくなった気がして、スネイプは胸元を掴む代わりにブレスレットを腕ごと抱きしめるように掴んだ。


 ハリーは森の中で死者の魂と会話し、そして闇の帝王の前へとやってきて……死の呪文をその身に受けた。白い駅でダンブルドアに会い、そしてなぜ死ななかったかを聞き……そして現実へ。杖の所有者がドラコになっていたなど、盲点であったがそれが結果的に最良の結果となるなど、誰が予想できたであろうか。

 闇の帝王は滅び、大勢の犠牲の上でハリー達は勝利を収めた。運ばれていく幾人の遺体。その中に自分を見つけたスネイプはハリーの真一文字に引き結ばれた唇が震えていることに気が付いた。それはあの時、ペンシーブに挑むように顔を上げていたハリエットと同じ顔で、彼女はどれほどに傷ついたのだろうか、とその細い背中を見つめた。そして彼はスネイプが本当はスパイでダンブルドアの死は計画されたものだと弁護し、死んだ後の名誉を回復させようとしていた。


彼は7学年目を復学せず、そのまま闇払いになったらしい。そこからはきっと本当に怒涛の日々だったのだろう。時折ハリーは死んでしまった人々を振り返り……そしていつだって最後はスネイプを思い返していた。彼に謝りたいと、彼が幸せになる道はなかったのか。守られてばかりで何も返せなかったと、後悔を抱いている。その様子がますますハリエットが時折まとっていたものに重なり、スネイプは緩く首を振る。
 あっという間に月日は流れ……死喰い人の残党が人質を取っているというところに乗り込む場面が出てきた。

 明らかに罠と思われるような広い部屋で……人質がぐったりと椅子に縛られているのが見えた。黒い髪に黒い服。それを見たハリーが思わず、といった風にその部屋へと飛び込んだ。

「スネイプ先生」
「ハリー!」
 縛られた人質を見て、愚かにも幻覚を見たのか呟くように前へと出た英雄殿。四方から飛んできた磔の呪いがその身を貫く。どさりと倒れるハリーにロン=ウィーズリーが駆け寄り、英雄をやったと浮立つ残党を他の闇払いが制圧する。
 人質だと思ったのはただの人形で、本来は闇払いが突入と同時に燃やし、はっとなったところを襲撃する手はずだったらしいが、そんなことも知らずハリーの意識が急速に消えていく。


「お願いハリー、目を覚まして」
 真っ暗になった世界の中、聞こえる女性の声。これは……ウィーズリー家の末娘の声ではないか。
「戻ってきてハリー」
 悲痛な声に……こうしてハリーは前の生を終えたのか、と、目を閉じ……ハッと開いて目に飛び込んできたのはどこかの部屋で。
 彼女が大切にしていた大きなフクロウのぬいぐるみが視界に写る。こわばった手を見下ろせば彼女の杖を握り締めていた。





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