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33:追憶の旅路
抜け殻のような気持ちで立ち尽くすスネイプはぼんやりとした顔であたりを見回した。どこかの動物園なのか、四方にガラスがはめ込まれた窓があり、親子連れが立ち止まって中を覗いていた。
「どけよハリー!」
押しのけられる音と声に目を向ければ太った子供に痩せた子供が付き飛ばされている。なんだ、とみていると蛇の展示室のガラスが消えて太った子供が転がり入った。ぽかんとする眼鏡の少年を置いて蛇はどこかに消えていく。
ペンシーブと違うのかスネイプはまるで風船になったかのように、常に子供……ハリー=ポッターのそばに浮くようについて行っていた。映画を見ているような、本を読んでいるかのような気分で……虚ろな目で不毛なものを見ていく。
やがて、ハリーはホグワーツにやってきた。あの双子がろくでもないことをハリーに吹き込み、今ではあれ程仲のいいグレンジャーとも距離を置いている。魔法薬学の授業になり……客観的に自分を見るのは変なものだな、と思わず呆れるスネイプははっとなってスリザリン生の席を見た。
あの特徴的な赤い髪のヘンリーがいない。それから進んでいく中、必死に目を向けるもドラコの隣にはあの二人しかいない。赤毛はどこにもいなくて……スネイプはハリーを見降ろした。
あぁ、彼女だ、とスネイプはハリー=ポッターを見る。これはハリエットの世界……転生前のたくさんの犠牲のもとヴォルデモートと戦ったハリー=ポッターの記憶なのだと、気が付いた。足を怪我した自分に……彼女が引っ張ってくれたことを思い出す。あれはとても痛いだろう。それを隠してポッターに怒鳴り……あの子は鏡の前に行くまで誤解していた。
クィレルと……ヴォルデモートの初対面に彼は驚きながらも、必死に石を守る。自分に触れられないでいるクィレルに気が付いたポッターは……ハリーは、その手でクィレルの顔に触れた。きっとこれ以上攻撃されないようにするためなのだろう。それでも……気絶した彼の手の中でクィレルはその命を終え、ヴォルデモートの魂だけが飛んでいった。
彼女は、クィレルを二度殺した。この最初のが事故であったとしても、2回目は彼女は死の魔法を使った。未来を変えないために、リリーの愛の力を汚さないようにと。意図せず行ったことを……意図して行った彼女の心は酷く乱れただろう。
2学年目も彼は必死だった。屋敷しもべ妖精によって塞がれた入口のせいで、汽車に乗れず……。お調子者の大バカ者の言葉に乗って……車なんぞに乗り、暴れ柳にケガを負わせた。ロックハートはなぜあの子を執拗なまでに追いかけたのだろうか。あのこの名声は奪えるものではない。彼のそばにいることでそのまなざしを受けたかったのか。あの子が望んだ名声ではないというのに。あの男はその分別もつかなかったらしい。
バジリスクの毒は本当に強力で、本来ならば治癒方法は不死鳥の涙しかないといわれていた。だが、ハリエットが毒について調べていて、バジリスクの毒に興味があった風であったことから……急いで開発した。彼女が気にしていた次の巻には不死鳥の涙以外の方法はないと、それだけが記載されていることも知らずにいたのだろう。
すべてが終わってから考えれば、彼女が本当に探していたのはナギニの毒がどうなっているかという事だ。おそらくは……あのナギニの毒は血の凝固作用を遅らせる、あるいは凝固作用が行われないようにするものだったのだろう。それを知らずにただ毒についてを調べていた。
それにしても、と涙で解毒されたとはいえ彼女は2度もバジリスクの毒を受けたのだと思うと、生きていてくれたことが奇跡な気がして、ぼろぼろになりながらもなんとか2学年目を終えたハリーを見る。
3学年目はなかなかに興味深く、あの地図とやらをめぐるやり取りに苦虫をつぶした気がした。自分は……この怒りをあの子に被せた。あの子をこの手で……殺してしまいそうだった。かつて嫌悪した父を思い出し、やはり自分は家庭を夢見てはいけない、と目の前のたわいのないやり取りをするハリー達を見る。
やがて、叫び屋敷に入り……たまりにたまっていた苛立ちを発散させるような自分に呆れ、3人の子供らの魔法で無様に吹き飛ぶ姿に、自分のことながらスカッとして、失神した男を見下ろした。やはりあの時、ハリエットはこれを防ぐために……。
タイムターナを使って戻ってきたハリーが唱えたパトローナスが吸魂鬼を蹴散らすのを見て、彼女が守護霊を呼び出せなかったこと思い出す。気絶したハリー達を運ぶ自分を横目に、なぜだろうかと考え……彼女の周りにあふれる死が、若くして死んだことへの後悔が、彼女の心に蓋をしていたのではないか、とブラックが逃がされたことで場違いに怒鳴り散らす無様な自分を冷めた目で見ながら考える。
そうだ、きっとそうに違いない。
いつ、彼女はあのアスクレピオスの蛇を呼び出せるようになったのか。自分の守護霊も攻撃に向いているかといえばあまり向いていない雌鹿だが、彼女のは更に小さくて、吸魂鬼に飲み込まれてしまいそうな細い蛇だ。
自分を示すであろうその蛇を見た時のあの子は……何を思ったのか。いまさらになって知りたいと、遅すぎる後悔が沸き上がる。
4学年目は……忘れることはない。まさかムーディが偽物だったとは。大事な親友に疑われ、離れられ……一人残ったグレンジャーだけが支えになる。こうしてみるとなぜグレンジャーはポッターと付き合わなかったのか不思議でならなかった。きっと、何かが違ったのだろう。恋愛対象ではない……何か違いが。
ハリエットがグレンジャーのことをどれだけ大切にしていたのか、それがとてもよくわかる。かつて自分を信じてくれた大事な親友。だからこそ、自分が前歯に呪いをかけられた彼女に浴びせた言葉を彼女は許せなかった。きっとこの時にぶつけられなかった憤りが、あの時沸き上がって出てきたのだろう。
それをでしゃばってくればよかっただの……本当に最低なことをした。
ぎこちないダンスを踊るハリーはパーバティ=パチルと躍っているが、意中の相手に振られたことがよほどショックだったのか、ふてくされていて……あれは失礼だと首を振った。その点、ハリエットと躍るハリーは二人そろって楽し気で、幼い兄弟が手を取り合って花畑でくるくると回る……マグルの姉妹が見せる無邪気な光景が脳裏によぎった。
自分がかかわらなければ……エバンズ姉妹ももう少しましな関係だったのだろう。自分勝手にそれを壊した。愚かしいことだ、と自分にうんざりして……ハリエットの未来を望む際にはやはりペチュニアに会うべきだったのか、とありえない未来に視線はまた下がっていく。つい先ほど家族を持つべきではないと考えたはずなのに、彼女と共にいる未来をどうしても望んでしまう。
誰よりも先についたはずなのに最後まで残っていたハリー。サメの頭では自分の宝以外見られなかっただろう。泡のついた頭では制限が怖くて待つことなどできないだろう。
いつ時間が来るとも限らないというのに、いつまでも最後の一人を待ち……そして二人を助けた、どこまでも優しいハリー。ハリーの宝にハリエットが選ばれてもおかしくはない。だが、ダンブルドアのおかげかハリエットは除外されたのだろう。ここにいるのがハリエットであったら……今のハリー=ポッターはどうしていただろう。
ハリーの隣でセドリック=ディゴリーが死んだ。そういえばあの後どうなったのか。印を持たない死喰い人の一団に彼が潜入している姿を見かけた。レトリバーという名で醜い傷があるとフードを被っていた彼。あのあと戦いはどうなったのか……今更ながらにそれが気になり……でも彼女がいないことに心が落ち窪んでいく。
「リリー」
死んだときの影であるリリーの姿に思わず名が口からこぼれ出る。君の大切な娘を、守ることができなかった。彼女は許してくれるだろうか。
帰りの汽車の中でハリーは自分が受け取るべきではないと賞金を前に悩み……よりによってあの二人に出資する。だからあんな好条件の物件を獲得することができたのか、とダイアゴン横丁の店を思い浮かべた。
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