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31:罰則を命じる
スニッチの中から蘇りの石を取り出したハリーは、それを掌の中で転がした。ほどなくして現れたのは両親で、ごめんなさいねハリーとリリーが悲し気に微笑む。
「僕があいつに突っかかったことで……最初のゆがみが起きてしまった」
「私が……彼をきちんと理解してあげられなかった」
ジェームズの言葉にハリーは首を振り、リリーの言葉に母さんは悪くないと返す。周囲を見回すハリーにリリーはハリエットはこないわとそっと息を吐いた。
「あの子は……あなたも知っている通り。別の世界線からきたあなただから……。この世界の死に、彼女は入れないのよ」
ここにはこられないというリリーにそう、とハリーはうつむいた。でもその代わり、という言葉になに?と顔を上げたハリーは半透明な二人と違う、もっと透明度の高い……男が立っていることに気が付き、あっと声を上げた。
「ハリー、貴方の……いえ、ハリエットの魂に寄り添っていた彼も心配でついて来てしまったみたいなのよ。きっと、それだけ貴方が……不安定だったんでしょうね」
一度守ると決めたらとことん守る……不器用だしねじ曲がって偏屈だけどね、と笑うリリーにハリエットの世界から来たスネイプは苦々しい顔をして余計なお世話だと顔をそらした。
「この世界の私はどうやらとんでもなく愚かで、臆病で……どうしようもない馬鹿者だ」
苦言をこぼすスネイプにハリーはポカンと口を開け……そのみっともない顔をどうにかしろ、と一喝するスネイプに慌てて口を閉じた。あぁハリエットがいない世界のスネイプは……こんなにも威圧的だったのかと、ハリエットが尊敬から恋になっていった相手の守る対象への執着心といえばいいのか……。それに笑うしかない。
「あの子は……愚かにも警戒せねばならぬときに杖を下した。その結果があのざまだ。ここに現れたのは奴のところに行くお前を見に来たわけではない。白い花に力を吹き込むのだポッター」
本当に底なしの愚か者だ、というスネイプの命令ともいえる様な頼み事にハリーは首を傾げ……わかりましたと頷く。これだからスニベルスは、というジェームズをリリーがたしなめ、スネイプは見下す様に睨む。
「あ、あの……。ハリエットが……未来の僕があなたに謝りたいと。それとお礼を言いたいと」
「ずっとそばにいたのだ。何度聞かされたと思うのかね?……校長になった際に必ず作成される肖像画がある。本人の記憶を引き継がせるためにそばに置かねばならないが、その時間も手間も資格もない。その手間を省くため、私の記憶を押し込んだものが、要らぬと破棄しても壊れぬよう保護魔法がかけられた忌々しいそれは……必要の部屋の絵画を保管する部屋に投げ入れた」
ハリーはハリエットが言いたかった言葉あるのだといえばスネイプは知っているという。スネイプの肖像画について突然話し出すのをハリーは意味が分からず聞いて……徐々に消える姿に待って、と足を踏み出した。
「あぁそうだポッター。この世界にいる愚か者に伝えてほしい。セブルス=スネイプ、貴様に罰則を命ずる、と。スリザリン生たるものが簡単にあきらめるな。無様でもあがいて見せろと伝えておきたまえ。勝手にこの世界に来て、勝手に引っ掻き回した愚かな娘が、勝手にいなくなったのを指をくわえて見ているだけなのか」
背を向けていたスネイプは振り返り、閉心術を教えていた時のような目でハリーを見下ろす。あっけにとられるハリーにスネイプは再び背を向け、森に向かって進んでいく。
「勝手に私たちへの後悔の念を抱いてこちらに落ちてきた馬鹿者を、ただ見ているだけでいいのか。運命とやらがあったとして、ハリー=ポッターがそれを踏みにじってきたのだ。今度は貴様が踏み越えて一番星を掴むがいい。やり方はせいぜい自分で考えるがいいと。それができないというのであれば、貴様は永遠に“スニベルス”がお似合いだ」
わかったかポッターとわずかに振り向くようにするスネイプにハリーは笑い、必ず伝えます、と頷く。どこか口角を上げたように見えたスネイプはなおも進み……溶けるように見えなくなった。
「そこにいるバカな男にあとは付き添ってもらいたまえ。私はもう行かねばならぬ。魂の半分をさまよわせている大バカ者を出口に連れて行かねばならぬ」
声だけが最後まで残され、聞こえなくなる。ハリエットの世界線のスネイプを見送ったハリーは本当に不器用な人なのだと、同意を求めるようにジェームズとリリーを見た。
「本当に死んでも忌々しいやつだな……。ただ、あちらではハリー、君のことを守ろうと奔走したことには評価はしてやろうとは思う」
「こっちはハリエットと仲良くしているのを見てそれはもう酷くうろたえていたのよ」
早く自分の世界線に戻れ、と顔をしかめるジェームズにリリーはくすくすと笑う。僕だってびっくりした、と一緒になって笑えば“家族”という空間な気がして、ハリエットがいないことに涙がこぼれた。
「傍にいてくれる?」
本当に死ぬかもしれない。ハリエットの言うように死なないかもしれない。それはわからないことだ。あぁでも生き延びてスネイプに言わなければならない。
罰則を与える、なんて最高の言葉だ。言われる側の不快な気持ちを味わうといい。
「あぁもちろん。私たちはこれまでも、そしてこれからもずっと……ハリー、君のそばにいる」
「姿が見えなくとも、ずっとそばに。あなたが手を振るその日までずっと」
森の奥へと進むハリーにジェームズは励ます様に笑い、リリーが微笑む。死喰い人らの後を追い森へ進み……。ヴォルデモートの杖の前に姿を現した。
蘇りの石はいつのまにか落としてしまっていたが、姿の見えない両親がそばにいるという事が心強くて……緑色の閃光をその身に受けた。
どこかで汽笛の音がする、と目を覚ましたハリーは……白い建物の中にいて、きょろきょろとあたりを見回した。爛れたような子供が泣いている姿を見て、目をそらすハリーは一体ここはどこだと周囲に目を向ける。
赤子のような子供のような、それの近くには駅のベンチのようなものがあり、そこに短い髪を立たせた黒い服の男が泣いているそれには目を向けず、興味がなさそうに目を閉じて仰向いて座っている。あの、と声を変えようとしたハリーだが、後ろからそっと腕を抑えるように手を添えられ、振り向いた。
「待っておったよハリー」
死んでしまったはずのダンブルドアがいつもの笑みを浮かべて立っていた。ふと、ハリーは今いる場所がハリエットが自分の正体を明かしてくれた白い空間に似ていることに気が付き、目をしばたたかせた。
促されるままに子供と男から離れ、現れた椅子に座る。ダンブルドアがなぜハリーが死ななかったのか。これまでずっと黙っていた計画をハリーへと語った。
ハリーの血を使って蘇ったことで、ハリーの守りの呪文を突破できるようになったがそれは突破できたのではないとダンブルドアは言う。
「君の命を守るための守りそのものにあやつはなってしまったのじゃ」
取り込むことで逆に取り込まれたのだとダンブルドアは微笑み、ハリーはその意味が分かって、秀才だったはずの男がどうしてそこまで愚かになれたのだろうと息を吐いた。内側に入ったのではなく、壁そのものになったがために……ハリーを害することはできなくなった。逆にハリーから壁を攻撃することはできる。
「あやつは驚くべきほどに……“人”に対して無知じゃった」
頭が回ったところで意味はないことじゃ、とダンブルドアはいい……かつてはわしもそうじゃったとどこかを見つめながらつぶやく。ちらりとその視線の先に目を向ければ、あの男が目を閉じながら傲岸不遜な態度を隠しもせずに座っている。その口元が嗤っているように見えて慌ててハリーは前に視線を戻した。
「でもダンブルドア先生はとても偉大な魔法使いです。ハリエットから何を聞いたか……詳しくはわかりません。それでも、マグル生まれで今年学校に行けなくなる生徒を避難させ、傷ついたドラゴンを保護すべくロンのお兄さん……チャーリーを呼びました」
自分を卑下するようなダンブルドアにハリーは首を振り、助かった命をあげる。うまくいったようじゃな、と小さく口角を上げるダンブルドアはかつての過ちと、それからどうしていたのかを語る。
「老いぼれの話はこれまでにしよう。ハリエットは……どうなったのか教えてもらってもいいじゃろうか」
ダンブルドアを励まし、肯定し……先生のおかげで助かった人もたくさんいるのだというハリーにやはり君は無償の愛を、アガペーを与えるものだと目を細めた。ハリエットがどんな結末を迎えたのか……ハリーは唇を噛み……意を決したかのように口を開く。
「スネイプの身代わりになって……」
何もかもを勘違いしたままいってしまった。血だまりに横たわる偽のスネイプが頭をよぎる。もう行ってしまったのだと続けるハリーにダンブルドアはそうか、願いをかなえたのじゃな、と頷いた。
「ハリー。……最後の頼みじゃ。予言を、ハリエットとセブルスの間になされた予言を思い出すのじゃ、とセブルスに伝えてほしい。あの白い花を見つけ、彼に渡してほしいのじゃよ」
あそこにある花じゃ、といつの間にか現れたテーブルを示す。テーブルの上には誰が作ったかわからないが、誰かが悪戯で壊したかのような壊れた花冠が転がっていて、そのそばに中心が緑色をした白い花が今まさにとってきたかのように咲いている。
どこかで見た気がする、と目を細めるハリーはそっとその花を手に持ち……スネイプの言葉を思い出してそっと花を包んだ手で温めるように何かを、魔法の力を送り込んだ。手を開いたときには白い花は全く別の……青い薔薇へと姿を変えて消えていった。
それにしても、スネイプにせよダンブルドアにせよ……僕に頼むこと多くないか、と思わず笑い……消えていく世界の中、立ち上がったどこか落ち着いた紳士のような黒い服の男がダンブルドアと並んだのを見た。
あの男に伝えろと、我々はここにいる、と。何でもかんでも僕に頼みすぎだ、という声は光に包まれる。
時間にしてどれほど経ったのか。あるいは一切経たなかったのか。湿った土の匂いとざわめきに戻ってきたのだとハリーは気が付くも死んだふりを続ける。状況をみるんだ、とハリーは何をされても死んだふりを続け……ヴォルデモートをだます。まんまと騙されているヴォルデモートに……ハリエットに騙されたことも気が付いていないのだろう、と憐れみを覚える。
すべてが終わるその時間はもう間もなくだった。
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