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30:ありがとよ、アミーゴ
ぼろぼろにされた城に入ったところでハリーはロンに目配せをし、今にも死んでしまいそうなほど青ざめたハーマイオニーを連れて大広間へと入る。
大広間は怪我をした人々が治療を受けていて……油断するなと言っただろうが!と怒鳴る声に目を向ける。包帯を巻いたトンクスに怒鳴るムーディ。そしてくそっ、と悪態をつきながら鼻血を止めようとするシリウスに手当てをするリーマス。
あのあとけがをしたのか包帯を巻いて……パーシーが怒鳴り散らして疲れたのか胸ぐらをつかんだまま眠ってしまったらしい体制で苦笑するフレッドと……手紙のことを聞いたのか、嗚咽をこぼすウィーズリー夫人にそれを宥めるウィーズリー氏。
死者も少ないものの出てしまったようで、折り重なるように置かれているのは死喰い人だろう。それとは反対に丁寧に並べられているのは騎士団員や駆けつけた魔法使い……そしてほんの少しだけ……おそらくは参加した上級生らだろう、生徒と思われる姿もある。
見ていられなくなってハリーは走って校長室へと向かった。ハリエットは……フレッドの遺体を囲むウィーズリー家を見ることとなっていたのだろう。校長室のガーゴイルは少し倒れかけていたが、ハリーは構わず……スネイプが設定しそうな、闇の陣営が言わないであろう言葉。そう考えて迷わずダンブルドア、とガーゴイルへと伝えた。
校長室に入れば様子を見に行ったのか誰も額縁にはおらず、ペンシーブだけが用意されている。わざわざ本物のスネイプが準備をしていったのか……。どこか可愛らしくも見える瓶からペンシーブに記憶を注ぐと、ハリーは記憶をのぞき込んだ。
幼いスネイプと母リリーとの出会い。
「ペチュニアおばさん……スネイプのこと知っていたんだ」
そりゃあんな態度とるし、嫌悪するに違いない。父ジェームズとシリウスは最初は同じコンパートメントにいたのかと思うとなんだかおかしくて、だんだんすれ違っていくスネイプとリリーを見る。
「君は……スネイプが母さんに恋していたのを知っていたんだ」
うつむくハリーはハリエットがどんな思いでスネイプを慕っていたのか。そう考えると彼女は苦しかったんじゃないかとそう思えて……その様子を見ていく。
スネイプが成長し、ダンブルドアに予言の子供がポッター家に生まれる子供であると闇の帝王が思っていることを、リリーの命を守って欲しいと懇願する。そしてその瞬間から……ダンブルドアの忠実な駒となることを誓った。
次に出てきたときには絶望していて……あの日の後であることを知った。どれほど母リリーを愛していたのか。死にたい、と今からは想像もできないほどに落ち込んだスネイプをハリーはただ見ているしかできない。そしてきっとハリーが一年生になったころのスネイプが出てきて……ダンブルドアはクィレルから目を離すなと忠告する。
最初から彼が怪しいとダンブルドアはわかっていたのだ。ダンブルドアをじっと見るハリーは4学年のダンスパーティーの玄関で話すダンブルドアとスネイプを見て……呪いを受けたダンブルドアを見る。ダンブルドアの寿命はもう一年無かった。だから、やっぱり……。
ハリーはハリエットがどうして……いや、自分がどうしてスネイプを許し、そして思うようになったのか。それが分かった気がして二人のやり取りをじっと見つめ続けた。
やがて……ハリーが死ぬべき時に死ぬようにと、そういわれたスネイプは憤り、ハリーに対して情があるわけではないと守護霊を呼び出した。
「あれ……?」
出てきたのは雌鹿だが、それを見たハリーはおかしいと目をしばたたかせた。6学年のやり取りだから記憶がないせいか。あの森で見たハリエットではない。ダンブルドアとのやり取りは彼が肖像画になっても続き……剣を持っていくというところで世界は白く染まっていった。
自分の中にあるヴォルデモートのかけらを殺すために、彼によって死ななければならない。その事実に衝撃はあれど、不思議な気がして……白いままの空間に何があったのだろうと考えて靴音に振り向いた。
「やぁハリー。とうとう君に秘密を話す時が来たようだ」
闇払いの制服に身を包んだ青年が……今の自分よりも少し歳を取った風に見える自分が記憶の中に入り込んだハリーをじっと見つめていた。
「記憶の改竄というか、追加がうまく出てきていればいいんだけど……。あぁそっか、うまくできていないときの説明が必要か。僕はハリー=ポッター。未来の君だ。闇払いになって……2年だったかな。20歳になって……よりによってハロウィンの数日後に、僕は一度に磔の呪いを複数受けて……死んでしまった。沢山の死が……僕を生かしてくれたのに、僕はそれを不意にしてしまった」
優しい顔のハリーをみて、ハリーは知ってる、と頷く。どこか憂いを含んだ目を持つ自分は……本当にたくさんの後悔をしたのだと、ハリーは自分を見つめ返す。
「気が付いたときには僕はこの世界に……生まれ変わっていた。後は君も知っての通り。僕はもうみんなを失いたくなかった。特に、シリウスと……スネイプを失いたくなかったんだ」
かつん、と靴音をたてるハリーはやはりどこかさみし気で、今の姿であるハリエットの姿がハリーの中で重なる。闇払いになった自分の周りに……大人たちはいなかった。
「君もみたよね。僕のせいでスネイプの人生を狂わせてしまった。僕がいたから……母さんは死んでしまった。スネイプはすべてをなげうったのに、彼は反発し、疑って……憎んだ。最後の最後に彼は……僕の目を見て、こういったんだ……僕を見てって」
彼の望みはただそれだけだったんだ、と俯く自分は今にも泣いているのでは、と思うほど、声が濡れていて……ハリーはその手を握ってあげられないことに胸を痛める。
「彼の肖像画をと思ったけれども、彼はこの日が来ることを想定していたのか、どこにも彼の写真は残されていなかった。新聞の写真だって……原本が消えてしまっていた。返したいのに返せない恩を抱えているうちに、僕の中でとても大きな存在になってしまったんだ」
僕の謝罪も、お礼も、何もかもを彼に渡すすべがなかった。だから生まれ変わったことは本当にうれしかったんだ、とハリーは笑う。憧れはやがて恋へと姿を変え、ハリエットの中でその想いが育っていった。
「わかっているよ。ちゃんとわかっているさ。先生が愛しているのは母さん……リリーだけだって。彼の中の一番星は……母さんだってことはわかっている。それでも、ほんのちょっとでもいい、ほんの少しでもいいから……僕を見てほしかったんだ。君と違って……僕は父さんそっくりに生まれ変わったからこそ、半ばあきらめていたのにヘンリーの姿で近づいた僕を、先生は勘違いから……母さんの身代わりとして愛してくれた。夢から覚めて、目の前にいるのが母さんじゃないってことを知られれば嫌われることなんてわかっていたのに、僕は都合よくその幻影にすがる先生を利用した」
本当にバカだってわかっているさ、と続ける自分にもうこらえきれなくて、ハリーは乱暴に涙をぬぐった。君は本当にバカだ。僕だってわかるのに、どうして君は気が付かないんだ。そう思ってぐいっと目元を拭う。
「夢がはじけた後、僕の存在がノイズになってはいけないと、そう思ってダンブルドアに記憶を消してもらって……先生の心をひっかきまわした僕をなかったことにしてもらったんだ」
本当に自分勝手で傲慢で。スネイプが僕らを嫌うのも当然だよね、とハリーは笑う。あぁ本当に鈍感で、傲慢で、自分勝手で。本当に嫌になる、とあちこち怪我をしているハリーは思わずうずくまった。
「ちゃんと7人のポッターを実行できていればいいけど……。どうかな。あぁ、そうだ。うまくいっていれば……先生は無傷だろうから……あー……記憶を瓶に入れておいてとか言ってあればいいけど、来年の私はどう動いているだろう。ハーマイオニー達には迂闊だって言われているけど、ちゃんと不測の事態に備えていろいろ対策をしていればいいけど……」
時間がないから今記憶を作ったけどどうなんだろう、と首をかしげるハリーにこれが6学年の時に作られたものであることを知り、ハリーはわかったよと頷くしかない。死ぬべき時に死ぬように。そう言われていたが、どうやら自分は……20歳までは生きられるのだと、闇払いの自分を見つめた。
「そろそろ終わりにした方がいいか。ハリー、幸せになって。私のことは元々イレギュラーだから忘れていい。ジニーを……大切にね。先生は……私のことは忘れているからきっと大丈夫だけど……先生優しいからね。自分の代わりに誰か死んだことで落ち込んでいたら……新しい幸せを見つけてくださいってそう背中を押してほしいかな」
長々話したところでしかたない、と手をパンと叩くと徐々にその姿が消えていく。
「そうだな……何か最後に……。あ、そうだ。僕がハリーであることの証明が必要だったかも。えーっと……」
あーうっかり忘れていたけど、いまさら記憶を作り直すの面倒だからなーと呻くハリーは何か思いついたのか、とびきりいい悪戯が思いついたかのようにニヤッと笑う。
「ありがとよ、アミーゴ!」
手を振るハリーに馬鹿じゃないか、とハリーは笑うしかない。初めての蛇語。あの動物園のことを詳しく知っているのは自分だけだというが酷く懐かしい。校長室で目が覚め、頬を伝う涙をぬぐう。
君は本当にどうしようもない馬鹿だ、と起き上がったハリーは記憶を瓶に戻してしっかりとふたをする。スネイプが勘違いでハリエットを愛していたと、本気で思っていたのだろうか。ただ優しいからと力を分け与え、一生懸命生かそうとしたと、思っているのか。
彼の世界のジニーやハーマイオニー、それにロンの苦労が見えてハリーはもう一度目元を拭った。もうあと30分しかない。かつての自分がそうであったように、本気で死を迎えるための覚悟を持っていくように。ハリーは透明マントを羽織って城を出ていく。
けが人はいないか、と探るネビルに気が付いて……きっと自分ならこうしていた、と念のためにとナギニの討伐をお願いする。突然現れたハリーに驚くネビルだが、まさか投降するきじゃ、と心配し……ハリーの悪戯を思いついたような目に何か思いついたんだね、と微笑む。
もうすべてを終わらせる時間だ、とハリーは森へと向かった。
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