--------------------------------------------
28:届かない言葉
ぱたりと扉を閉めたスネイプは厳重にカギをかけて……何食わぬ顔で大広間へと出向き、朝食をとる。もともと食は太い方ではなく、最近ではかつてハリエットに苦言を言ったのはどこの誰だ、というほどしか食べることはできていない。念入りに記憶を整理した靄を写し、瓶へとおさめて懐にしまう。
あとやるべきことは……そう考えるも特にもう残されていないことに気が付き、月が上った空を見る。部屋に戻ればすでにハリエットの姿はなく、たたまれたガウンだけが残されている。そうだ、と心残りを残してはならないが一つあったことを思い出し、鍵を開けて壊れた時計を取り出した。
壊れてしまったが、わかるだろうと念のためもう一度レパロを唱えるがやはり直らない。どこかから彼女が残したメッセージが見えないか、くまなく確認し……何か文字のようなものがあることに気が付いた。
「パスワード?How……Lily。ほとんどわからないが……何か合言葉は必要というわけか」
こうまでしてメッセージを隠したいのか、と半ばあきれるスネイプはしかたあるまい、と時計を机に置いた。自分だって照れ恥ずかしくて……彼女と違って絶対に見えないところに言葉を刻んだのだ。言いっこなしだ。
そろそろ時間だ、と部屋を出て叫び屋敷へと向かう。今どこにいるかは知らないが、ここに向かってきているという話を聞いた。だから……もしかするとこの一連の裏切り行為に気が付いたのかもしれない。
死ぬ運命だとしても黙って死ぬ姿は思い浮かばず、足跡を消しながら入り……上の階で物音を聞いて壊れた階段をゆっくりと上がっていった。黒い影を見て、とっさに杖を構えるスネイプだが、まるでそれに反応するかのように見えない何かががっしりとスネイプを捕縛する。
「闇払いで覚えた……トラップ式の捕縛術です」
自分と同じ低い声にスネイプは目を見開き……振り向いた自分を見上げた。ここだとまずいから、とスネイプは到底自分とは思えない口調で言葉を発し、杖を振って捕縛したスネイプを持ち上げ……クローゼットへと入れる。これとこれは借りますね、と自分が着ていた上着を脱ぎ、体を覆い隠す上着と黒い杖を手にとり、喋ることも封じられたスネイプを見下ろす。ナギニをだますためにも、先生の上着が必要だから、と羽織ればそこにいるのは先ほど階段を上がってきた男だ。
「セブルス=スネイプは2日の未明……この下で死にます」
今日じゃないんですよ、と口角を上げるスネイプは顔が陰になっていて見えない。手足を縛られ、口も封じられたスネイプはやめろ、とつぶやいたはずだった。
「このクローゼットは……証人を守ったりするために施す魔法と同じものをかけてあります。扉を閉ざせば外には音はもれず、このクローゼット自体も……認識から除外されます。呪文を覚える筋がいいって、先輩に褒められたんですよ。まさか……闇払いで覚えた魔法が役に立つなんて……。わからないものですね」
でも覚えていてよかった。どこまでも穏やかな声にスネイプはそれだけはやめてくれ、と汗がにじむほどに体に力を入れるも、闇払いらに掴まったことのないスネイプには未知の魔法で……解呪方法が分からない。
「先生。僕は……本当にあなたに感謝していました。あなたの犠牲が……どれだけ尊い行為だったのか……。でもあなたはずるいから、そのお礼をする前に僕の目の前から消えてしまった。あぁもう時間がない。先生のデスクに……手紙を残させてもらいました。あなたには沢山謝らないといけないことがあるから……それをまとめました」
自分の声のはずなのに、聞こえるのは愛おしい彼女の声に聞こえてスネイプはやめてくれと叫びたいのを抑えつけられる。立ち上がったスネイプがクローゼットの扉を閉め……遠ざかる靴音に頭がおかしくなりそうで、スネイプは待ってくれと滲む汗が目元を通り、流れ落ちる。
物陰に隠れているとアミカスが騒ぐのをマクゴナガルが見つけ……ハリーとルーナの声が聞こえる。袖に隠した杖とは別に、彼の黒い杖を手に持ってその前に行き……予行練習通りにマクゴナガルとフリットウィックの魔法をいなして……窓から飛び出す。すべてが順調で、完璧だ。
かつかつと遠ざかるスネイプは……胸に込み上げる不快感に顔をしかめ、咳を零し……手についた血に、パーシーが手紙を受け取ったことを知った。首元をつめるようにしっかりと襟でしまったその下で、最後の一輪が咲いたことにほっと息を吐き、ポリジュース薬を飲み込む。
聞こえるヴォルデモートの脅しに空を見上げ……死喰い人らが森に集まっていたそこにやってきた。闇払いとしてホグワーツの戦いでの死喰い人らの侵入ルートは、その後の教訓として闇払いとなった後も教材の様にして地図に描いてシミュレーションしてきた。どこから奴らが入ってきたのか。どこに集まっていたのか。
ふと、スネイプはポリジュース薬で失われた機能が戻るはずなのに、やはりうまく動かない左手を見下ろし……杖を当てる。ディフィンド、と無言で唱えて傷をつけるといかにも適当に手当てをした、という風に雑にエピスキーをかけて包帯を巻く。これで、ポリジュースを飲む姿を見られたとしても、痛み止めだと言い訳をすることができる。
やがて時間になり、合流した死喰い人らと共に戦闘に加わる。ルシウスが見つけやすい様、外側で上から狙ってくる騎士団に向けて、魔法を放つように見せかけていると戦闘が激化していく。
騎士団員の叫ぶ声や、戦闘に加わった生徒の声を聞き……ぐっと奥歯をかみしめた。全員を助けることはできない。どうしても犠牲は出る。ふと、よくみると屋敷しもべ妖精らが走り回り、魔法が当たりそうになった生徒を助け、逃がしているのが見えた。
「皆……」
ベベの葬儀の際に言った言葉を、皆が守ってくれていることに胸がいっぱいになる。
「セブルス!あの方が……叫び屋敷でお待ちだ」
鋭く呼ぶ声に一体何だとスネイプは振り向き、髪を振り乱したルシウスからの伝言を受け取って……叫び屋敷へと向かう。
「ドラコは先ほど、8階の部屋に行くと、そういっていた」
「っ!わかった。そこならば……大丈夫だろう」
すれ違いざまにルシウスにドラコの居場所を伝えるスネイプはその場を離れながら……蒼白になった顔で……口角を上げる。
あぁ、時間だ。
呼吸を一定のリズムでする以外に自由はなく、動けないスネイプは階下でうっすらと聞こえる声に耳を傾ける。ルシウスがヴォルデモートに何か懇願し……跳ねのけられている。
その男には懇願は無意味だ、とかつてのことを思い出すスネイプは内心で唇を噛み、ルシウスが去った音を聞いた。
「杖の所有者は……俺様以外にこれに携わったものは消すしかあるまい」
「中々に役に立つ男だったが、くだらぬことを考えぬとも限らん」
ヴォルデモートの言葉にひやりと汗が背中を伝う。
「お呼びでしょうか」
ほどなくして、男の声が……自分の声が聞こえてスネイプはやめてくれと奥歯をかみしめた。詳しい話は聞こえない。それでも……杖の所有者はダンブルドアを殺した自分にあると、そう主張するヴォルデモートに自分は反論し……何とかなだめようとしている。ペンシーブは……このやり取りを記憶し、演技するためのものだったのだと、気が付いて抵抗する気もなくなってうなだれる。彼女はこれを覚えるために延々と自分の死を見ていたのではないか、そう思うと気が狂いそうになる。
「実に残念だ」
その言葉と共に叫ぶ声が聞こえ……あぁまだ演技を続けているのだとそう知って……急に手足が自由になる。震える足で立ち上がり、階段を下りる途中で嘘でしょ!?という女性の悲痛な声を耳にする。
あぁ、そうだ、これは嘘だ。きっと扉を開けると演技うまかった?と笑う彼女がいて、片割れがふざけないでと怒り……心配したんだからとグレンジャーが言って……ついて行けないウィーズリーがぽかんとしているに違いない。そうだ、そうに違いない。
震える手で扉をそっと押し開いた。
|