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24:守護霊
どさりと、着地に失敗したハリエットは大丈夫だった?とシークをのぞき込んだ。どこか不服そうなシークだったが、ポートキーになっていたユリのバレッタを咥え、甘えるようにしてから空へと旅立つ。ユリは……くれたハリーには悪いが、母に返すべきだ。
だから、と立ち上がりアニメ―ガスになってよろよろと歩き出す。何とか歩けるまでにはなったが、久々に歩く足はもうまともに動かない。沈んでいく日に背を向け、ホグワーツの敷地内へと足を進める。
森を歩くとどこからか来たのか、ベインがやってきてじっとハリエットを見下ろす。友好的ではないケンタウルスであるベインを見て……ハリエットはそのわきを通り抜ける。
「世界を乱す流れ星。何をしにここにやってきた」
よろけて樹に寄りかかるハリエットの背に向け、ベインがどうして来たと声をかけた。
“あなた達……ケンタウルスには到底わからないこと”
種族が異なるためにわからないだろうと思いながら、ハリエットは心の中で答え……足を滑らせて転ぶ。もう時間がない。
「その崩れかけた体で何をする」
蹄の音からついてきたことを知るハリエットは彼を助けるただそれだけだと、歩き……ひょいと持ち上げられたことに驚いて振り向いた。
「あの悪しき者らに目につく」
邪魔だと、そういってベインは森を疾走し、城の裏手にハリエットを下した。お礼を言おうと振り向くハリエットだが、もうそこにはケンタウルスはいない。あっという間に近くなったいつものベンチに行けば誰かに壊されたのか、壊れた石のベンチがあって……その下にハリエットは身を隠し、アニメーガスを解いた。
「エクスペクト・パトローナム」
震える手で呪文を唱えるとどこかはっきりしない風のアスクレピオスの蛇が現れ、するすると城の壁を上っていった。壁を横切るのではなく、壁を静かに上り……やがてどこかの塔に消えていく。危険だというのはわかっている。彼を巻き込むこともわかっている。
けれども、彼を助けるためにはそうするしかない。
ダンブルドアの墓を暴き杖を手にしたヴォルデモート。そのことを報告すればダンブルドアはそうかといって……じゃが大丈夫じゃとそういってすぐに切り替えた。何が大丈夫だというのか、と内心腹立たしいスネイプだが、賢人のいう事に従うしかなく、屋敷しもべ妖精らには引き続き満足に食事をとれていない愚かな番犬がいるといって、必要の部屋へ内密に食料の配達を頼み、大きく息を吐く。ハリエットは無事逃げ出した。幸いにも彼女を一度治療した後で……最近の動き的にもそこまでいたぶられてはないだろう。
あれから連絡はないが、これまで協力してくれたポンフリーとスラグホーンに伝えたところ、二人はそろってほっとした様子で……では校長はこれを飲んで休むといいと栄養剤のようなものをもらった。そこではじめて自分の顔が酷いありさまだという事に気が付き、それを飲んで一晩だけではあるがゆっくりと休んだ。
彼女は今どうしているだろうか。このまま終わるまでウィーズリー家の長男の家に……。そう考えていると窓が光り、白い蛇が入ってきた。
はっと気を引き締めるスネイプだが、それは誰かの守護霊のようで、きらきらとした光をこぼしながら端からおぼろげになっている。一体蛇が守護霊だなんで誰の……そう考えて胸元からハンカチを取り出した。一度も汚していないハンカチに刺しこまれた紋様。
「彼女がどこに!」
薬学と医学のシンボル……アスクレピオスの杖に、ヒュギエイアの杯に巻き付いた蛇。薬学……魔法薬学。彼女以外誰がそれを出せるというのか。スネイプの言葉に反応するように蛇は出口へと向かう。どんどんと姿が消えていく蛇を追いかけるスネイプだが、時間も時間だからか、生徒も教員も誰もいない。
足音を消し去り、追いかけて行けば正面の扉を出ていくのが見え……あぁ、きっと彼女はあそこだ、と走り出した。それと同時に蛇はとうとう力尽きたように消える。
誰が壊したか……崩れた石のベンチの下に覗く裸足を見たスネイプは慌てて彼女を引っ張り出し、その腕に抱きかかえた。
「先生……」
呼び出してごめんなさい、と唇が動くのを見て、スネイプは何も言えず、ただその細い体を抱きしめた。泥で汚れたネグリジェをみて、そっと額とお腹に手を当ててわずかに力を渡す。
「ビオラになれるかね?」
耳元で尋ねればハリエットは頷き、その身をビオラへと変えた。かつて罠から助けた時の様に抱きかかえるスネイプは……あの頃と少し大きさの変わったビオラに口角を上げ、足早に自室へと向かった。
寝台におろしてアニメーガスを解除させると、先ほどよりも強く抱きしめ細い首筋に顔を埋める。ハリエットもまた彼女ができる範囲ではあるが、力いっぱい抱きしめ、その黒衣に顔を埋めた。
「ずっとこうしていたかった」
一度だけ抱きしめたが、その時はハリエットに意識はなかった。だから、抱きしめ抱き返されるこの感触を感じたかった、とスネイプはハリエットを抱え直す。だらりと垂れたままの左手も、弱弱しい右腕も……今の二人には問題ではなく、ただひたすらに相手を求めて抱きしめて……口づける。
「よく、よく耐えた」
あの環境下でよく耐えて生きてくれた。一本違えれば殺されている可能性だってあった。抱きしめて口づけて……額を突き合わせたスネイプの言葉と、頭を撫でる感覚にこれまでのことがわっと頭をよぎったハリエットは怖かった、悔しかった、薬の影響とはいえ、体の防衛反応とはいえ感じてしまったことが気持ち悪くて悲しくて、とぎゅっとスネイプにしがみつく。
全部、全部吐き出したまえ、と抱きしめて頭を撫でるスネイプに泣き出したハリエットは全身が震えて仕方がない。大丈夫だ、と抱きしめて耳元に口付けて……宥めるスネイプはしゃくりあげるハリエットを愛おしげに見つめ、何度も口づけた。
しばらくして落ち着くハリエットにそうだと杖を振って彼女の私服を引き出しから引っ張り出した。あの時、ガウンと共にしまった彼女の私服。着替える前にまだ休んでいるといいとそういって新しくできていた傷に薬を塗り、ガウンを着せる。ふと、包帯がまかれたままの左目に手を置き……包帯越しに彼女の宝石の片割れにふれた。膨れた感触がないことにハッと見下ろせばドビーを助けた代償にとハリエットは残された悲しげな右目でスネイプを見つめる。
呪いの跡を見ればもう8つ目の花が咲いていた。
「先生……。私は……もうこれ以上運命を変えることはできません」
ぼろぼろの姿で横たわるハリエットの言葉にスネイプは疑うように見つめ返す。片目だけになったハリエットは左腕も満足に動かせず、足の傷からして歩くこともままならない。
「どうやら……そのようだ。だが、手紙では何とでもできるだろう」
だからその言葉は信じないというスネイプにハリエットは微笑み……。
「手紙でもどうにもならない死があります。万全の状態なら私がそれに対応すべきだったけれども……。いや、私にしか対応できない死が。だけれども、それをするには力も何もかもが足りなくなってしまいました」
スネイプをじっと見つめ返すハリエットはどうにもならないのだと続ける。
「5月1日……夜10時にハリーを助けるため、貴方は闇の帝王の手で死にます」
静かな声に、一瞬時が止まったかのような静寂が訪れる。眼を見開くスネイプだが、ハリエットに異常は何も起きない。
「死を受け入れて回避するつもりのない人への通知は……意味がありません。だから……呪いは受けません」
ほら、と笑うハリエットの眼から涙がこぼれ、スネイプはすまないとそう呟いて抱きしめる。シリウスの死を……あの時リーマスが聞いてしまったがために呪いが発現した。だが、今ここにいるのはスネイプ本人だ。そして彼は……ハリー=ポッターを最後まで生かし、そして適切な場所で死ぬようにするために……その命を差し出すこともいとわない。
「ずっと、ずっと前から知っていて。何度も何度もそれを助けるための穴がないか、記憶を探りました。ようやく見つけたそれなのに……私の体はそれまでに間に合わない」
間に合わないんです、と繰り返すハリエットにスネイプはペンシーブを使っていたわけを知り、もういいと首を振る。自分の為に頑張っていた彼女を見て……勝手にハリー=ポッターの影を見て嫌悪した。
すまない、と繰り返すスネイプにハリエットは抱きしめられながらそっと微笑む。最後まで嘘つきでごめんなさい、と声を出さずにスネイプの死角で呟いた。
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