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22:ニーケ

「ハリー。きっと君も感じていると思うけど、この旅の終わりが見えてきた。私は本当はハリーの旅に同行しようかと思っていたんだ。ほら、ドビーを助けるためには……あそこに行かなきゃいけなかったから」
 静かな口調のハリエットにハリーは頷き、そっとハリエットの手を握る。もう4月。これまでの事件やらなにやらがいつも5月か6月で終わっていた分、ハリーも何となくそんな気配を感じていた。

「ハリー、きっと私のことについて何か気が付いていることもある思う。まだ、まだすべてを教えることはできない。けれども、約束通りちゃんとすべてを教えてあげる。君は……やるべきことを信じて」
 ハリエットの言葉にハリーは無言でうなずき、約束だよ、という。あぁもちろん、と手握り返すハリエットは小さく微笑み、窓の外を見る。

「君は、どこかに行くんだね」
「うん。もう行かないと。ハリー、大丈夫。それと……剣に何かあっても思い出して。剣がどうやってどこからきたのかを」
 まだ体は治ってはいない。それでも、なんとなくハリーはハリエットが行くことを感じていて……仕方ないよね、と小さくため息を吐いた。自分だって……準備ができたらきっと行く。

「ハリー。僕は本当にたくさんの犠牲を見てきた」
 だから止めないで。そう言葉の中に聞こえた気がして、ハリーはうつむく。本当は引き留めたい。行かないでと言いたい。でも、目の前のぼろぼろの片割れがそれでもと突き進もうとする姿に止めることができない。

「全部終わったら、一緒にどこか旅行に行こうよ。あと、ペチュニア伯母さんが渡したいものがあるって」
「旅行かー。そうだね。あちこちに行くのも楽しいかもしれないね。あぁ、前にハリーに叩かれ叩いたあの時にも言われたなぁ……。なんか怖いな」
 ハリーの提案にハリエットは楽しそうだね、と同意し……ペチュニアの言葉に首をかしげる。僕はそろそろ作戦を練りに行くよ、と立ち上がったハリーをハリエットは静かに見送り、ハリエットは少し休もうと目を閉じた。


 夕方になり、オリバンダーを連れていくビルとみんなの別れが聞こえ……ゆっくりと立ち上がる。フラーに借りたのは可愛らしいネグリジェだけだが、今は他に服はない。今はとにかく……彼に会いたかった。
 杖を手にするとどこか不安定だった体がシャンとなった気がして、ハリエットは息を吐く。そこにビルを見送ったフラーがやってきて、立ち上がったハリエットに慌てて横になるように促す。

「ありがとうフラー。でももう行かないと」
「ダメでーす。あなーたはまだ休まないといけません」
 ふらつくハリエットを抑えようとするフラーだが、その強い意志を持った目を見て、声をおとして何とか引き留めようとする。だが、ハリエットの眼を見て……小さく首を振る。

「彼のところにいかなきゃ。彼を一人にはできない」
 フラーがビルを追ったように、ハリエットもまた彼以外見えていない。その様子がありありと理解できて……フラーはハリエットの腕を掴もうとしていたのをやめる。
 
 ハリエットの恋人については義母であるモリーが漏らしていたことから誰かは知っている。だが、人となりはあの時見た程度で、聞いてきてはいない。校長になった時に誰もが渋い顔をして死喰い人が、と言っていたから役割も知っている。それでも、かかわったことのない人の評価はしてこなかった。ヴィーラーの血筋というだけで偏見をもたれたこともあったフラーにとってはそれは自然なことだ。
 ハリエットに初めて会い、看病するあいだに触れただけだが、その彼女が彼を信じているという姿に、ノイズを聞かなくてよかった、と微笑む。彼女にとっての一等星はきっと彼なのだろう。

「あなーたのここにある黒い痕。フランスでは5月1日にミュゲを愛する人に贈りまーす。贈られた人はボヌール……幸運が訪れーるといいます」
 ハリエットのスズランを示すフラーはフランスでは幸運の贈り物だという。知らなかった、とハリエットは指先でそれに触れ……だからスズランだったのかな、と嬉しくて笑う。

「ボン・クラージュ」
 フラーはハリエットの手を取り、指をクロスの形にするとその指先に口付け、そっと髪を撫でつける。そこに袋を手にしたシークがやってきて、ハリエットはシークを抱きかかえて袋を逆さにした。

「メルシー……ミルフォス」
 バイバイと手を振るハリエットがユリのバレッタを手に取るとポートキーが発動して部屋から消える。
「発音が正しくないでーす。本当にありーがとうはメルシーミルフォワ。違いまーす」
 一人部屋に取り残されたフラーは顔を覆い、声を押し殺して涙を流す。オリバンダーを送ってきたビルがどうしたのかと扉を開き……そっと抱きしめる。


「彼女はニーケ。アテナの化身であり、勝者を導くヴァルキュリー。ただ、彼女は愛した人しか見えていない。彼女の翼をもぐことは決してできず、アテナも彼女を止めることはできない。アテナの、ミネルヴァのもとから飛び立った彼女は……蝋の翼で飛び立ち、愛した人の所に。私は、彼女の覚悟も、愛の強さも痛いほどわかる。だから、私には彼女と止めるなどできなかった。彼女はもう飛び立ってしまった」

 止めることはできなかった、とフランス語でいうフラーをビルはそうか、と抱きしめ続ける。その後、リーマスが持ってきた知らせを受けて皆で祝う。ビルとフラーは今はとハリエットのいた部屋の扉を静かに閉じた。







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