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18:ペンダント

 会うごとに弱っていくハリエットをみるスネイプはいつ解放されるのだろうか、と安心したように眠る少女の頭を撫でる。髪はバラバラに切られたせいで長さがちぐはぐだが、少し伸びた。ヴォルデモートは最近出かけることが多く、ベラトリックスも見ない。
 それだというのにハリエットの怪我は多く……嬲られたような跡も見られるようになって、スネイプは沸き上がる怒りに思わず奥歯をかみしめる。それでも、ヴォルデモートやベラトリックスらに気まぐれとばかりに攻撃されていないおかげか、手足の怪我も少しずつ治ってきた。

 ホグワーツも抵抗する生徒らのおかげで……あまり長い間外出できない。今はスラグホーンが代わりにと警戒してくれるのがカロー兄弟もそうバカでは……ないはずだ。いささか、彼らの言動などから疑わしいことではあるがバカではないはずだ。はずだと思いたい。
 そこに、フィニアス・ナイジェラスの肖像画がハリー達の現在地が分かったと言ってきて……ダンブルドアは剣を渡す時だという。ハリエットが捕まって半年が過ぎた。まだよくわからない旅をしているのかと息を吐き……ダンブルドアの指示を聞く。

 肝心なのは自分が協力者であるという事を知られぬこと……。それを聞いて、ハリエットを通じてそれは無理だろうと考える。

「ダンブルドア、一つ……おそらくはハリエットの知る未来とは異なることとして。ハリエットが迂闊にも私をずっと昔から信頼していたことから、あの3人は“ハリエットが信頼していた私は信頼できるに値する”と、逆算している可能性がある。これまでもハリエットと関係を持ったのが私であるという事を奴が知ることはなかったことから……心が覗かれる心配は不要でしょう」
 それでなくとも、ハリエットは自分がどうにか見ているとそうサインを送ったのだ。咎があればとっくにあることだから……その心配は杞憂だろう。

「そうじゃったな。じゃが、くれぐれも注意を怠らぬことじゃ」
 ハリエットとスネイプ。その二人の絆を可視化したように目を細めるダンブルドアは頷き、さぁ行くのじゃ、という。剣をそのダンブルドアの肖像画の後ろから手にしたスネイプはハリー達がいるというディーンの森へと向かった。


 氷で覆われた、小さな湖。必要性と勇気。その双方が必要であるという。ならば……必要性は彼らがきっとわかるだろう。そうダンブルドアはほのめかしていたのだから。では勇気は……。試練のもと手に入れると解釈するのであれば。
 どのような逃亡生活を送っていたか定かではない。それでも、彼女と違って最低限の人間の生活ができているのであれば。
 ハリエットがいない世界ではどんな試練を与えていたか。考えるんだ、とじっと氷を見下ろす。

 この寒さの中、飛び込むのは馬鹿か無謀な奴か……あるいはそこに見える宝を手にしようとする蛮勇か勇気か。この必要性を明かさないダンブルドアと、忌々しい様相をしたポッター。9月から始まった、針の筵に平然と座らなければならない状況に……きっと彼女の世界の自分はこうしていただろう。そう考えて氷の上に剣を置き、杖をふるう。
 氷が剣の形に溶けるように沈み込み、やがて重力に従うように剣はゆっくりと水底に落ちていく。氷は音を立てて元に戻っていき、取り出すには潜らねばならなくなった。

「エクスペクト・パトローナム」
 彼への道案内にと呼び出した守護霊はリリーの雌鹿ではなく、ビオラだった。ほんの些細な違いで……きっと分からぬ者にはわからないだろう。だがスネイプには違うと言い切れる確信があった。ビオラは、まるで本人がそうしているかのように2度鼻先をスネイプにつけて舌を出すしぐさを見せた後かけるように森の奥へと消えていく。

 リリーとのことを知らないのであればきっとハリエットと勘違いするだろう。そして、誰の守護霊なのかなんて、すぐにわかってしまう。だが、それで構わない。仮にこれがリリーの雌鹿であっても、少し考えればわかってしまったかもしれないのだから、目をつぶることにした。
 やがてゆっくり戻ってきた銀色のビオラを追ってハリーが姿を見せ……声に出さずに何か悪態をつくような様子を見て、はっとする。ハリエットの杖をなぜ手にしている、と。確かに、シークがもっているのを黙認したが、とスネイプはじっと見つめ……ハリーが杖を失ったかあるいは何らかの事情でしまっているだろうことを思いつき、ハリエットの世界ではと考えて……水に飛び込んだのを見て杖を呼び出す。

 すっとやってきたハリエットの杖はミサンガがまいてあり、彼女が治っていない右手で掴むためにまいたのか、とそれを握りこんだ。ふいにブレスレットが少し熱を帯びた気がして、杖を持ったままの右腕を見る。ハリエットの持ち物である二つは……きっとハリエットの魔力が少し移っていたブレスレットに反応したのだろう。
 どこか暖かな気分になり、そっと杖を撫でる。おそらくはクルミか。硬く勢いのある呪文を唱えられるという強い木だ。ハリエットのまっすぐなところになぜか似ている気がして、杖を軽く振ると小さな風が吹き……スネイプはそれを懐にしまい込んだ。
 じっと見ていれば走って飛び込んだウィーズリー家の……ロンがハリーを助け、そしてすぐに再び飛び込んで剣を掴む。
 もう大丈夫だ、と姿を消して校長室へと戻ってきた。校長室に入るとすぐにフクロウが飛び込んできて……じっとスネイプを見上げる。

「シーク、彼女が脱出できた際にはこれをハリエットに。きっと、彼女の不安定な状態を支えてくれるはずだ」
 かつて不死鳥が止まっていた止まり木に止まったシークはスネイプの差し出した杖をみて、嬉しそうに鳴き、足でしっかりとつかむ。いい子だ、と撫でると同時に左腕に痛みが走り、呼び出される。まさかまたハリエットに……。こんな短期間で何があったか。
 前回の残りを手に取り、急いで向かう。まさか、剣のことが?そう不安がよぎるも急がねばとマルフォイ邸へと向かった。


 ついてすぐ、出迎えたのはナルシッサで、他の死喰い人らはいない。眉を顰めるとヴォルデモートが出てきて、これから出かけることと、ベラの様子を見てこいという。

「ベラは先ほど、俺様の役に立つべく一仕事を終えたところだ。男児でなかったことはこの際仕方あるまい。次の機会にでも期待すればよい」
 これから海外へと出かけるらしいヴォルデモートの言葉に傅くスネイプははて?と内心首を傾げた。そのまま見送り、ナルシッサに促されるままに進めば奥の……おそらくはこちらがナルシッサの部屋だろう、部屋に通される。


 ハリエットには伝えていないが、転生者についての資料を改めて読み、気が付いたこと。それは過去の彼らは消える際、血も、髪も、魔法薬などで媒体として使えるようなものは一切残さず消えたという。記憶やにおいなど、そういった類のものは残されていたため、記録をまとめたトレローニー女史はそれらから転生者らの記憶を読み取り、そして資料にまとめたのだ。
 そしてそれが意味するのは……血を分けた子はできるはずがないという事。男であっても、その半分は子に受け渡されると、そういわれている。ならば、消えてしまう可能性のある彼らが消えた後子はどうなる。

 最初から、子はできないというのは当然な気がして……。ハリエットの言葉が胸を締め付ける。あの子はすべてを知っているわけではない。だからきっとあの時は……。
“「飲むのやめても影響が残って先生の子供出来なくなりませんか?」”
 あの子は、知らない。だから……安心させるためにも彼女に伝えたほうがいいとは思うがどうしても言えない。彼女が望んだ未来図に子ができるはずがないなど……言えない。
  
「様子をと。おそらくは不調などがあれば魔法薬を精製せよと、一大仕事を終えたことへの労いであろう。何か不調はあるかね?」
 ナルシッサがベラトリックスを介抱しているのをみて、スネイプがここに来た理由を言えばお前を信用しろと?と鋭い声が上がる。闇の帝王がそう命じたのだ、といえば忌々し気にスネイプを見て、産後の不調だからその回復薬で十分とナルシッサが答えた。ドラコを産んだ経験があるナルシッサだからこその答えにベラトリックスが妹を睨むが、ナルシッサはそこに材料はあるからと部屋の傍らに設けられた魔法薬を精製するための鍋を示す。ここで生成しろという事か、と納得し用意されたレシピと材料を確認する。

 赤子の声とそれの面倒を見るナルシッサ。ベラトリックスは不調からくるものか、あるいは赤子そのものに母性も何も芽生えなかったか。興味がなさそうにしている姿は対象的だ。

「シシー、わかっているとは思うけど、この子のことは」
「わかっているわ。この子の安全のためにも、秘密は必ず。セブルス、貴方もこのことは」
 闇の帝王の血をひくものが生まれた。そのことについては隠すというベラトリックスにナルシッサも同意し、巻き込まれる形のスネイプにもそれを求める。ヴォルデモートとベラトリックスの子供。男児ではないというからには女児なのだろう。ちらりと見えた白銀の髪は叔母の髪と似た系統の色だ。

 生成された魔法薬をゴブレットに入れて手渡せば、警戒する風ではあるがヴォルデモート直々の依頼を受けたスネイプが毒を盛るはずがないと、忌々し気にゴブレットを傾けた。ハリエットと同じ女性というカテゴリーになるのが不満ではあるが、一応は女であるベラトリックスが寝台にいることから目をそらし、ベビーベットにいる赤子を見る。
 
 シルバーブロンドの髪を持つ赤子は幸いにも鼻はあって、鱗のような肌もない。一応は人か、と目を離そうとして、きらりとした光に振り向いた。
 赤子をくるむ布に乗せられるような形で、グリーンダイアモンドの……ハリエットの宝ものが首にかけられている。肌身離さず持っていたはずのあのペンダントは確か……命からがら逃げてきたあの時にはすでになかった。
 捕まった時に奪われたのか、とスネイプははっとして……思わずペンダントを凝視すると、ベラトリックは幾分調子が良くなったのか、崇高なるスリザリンの継承者であり、その血筋にふさわしい輝きだろうと笑った。

「赤子にペンダントはいささか危険ではないかね?」
「いいや、これから預ける先を考えればあったほうがいいだろうさ。いかにこのデルフィーニが大切な尊い者であるかを示すために」

 赤子の首にというスネイプにベラトリックスは特に気にしていないようで、大丈夫だという。ナルシッサも赤子の首にと気にしている風であったが、ベラトリックスには通じていないらしい。女性の寝室にこれ以上いるわけには行かないとスネイプは部屋を出る。ハリエットの大切なペンダント。まさかあんなところにあったとは、と玄関に向かい……ちらりとパントリーに視線を送る。ルーナ=ラブグッドが捕らえられてからハリエットはあの小部屋に移された。あのボンドという屋敷しもべ妖精が気にかけてくれてはいるが、それでも……。

 マルフォイ邸を出たスネイプはホグワーツに戻り……ハグリッドのパーティの話を聞いてうんざりするように天を仰ぐ。少しは頭を使ったらどうか、と唸るスネイプはすぐに死喰い人の校長としての顔に切り替えて指示を飛ばした。







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