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17:汚泥の世界

 深い群青色のポリジュース薬を飲み、魔法で服を伸ばす。ローブで体を覆えばだれも中に着ている服が少々女もののデザインでもわからないだろう。

「発案のマンダンガスが臆病風に吹かれて逃げやがった!」
 腹を立てたという風に出て行けば見張りについていた騎士団員がどうしたと振り向く。緊急の呼び出しだ、と言い放つシリウスにあの少女は?と問いかける。

「やはり今日出かけようとしていたが、先ほど眠ってもらった。念のため寝室の扉には鍵と、バリケードを残しておいたからそう簡単には出られないだろう」
 引き続き警戒を、とそう言い残して姿くらましをする。プリベット通りは双方ともに警戒しているため、危険だ。だからトンクスの両親の家とプリベット通りを結ぶ中間あたりの街にやってきた。飛び立つ時間は覚えている。その瞬間にこちらもプリベット通りに向かって飛べば……途中ですれ違えるはずだ。

 やがてポリジュース薬の効果がきて、背が縮んだため服も元に戻す。きっとペナルティはうけるだろう、と迷ったが金のブレスレットをしてニンバス2000にまたがった。ニンバス2000には悪いけれども、箒に必ず施されている速度の安全装置ともいえるものは外させてもらった。長時間最高速度を維持することはできないだろう。

3・2・1……さぁ、時間だ!

 箒の安全装置を外した影響か、ぐらりと少し荒っぽくなっている。それを慰めながら飛んでいけばうんと遠くの方で……魔法の光が見えた。体をぴたりと伏せるとニンバス2000は弾丸のような速度で飛んでいく。同時に、箒の寿命が縮む様な、僅かな震えを感じて終わったら直すから、お願いと握る手に力がこもる。
 向かってきたハグリッドの巨体をみて口角を上げて……手に持った杖を振り上げた。

「インセンディオ!」
 目の前に向かって唱えれば死喰い人の箒に火が付き、慌てた瞬間叩き落す。脇から伸びた手をはじき、向かってきた死喰い人をよけ……フードが外れた。

「予見者の女だ!生け捕りにしろ!!」
 叫ぶような声にひかれるよう、幾人かの死喰い人が方向展開をして追ってくる。彼らはもっといい箒に乗っているのだろう、あっというまに追いつかれるが杖を使うために速度を緩めていたハリエットはまた体を伏せ……リーマスの方角へと向かう。
 ジョージの耳を、先生が攻撃して落とさないように……。急上昇すれば死喰い人はそれを追ってきて、くるりとターンを決めてその死喰い人らに向かっていくように急降下をする。上昇することに集中していたらしい死喰い人はそれで対応できずぶつかって落ちていき……掴まれた腕に向かって失神呪文を唱える。
 
 案の定固まったところに飛び込んだせいで統制が取れず、敵味方関係なくなった死喰い人の塊から抜け出し、スネイプを見れば何かあったのか、軽く腕を抑えていた。もしかしたら今のもみくちゃの流れ球が当たったのかもしれない。それに、ジョージがファイアーボルトに乗ったのか、もうすっかり姿が見えなくなったことでハリエットは一番明るく見える……ムーディらのもとにむかおうと箒を向けた。

「よくも逃げてくれたな、ハリエット=ポッター!」
 横から聞こえた声に反応が送れ、ベラトリックスの箒の体当たりをまともに食らい、ハリエットは慌てて箒を掴もうとして、腕に走った鋭い痛みに思わず杖を落とす。あ、と目で追うといつからついて来ていたのか、森フクロウが、シークがそれを掴んで飛ぶ。
 なら、いい。そう思ってベラトリックスを無視し、再びニンバス2000の最高速度をわずかに超える速度を出し、ムーディのもとへと向かった。死喰い人が追うも彼らはその箒の最高速度を扱う技量はないらしく、あっという間に引き離し……ヴォルデモートの姿をとらえた。

 手を伸ばしてきた死喰い人の腕を掻い潜り、逆に杖を持った手を握り蹴り飛ばす。少女の力とは言え、空中での物理的な行動にバランスを崩しかけた男の手から杖を奪い……えいやとヴォルデモートに向かって投げつけた。今まさに死の呪文を放とうとしたヴォルデモートの腕に当たり、注意がそれる。体当たりでも構わない、とそのまま突進するハリエットを見て……おもちゃを見つけた子供のような、そんな目でハリエットを見るのが見えた。

 ぶつかったと思ったが直前で逃れたのか姿はない。後ろから来る気配が多くなり、必死に飛ぶもだんだんと腕の力が抜けてきて、上空を飛んでいるというのに汗が止まらない。
 ムーディを助けたペナルティだろうか、ブレスレットがぶるぶると震えてはじけ飛ぶ。ぎゅっと心臓を掴むような痛みが走り、何とか逃れようとがむしゃらに飛び続ける。

 ふと、後ろから来る気配が消えていることに気が付き……がくんと箒が速度を落として震え始めた。もうニンバスが限界だ、と状況を確認しようとして……。

「もう逃げるのは止めるのか?未来のハリー=ポッター」
 耳元で聞こえる声と、抱き込む様な手にハリエットはえ?と振り向き……灼熱の光が、落雷のようなものが体を貫く。燃えて真っ二つになったニンバス2000がハリエットの手から零れ落ち、気絶したハリエットはヴォルデモートに抱え込まれた。


「あの方の手を傷つけ、逃げた罰だ」
 もうろうとする意識の中、ベラトリックスの声と共に体に衝撃が走る。眼が、熱くて痛くて……リナベイトと唱えられたことで体が動くも眼を開けることができない。
 わずかな光も眼に痛くて……そう思ったところで無理やり目を開かれて痛みが脳に直接届く。

「あぁ少し違和感があると考えていたが」
 そんな声と共に耳の先に痛みが走り、なにをされたのかわからないハリエットだったが首もとに風を感じ……髪が短くなったことに気が付いた。ショックで固まるハリエットだったが額に触れた杖の感触に身をこわばらせ……焼きごてを額に押し付ける様な痛みに思わず悲鳴がこぼれ出た。

「幾度となくハリー=ポッターは俺様らの手を逃れてきた。そのたびに苦い思いをしたものも多いだろう。だが今回、代わりに片割れをとらえることができた。首から上へと五体損なわないこと……女の証以外で殴るなりいたぶるなり好きにするがいい」

 痛みに呻いていると投げ出され、腕に鋭い痛みが走る。痛い、と叫ぼうとした口に何かが咥えさせられ、口が固定される。次々襲う痛みはもうどこから発しているかわからない。感覚のなくなったところに何か呪文が唱えられて感覚が少し戻り……再び痛みが体を襲う。やがて、ベラトリックが以前言っていたように、心を折るためにと着替えさせられていた粗末な服が破れ、獣たちの前に無防備な体が差し出され……。

 ヴォルデモートの言いつけ通り女性としてのそこは触れられず、もみくちゃにされてハリエットは痛みと悔しさにただ茫然とするしかできない。やがて時間が来たのか、ぼろぼろにされたハリエットをまるで物のように杖で汚れを落とし、手足の骨を適当につなぎ……ヴォルデモートのもとへと差し出された。


「ずいぶんとそれ相応な姿になったな、ハリー=ポッター」
 修復された服とはいえ、乱れた格好にハリエットは息も絶え絶えに音の方へと顔を向ける。

「お前が未来の奴だということはわかっている。俺様にむざむざと殺されて……戻ってきたか、あるいはのうのうと生き延びたというのに、何を思いあがったのか再び戻ってきたのか」
 ひたひたと、そう聞こえる足音にハリエットは警戒し……踏みつけられた頭が床に押し付けられ、痛みに藻掻く。両手両足はすっかりおかしくなってしまったのか、動けたのは胴体だけで、その様子にヴォルデモートが嗤う。

「痛みを与え、泣き叫ぶ姿を見るのもいいが、せっかく女として俺様の前に現れたのだ。どうせならば俺様を楽しませるがいい」
 痛みは過ぎれば意味をなさないが、恥辱は増すものだ、とそう言い放ちハリエットを浮かせて寝台に投げ出した。

 反応が悪くなると飲まされ、入れられた媚薬にハリエットは何度意識を飛ばしたのかわからない。何時間たったかもしれないし、そんなに断っていないかもしれない。首は何度も絞められ、擦れ切った喉ではか細い息が聞こえるだけで声を出すことさえできない。耳も、責め苦に合っている間に楽し気なヴォルデモートにやられて耳鳴りがうるさかった。


 体が浮き、今度は何だ、と身構えるハリエットは口に当たった瓶を拒む。その結果が男たちに嬲られたところへ直接入れられることとなったがそれでも、と唇を引き締めた。

 とんとん、と鼻先を叩かれ身構えると唇に何かが触れる。とんとん、と鼻先を叩き、唇へ。
 何?と眉を顰めるハリエットだったが、ふいにいつも自分が……ビオラの時にスネイプに送っていた合図を思い出し、どうしてと戸惑う。記憶が戻ってしまったのか。あるいは別のことか。何度も繰り返すそれに泣きたくなって、唇に触れるタイミングでちらりと舌をだした。

 味覚だってもう麻痺してしまってわからない。匂いも……。それでも頬に添えられた手の感触が嬉しくて、思わず擦り寄る。穢れきった体で触れるのは嫌だったが、髪を梳く感触にほっとして、唇に当てられた瓶の中身を飲み干した。
 彼の作るものであれば、きっと毒もまた美味だろうと。

 ふっと顔に風が……スネイプの吐息が当たり、少しして唇を抑えるように指をあてられる。それを3度繰り返すときには意図を理解し、大きく息を吸い込みぎゅっと息を止めた。少し乱暴にも見える治療にすっかり消耗し……目に入れられた何かが酷くしみて……ハリエットは気を失った。

 ヴォルデモート曰く、転生者は条件によっては実体のあるものは消滅するため、子を設けることはないらしい。ただ、嬲るために、娯楽の為に、穢されて貶められる。勝利したかもしれないハリー=ポッターをいたぶるため、屈辱に顔をゆがめる姿を見るため……さんざんもてあそばれるハリエットは一生懸命に閉心術を使って心と体を切り離す。


 ある時、治療を終えたところで眠さにうとうととすると、額と腹に触れた手が暖かな光を送り込んできたことに気が付き、それが慣れ親しんだスネイプの魔力であることがわかり、身を浸す様に力をぬく。
 暖かな羽毛に包まれているかのような、優しい気配と愛おしい気配にハリエットの心は癒されていく。治療とそれがセットになるとハリエットはその瞬間だけ心を戻してスネイプに寄り添う。まるで、ビオラになった自分がスネイプの傍らで寄り添うような、穏やかな時間。

 どれほど経ったか、冷たい床に転がされるハリエットは地下牢ではなく、パントリーにいた。ヴォルデモートは飽きたのか、それとも杖を探すのに忙しいのか。ハリエットは殺さないことと四肢の欠損はしないことを条件に死喰い人らへと与えられていた。

 マグル生まれを捕まえただの、殺しただの……それを報告してから見つからないハリーをいたぶる代わりにハリエットを暴力でいたぶり、そして嬲る。
 いたぶって壊れたらばスネイプが呼ばれて魔法薬で直されるを繰り返すばかりでうんざりするハリエットはある晩、上の階で赤子の泣く声を聞き、何が、と考えていた。遠い記憶、ぼやけた過去の未来でヴォルデモートの子供がいるという噂が流れたことを思い出す。

 そういえばベラトリックスを最近見ない、とやっと見える様になった視界の中を思い返した。ヴォルデモートが食欲や睡眠欲を持たないというのは知っていたが、性欲も疑わしいと思ってはいた。だが、ハリエットは幾度となく穢されてきたため、一応そういうのはあるのかと思っていたが……ベラトリックスに子を産ませるために何かしたのであれば……納得できる。

 赤子はデルフィーニというらしく、ベラトリックがどこかに隠すよう夫であるはずのロドルファスに言っているのが聞こえ……それ以降赤子の声は聴かなくなった。
 

 ばん、と乱暴に扉が開かれ、グレイバックが覆いかぶさってきて……これぐらいならいいだろうとすっかり肉のなくなった腕から爪で肉を削りとり、口へと運ぶ。かみつくのは厳禁だからこそだが、この男が興奮してかみつかないとも限らない。乱暴に押し付けられ、思わず零れた悲鳴に満足げに笑い……。
 ふと、聞こえている女性の悲鳴にハリエットは耳を傾けた。もう嬲られることには慣れてしまい、ハリエットは嫌気がさすもこの体は最後は跡形もなくなるのであればどうでもいい、とずいぶん前に割り切った。だからこそ、悲鳴が気になり……バシン、と鋭い音ともにグレイバックが弾き飛ばされ、体にシーツが巻き付けられる。

「ハリー=ポッター。助けに来ました!」
 聞こえた声にハリエットは時が来たことを知り、ぎゅっとドビーを抱きしめた。きっと、運命が彼を助けるために、そのために殺されずにここに……。
 
 そうだ、あの子も……闇の運命から救わないと。魔法が霞めるのを気にせず、ハーマイオニーを呼ぶロンの声を聞きながら、そろそろだろうとドビーの胸元を覆い隠す様に抱きしめた。






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