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14:守護霊
場所を移動し、ハーマイオニーが昔来たというキャンプ場でハリーは見張りをしていた。ふと、うとうととしていたハリーが目を覚ますと、木々の間から銀色の光が近づいてきていることに気が付き、杖を構える。どこか迷う風に近づく光をじっとみつめていると、それは少し小柄な雌鹿の形をした銀色の光だった。もやのような、鹿はじっとハリーを見つめている。
「ハリエット?」
一度だけみた、ハリエットのアニメーガス姿。それに酷似した鹿はくるりと向きを変え、木々の向こうに歩き出す。
「待って!行かないで!」
慌てて追いかけるハリーは静かに歩いていく光をじっと見つめ……まさか、そんなと周囲を探ろうとし、ぐっとその好奇心を押し殺した。鹿は一定の速度で歩いていき、やがて凍った泉へと案内する。鹿が示す様に底に頭を向け、そして靄が散るように消えてしまった。
周囲を探りたい、だがそれは同時にここに連れてきた男が危険になってしまう。どうせ今どこかで見ているに違いない、と底に見える剣にいら立ちがこみ上げる。
あの性悪陰険意地悪男め、と剣を呼び寄せようとするが特殊な剣だからだろうか、ピクリとも来ない。この寒い中、これを取りに行けというのか、とこめかみがひきつるハリーは水を吸ったら重くなりそうな上着を脱ぎ、杖を置いて大きく息を吐き、吸って飛び込む。
もしかしたら杖は彼が回収するか?と思いながら潜っていけば首に下げたままだったペンダントが危険な剣を察したのか、ハリーの首に巻きつき首を絞めようとする。何とか剣を掴むも息が続かず……あのいかれ陰険くそ野郎、と悪態を内心で吐くハリーを誰かが抱えて岸辺に戻った。
「君はバカかハリー!ペンダントをしたまま飛び込むなんて!」
懐かしく感じる声がもうろうとするハリーに届き、あぁ帰ってきてくれたと心の奥が温かくなる。あぁもう、と飛び込む音とゲホゲホとしながら何かを地面に置く音が聞こえ、ハリーは体を起こした。
「本当に君は放っておくと危険なことばかりだ」
脱いでいた服を着るハリーに怒ったロンが服を絞る。何よりも親友が戻ってきてくれたことが嬉しくて、ハリーは呆然としながら杖を持とうとして……やっぱり回収したか、となんだかおかしくなって笑う。
罰が悪そうなロンは笑い出したハリーにどうしたんだよ、と目を白黒させ……君の守護霊を見て追いかけてきたんだという。
「違う、僕のは立派な角のついた牡鹿だ。あれは雌鹿だよ」
「あぁ、そっか、何か変だと思ったら……雌鹿!?え、それって確かハリエットの……」
違うというハリーにロンはあぁだから違和感が、と言いかけてはっとして周囲を見る。先ほどまでどこかうかがうような気配があったそれはもうない。
「そう!ハリエットのことだ」
ハリエットを意味する雌鹿の守護霊なんて、たった一人しかない。
「僕がハリエットの杖を持っていたから、潜っている間にあいつ勝手に回収していった!」
本当に最低だ、と笑うハリーにロンまでおかしくなって笑う。この寒い季節にあんな水の中に剣を入れるなんて、どんだけ嫌がらせをしたいんだ、と笑いあい……こいつは本物かなと言って剣を見つめる。
「忌々しいこいつで試してみよう。開け方は、わかった」
僕が開けるからロンがやって欲しい、とロケットを握り、ロンに剣を持たせた。戸惑うロンだが、君がやるんだ、とハリーはロンを見る。
パーセルタングを使い開けるとまがまがしい気配が漂い、ロンは剣を構えたまま動かない。早く壊して!と必死に声をかけるハリーだが、ロンは動かずロケットから現れた偽のハーマイオニーと偽のハリーを凝視し……そこに偽のヘンリーが現れてハーマイオニーと仲良くロンを嘲笑う言葉を紡ぐ。早くロン!と声をかけ……ハーマイオニーとヘンリーがキスしたところでロンはハリーを見、そして剣を振り下ろした。
「今のは見なかったことにした方がいい?」
肩で大きく息を吐きながら壊れたロケットから離れ、剣を落とすロンに思わずハリーが声をかけ……できるなら記憶から消して、と消え入りそうな声が答える。ロケットが見せたのはロンの不安と劣等感、そして今まで抱いた心配だ。
「ロン、君がヘンリーを嫌っていたのって……」
「だってさ、だって……勉強もできて、箒もうまくて、魔法も強くて!!ハーマイオニーと秘密の文通なんかして!!」
不安だったんだ、というロンにハリーは大きなため息をつき、ポンポンと頭を叩くように撫でる。正体わかっていてももうほんと許して、と顔を覆うロンの耳が赤いことにハリーは笑うしかない。ハリエット本人に言ったら絶対大笑いするだろう。少なくとも自分なら笑う。
戻ってから詳しく話は聞くよ、そういってテントに戻り……目を覚ましたハーマイオニーがロンを攻撃しようとして、慌ててハリーがハーマイオニーの杖を取り上げて逃げる。
ひとしきりハーマイオニーの怒りがある程度落ち着き……、まともに話せるようになるとロンはこれまでの経緯を話しだした。
ヴォルデモートの名前が禁句になっており、呼べばすぐに場所を突き留められることから今まで追い詰められた理由を知り、ハリーとハーマイオニーは納得する。
「本当はすぐに戻ろうと思ったんだ。でもテントの場所が分からなくなってしまって……」
あの時の僕は本当にどうかしていた、というロンにハーマイオニーはまったくね!と鼻息を荒くする。どうしてだろう、と考えたハリーはそうか、とロンを見た。
「ロン、君は呪いとか誘惑とかめっぽう弱いの忘れていた!ロケットのせいで呪われていたんだ君」
「えぇそうね。ヴィーラーの誘惑にも弱いし、人のうわさをすぐ信じるし、ハリーが飲ませなかったフェリックス・フェリシスもさも飲んだかのようになったし。もう二度となびかないよう、徹底的に鍛えてあげるわ」
そうだそうだというハリーに眉を吊り上げるハーマイオニーが追撃をする。うぐっ、と思わず息が詰まるロンはお手柔らかにお願いします、と両手を上げた。
「ロンの経緯はわかったけど……剣については何があったのかしら」
どうしようもないとため息を吐くハーマイオニーは二人が再開したときの話を促す。そこで守護霊の話を持ち出したハリーにハーマイオニーはあんぐりと口を開け……本当に陰湿ね、と思わず笑う。
「これで確定したわ。彼はダンブルドアの忠実な右腕というわけね。ただ、まだ意図とかはわからないけれども」
ハリエットが惚れちゃうわけね、というハーマイオニーにハリーとロンは顔をしかめる。あんな冷たいところに入れて取って来いというやつのどこに惚れるポイントがあるんだ、と。
ロンが人さらいに遭遇し、一度捕まって……逃げ出す際に杖を余分に奪ってきたとそういって杖を差し出した。
「あら、ハリエットの杖はどうしたのよハリー」
「陰険蝙蝠が水の中に入って四苦八苦している間に、さも彼女の所持品は自分が管理すべきとばかりに取っていった」
まったく、と怒っているハリーにハーマイオニーが問いかけ……やはり笑う。なぜダンブルドアを殺したのか、裏切ったのか、いまだにわからなくて不信も抱いているが少なくともハリエットが全幅の信頼を寄せている相手なだけに警戒するのもばからしくなる。
ダンブルドアがハーマイオニーに遺した本から、一度この印についてルーナの父に聞きに行こうと話がまとまる。ハリエットのことはまだスネイプがどうにかしてくれるだろう、と自分らができることに集中することにして。
「それにしても、守護霊があのハリエットのアニメーガス姿だなんて、正体バレバレじゃない」
テントを片付けるさなか、ハーマイオニーがため息をつき、ハリーとロンは顔を見合わせる。どうやらこうやらハリエットに関することになると、あの完璧無敵そうなあの男がこんなにも人間味がある一面を見せてくれた気がして……、それでもあいつが義理兄弟なんて絶対嫌だとハリーはむすっと顔をしかめた。
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