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12:ふれあい
スラグホーンからという魔法薬の詰まった袋を手にしたスネイプは、そうだとばかりに運んできた屋敷しもべ妖精を引き留める。
「ハリエット=ポッターの乳母と聞いた、ベベという屋敷しもべ妖精をここに連れてきてほしい。彼女にしか頼めないことがあるのだ」
ハリエットのことについて、屋敷しもべ妖精がどこまで知っているのか、それも尋ねなければ、と思案するスネイプに屋敷しもべ妖精はできませんと、首を振った。
「まさか彼女は服を渡されたというのかね?」
ハリエットの秘密を知る屋敷しもべ妖精を手放すなど、ありあるはずがない、と口に出すスネイプに屋敷しもべ妖精は夏休み前に亡くなりました、と答えた。驚いて思わず凝視するスネイプに屋敷しもべ妖精は委縮したように体を縮こませてダンブルドア校長がなくなった翌日、お嬢様の手の中で息を引き取った。そう答える屋敷しもべ妖精の言葉がスネイプの耳を滑っていく。
ハリエットのそばにいた存在が立て続けに二人も欠けた。片方は自分が奪い……もう片方は寿命という運命が手を引いて行った。
結局、考えがまとまらずに屋敷しもべ妖精に戻るように言い……ベベの墓の場所だけを聞き出す。ハリエットはベベの作る糖蜜パイが大好きだと会話の間で言っていた。おばあちゃんがいたらあんな感じかな、とまどろみながら答えていたハリエット。
死んで悲しむ様な肉親はいなかったスネイプだが、ハリエットが嬉しそうに話す血のつながりのない“家族”が死んでしまったというのはきっとリリーが死んだあの時の様な痛みをともなう事だろう、と目を伏せる。
また自分はそんなハリエットに寄り添うことができなかった、と一年間の記憶の喪失が悔しい。彼女はどんな気持ちで……ダンブルドアの死を見ていたのだろうか。
闇の印が熱くなり、呼び出されていることに気が付いたスネイプは急いでヴォルデモートのもとへとはせ参じる。呼び出された理由は……部屋の隅でまるで加減の知らない子供が人形で遊び、ぐしゃぐしゃにして放り投げたような姿で倒れているハリエットを見れば一目瞭然だった。無造作につかまれたであろう短い髪は片割れよりもひどい。またハリエットと二人きりにされ、スネイプは周囲の気配を探る。
ポン、という音が聞こえ、とっさに杖を構えると、そこにはマルフォイ家につかえる屋敷しもべ妖精がいた。攻撃される、と身構える姿に警戒すると、お坊ちゃまからのご命令です、と震えながら来た理由を話す。
「ドラコが?なんといったのだ」
「捕らわれの少女の治療に来たセブルス=スネイプ校長の役に立つようにと。何を命じられても必ず守ること。決してこのことを旦那様や奥様にも言わないこと。どうしても信じてもらえないのであれば、その時はお坊ちゃま自ら説明しに行くと、そう仰せつかっております」
何なりとご命令ください。おどおどとしている風の屋敷しもべ妖精だが、闇の陣営によるものだろう、怪我をおっているようだった。だがその怪我には白い包帯がまかれており、誰かが……ドラコが手当てしたのだろうと察する。
「では……この部屋の誰でもいい、誰かが治療中に来た際はすぐに知らせてほしい。それと、合図を送ったのちに、もし私が失神するなど、意識が混濁するような状況になったのならば、この魔法薬を無理やりにでも飲ませ、目を覚まさせてほしい」
それが私の頼みだ、と魔力と体力を回復させる薬の詰まった瓶を振る。屋敷しもべ妖精はかならず、と頷いて姿を消して廊下を見張ります、と消える。信用してもいいのか。悩むスネイプだが、ドラコはヘンリーを好いているように見えた。あの男がリリーに向ける感情を感じたような、そんな気配だ。
それに、ハリエットが連れてこられたあの日、あの子の眼には恐怖がこびりついていた。まるで、大切に保管していた宝物を何も知らぬものが掘り起こし、汚したかのような、そんな恐怖の眼。
まさかとは思うが、ヘンリーがハリエットであることに気が付いている可能性があるのではないか。思い返せばハリエットが最初に攫われた時、ドラコは真っ青な顔で過ごしていた。あの時はルシウスが捕まったことに対してと考えていたが、もしヘンリーを好いていて……そして同性ではないハリエットに想いを寄せていたのであれば……ヴォルデモートに連れていかれたという事は恐ろしかったかもしれない。
そんな彼がハリエットに不利益なことをするだろうか。模擬戦後抱きかかえていたドラコ。懐にしまっていたブレスレットがふいに暖かくなった気がして、スネイプは迷いを捨てた。
また目に強い光を当てられたのか、閉じたままの眼にぐっとこらえていつもの合図を送る。2度鼻先を叩いて口元に指をあてる。すり、と擦り寄るハリエットに治療をしなければ、とハリエットを治療し、体中の傷を治す。スラグホーンの魔法薬は少し強いのか、ハリエットは少し痛がるそぶりを見せる。また改良してもらわねば、と何の魔法薬であるかを記憶して、と治療を続けていけばハリエットがぐったりとし始める。
ここが今日の限界か、と手を止めたスネイプは屋敷しもべ妖精を呼ぶ時の合図を送り、ハリエットの額と腹の上に手を置く。理論は覚えた。だが生物に行うのは初めてだ。本を渡されてから何度か治療には来られていたが、ハリエットがぐったりするタイミングで足音を聞き、行うことができなかった。
今は……協力者がいるおかげで実行できる。集中すべく目を閉じ、自分の中の力をリリーに魔法を見せたあの時の様に、手のひらから放つイメージをもって送り続ける。
何が起きるのか、と身構えていたハリエットはスネイプから流れるそれに気が付いたのか、ぴくりと体を震わせ、少しむずがる様子を見せた後スネイプに全身をゆだねるように力を抜いた。それで一気に抵抗する力が失せ、難なくスネイプの力が送られる気配を覚え、スネイプはじっと送り続ける。
ふっと手の力が抜け、ふらつくスネイプを屋敷しもべ妖精はすぐに支えて、言われた魔法薬を口に当てて飲ませる。気絶はしていない、と瓶を受け取り飲み干すスネイプは全身を襲う虚脱感に大きく息を吐いた。
ハリエットを見れば、ここに来て初めてといえるほど穏やかな顔で眠っている。本当にこの子は私に身をゆだね過ぎだ、と苦く笑い……屋敷しもべ妖精が再び見張りに戻ると同時にすっかりやせ細ったハリエットの体を抱き寄せた。
記憶にあるよりもやせ細った体は薄くて軽い。肌も荒れ放題で、魔法薬のおかげでましになったとはいえ、彼女の肌は記憶からほど遠いい。洗浄魔法を使っているとはいえ、誕生日に一緒に湯に浸かろうと誘い、抱きしめた体から香った甘い香りはない。
それでも、スネイプから得た魔力と生命力で暖かくなっている体が、彼女が生きているという証になり、スネイプはハリエットを抱きしめ続けた。
控え目な音が聞こえ、体を離したスネイプはハリエットに再びスコージファイを唱えて痕跡を消す。幸い、廊下を通り過ぎただけだったようで何者も部屋には入ってこなかったが、これ以上は危険と判断して片づけを行い、ソファーの上に横たえる。
ここ最近はヴォルデモートが出かけることも多く、少し頻度は減った。先ほどの屋敷しもべ妖精にもう見張りはいい、と合図を送り……まだ傷の残るハリエットを見つめる。
「ハリエットが一人でいるときに何か柔らかいものでもいい、ほんの少しでも多く食べさせてくれないだろうか」
また治療には来るが、というスネイプに屋敷しもべ妖精はかしこまりました、と頭を下げる。ではまたご用の時はわたくしボンドをお呼びください、とボンドは消えてスネイプはハリエットを振り返る。せめて、奴が戻ってくるまでは……地下牢に戻される前であれば……少しは休めるはずだ。
ホグワーツに戻る時には魔法薬で補充したとはいえ、極度の疲労状態で……校長室に戻るなり施錠を行う事と椅子をソファーにすることだけ辛うじて行い、そのまま気絶するように倒れこむ。巡回を行い愚かな生徒らの反発を抑え、カロー兄弟から守り……。
やることは山積みだったが、これほど消耗するものか、とやっとめぐってきた機会に感謝しながら思考を巡らせる。そんなスネイプが目を覆うように腕を置き……そうだと懐からハリエットの紐を取り出して腕に巻き付ける。それで本当に力尽きたように意識を放つ。
お疲れ様、とハリエットの声が聞こえた気がして、彼女の細い指が眠ったスネイプの頭を撫でるように梳いた気がして……久しぶりに完全な眠りへと落ちていった。
スネイプが戻ったことと、疲れ切った様子で眠ったと、事前に知らせる様伝えていたポンフリーはようやく、と大きく息を吐き、やはり彼にあの方法を教えたのは間違いでしたね、と微笑む。きっと彼は自分の限界まで注ぎ、帰るまでは魔法薬でどうにか補充した分だけで賄うだろうとは思っていた。
ますますミネルバには本当のことを伝えられませんね、とため息をつき屋敷しもべ妖精を下がらせる。明日スネイプが直接来るか、あるいはスラグホーンのところに突撃するか……。治療について話し合わなければ、と息を吐いた。
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