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9:協力者
カロー兄弟が寝静まる夜半時、スネイプは部屋を出ると医務室へと向かった。マダム・ポンフリーがいるのは知っている。こんな夜分に尋ねるのはマナー違反であることも重々承知の上だ。
そっと扉を開き中に滑り込むと、彼女が普段休んでいる部屋の扉をたたいた。医療者が全員そうであるのかはわからないが、すぐに応対する声が聞こえ……話があるとそう切り出す。
ハッと息をのむ様な気配の後、少ししてネグリジェの上にガウンを羽織たマダム・ポンフリーが姿を現した。軽蔑するような目でじっと見るポンフリーだが、どこか決意したかのようなスネイプの眼に大きく息を吐いてご用件はと問う。
「本来ならば……助言を仰ぎ、むやみに巻き込むことは避けたいが、私には医療の知識が足りない。単刀直入に言う。彼女を助ける手立てが欲しい」
囁くような、極力声を張り上げないよう気を付けるスネイプにポンフリーは眉を顰め……ハッとした顔で詰め寄ろうとして口をつぐんだ。どこに目があるかわからない。そう、誰を信じればいいのかさえ、あやふやなのだ。
「患者の詳細を聞かなければどうにもできません。歳は?性別は?どのような怪我で、何が足りないのかしら」
「彼女は先日17歳になったばかりだ。所属はスリザリン。両手足を先月痛みつけられ、ほとんど動かすことができないでいる。皮膚の火傷はなおったものの、落雷を受けた際に目を負傷し、今もなおまともに目を開けることができない。表面の傷を癒すだけで魔力は枯渇し、治療後は気絶したように眠る」
答えはわかっている気がするポンフリーだが、あえて尋ねることで赤子からずっとそばで見てきた少女の情報を守る。スネイプの答えが彼女の想定の数倍悪い状況だということにハッと息をのみ、杖を振って羊皮紙を準備するとスネイプに突きつけた。
ハリエットに関する怪我やこれまで行った治療の履歴などを列挙し、今何が不足しているのか、どのような怪我が多いかをかきだしていく。そのあまりの量にポンフリーは手を震わせ、取り出したハンカチを目元にあてた。
ハリエットが今まで飲んでいた魔法薬についても補足としてかきだし、すっかり長くなったそれをポンフリーへと渡す。
「食事や休憩は」
「詳しいことは定かではない。ただ、連れてこられた当初に比べ格段に細くなった。休憩は……細かく分かれているだろう」
こんなひどい、と手を震わせ嗚咽をこぼすポンフリーは術者に危険が伴い魔法ですが、と口を開いた。このままではハリエットの体力が回復せず、毎回治すもので精いっぱいで手足の回復まで遠く及ばない、とポンフリーは医療者として、気を静めてスネイプを見つめる。
「術者の魔力と体力を受け渡す方法があります。癒者を目指すものなどが体得する、緊急用の魔法になります」
一歩間違えれば術者が危険だという魔法に、スネイプは間を置かずに教えて欲しいと返した。あなただからこそ教えたくはないのだけれども、とポンフリーは本を呼び寄せる。
「効率はとても悪いわ。他人の魔力を受け入れさせるのですから。そして魔法薬についてですが、私からスラグホーン教授に協力を仰ぎましょう。セブルス、これ以上あなたが動けば誰に気づかれるともしれません。何よりもあの子の為に。そしてあの子が悲しむことがない様にあなたを抑えるために、私ができることは手伝うわ」
詳しくはこの本に書いてある、と本を押し付けて周囲を伺うように声を潜める。スラグホーンと聞いて眉を顰めるスネイプだが、正直魔法薬を精製している時間が足りない。危険な綱渡りに巻き込みたくはないが、ハリエットのためを思うとせざるを得ず、スネイプは医務室を出ると自室でその本を開いた。
スネイプが立ち去った後に残されたポンフリーはダンブルドア校長を思い出して目元を抑えた。彼の遺体を確認したとき、右腕に呪いの痕跡を見つけた。あの呪いは恐らくは死を招くものだろう。ミネルバからたびたびハリエットのことは聞いていた。どうやらセブルスと仲がいいようで、とそういっていたのも聞いているし、実際二人を見かけるとそう見えた。
彼がようやく心を許せる相手ができたのだと、そう思いほっとしたのも事実。そんな彼がダンブルドアを殺したというのは信じられない出来事だった。彼女はどうするのかと聞けば……ハリエットとの記憶は封じられているという。呪いで切り裂かれたヘンリーにためらいもなく口移しで魔法薬を飲ませていた姿からはそんな様子はみじんもなく、耳を疑ったものだった。
ハリエットが捕まったというのはマクゴナガルから聞いている。心配で胸が張り裂けそうになっていた彼女に、娘の状況は伝えられないと羊皮紙を握り締めた。
早朝、まだ誰の足音もしない静かな城内を歩き、スラグホーンの部屋へと向かう。まだ彼は寝ているだろうが、スネイプがそうしていたように誰にも悟られるわけには行かない。
辛抱強くノックをしていると不機嫌そうな声が聞こえて扉が開く。まさかポンフリーが来ているとは思わなかったのか、目をしばたたかせて要件はと半ば呻くように問いかけた。
「ここではちょっと。中に入ってもよろしいかしら」
ぶつぶつと文句を言いながらポンフリーを中に通し、こんな早朝だから何も用意はないぞと椅子を用意する。長居するつもりはないから、と辞退しスネイプの書きだした羊皮紙を差し出した。
「魔法薬を作っていただきたいのです。患者の情報はこちらに」
半ばまだ眠たそうなスラグホーンは何も疑わず、ポンフリーから受け取り目を見開いた。この時間に来たのも、彼の警戒心を危惧してのことだ。まだ若干頭が回っていない時だからこそ、彼は疑いもなく羊皮紙を受け取って内容を読んでしまった。
「いやいや、まさか」
「えぇまさかです。そこに書いてある女性が苦しんでいるというのに見て見ぬふりは致しませんよね?次いつ治療のタイミングがあるかわからないのです。ですので、早急にと」
つき返そうとする羊皮紙をじろりと見るポンフリーにスラグホーンは苦いものを飲み込んだかのように顔をしかめ、一度見てしまったそれをもう一度見る。神経質そうな字は新たな校長の物だというのは教えていた側からすればすぐにわかることで、書かれている少女が誰かなんて知らないふりもできない。
「大体この魔法薬は何だ。何を彼女は長年服用していたのかわからないことには」
「見た目の性別を変える魔法薬です。あの子の為だけに開発され、改良を重ねた魔法薬でした」
どうにかして断りたいというスラグホーンにポンフリーはすかさずフォローを入れ、ハリエットが服用していた正体を隠すための魔法薬だと告げる。
「性別を変える……?まさか!!あぁそういうことか!だからあの時……。わかった、わかった。そこまで知った以上わが校の新しい校長と、優秀な校医が危険であるがために誰にも口外できないこともわかった」
魔法薬の効果から誰がハリエットかを瞬時に理解したスラグホーンはだからよく似ていたわけだと頭を乱暴にかき、降参するように両手を上げた。このことは私たち3人だけの機密情報ですので、と立ち去ったポンフリーにため息をつき……スラグホーンは優秀な赤毛の青年を思い浮かべてさっそくどんな魔法薬が必要かを確認し、副作用や相性を考慮して準備を始めた。
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