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8:写真
あと少しのところでポッターらが逃げた、とロウルらが言い……呼び出されたヴォルデモートからの制裁をうけたのは先日のこと。ドラコがロウルに磔を使ったと聞いたのはその翌日だった。想定より早いヴォルデモートの帰還にスネイプは背筋をこわばらせ……間に合った魔法薬をもって再びハリエットを直せと呼び出された。
八つ当たりなのか、磔の呪いだけでなく物理的にも傷みつけられたハリエットを前にしてスネイプは閉心術を強くかけ、治療を始める。だがスネイプは癒者ではない。あくまでも魔法薬学のエキスパートであってどこの部位に異常があるのか、彼女の体の中に何が起きているのか。
魔法薬同士の副作用などはわかるが、17歳の女性の体にとって本当に大丈夫か……。そういった医療の知識は聞きかじった程度しかない。
二次性徴が遅れているなど、思いもよらなかった。あれから少しは学んだが、まさかこんな大けがをしている状況の彼女を見ることになるとは、想定外のことでスネイプはわかる範囲での治療を行う。
合図を送り、体中のあざに魔法薬をかけて、体力を回復させる魔法薬を飲ませる。周囲から見ればあざ一つ一つに触れたくないため雑に回復させているように見える様、一挙一動すべてに気を配る。この間ハリエットにつけてもらった手の傷は、抵抗する彼女がつけたものだといえば拍子抜けするほどに納得され、改めて自分とハリー=ポッターの間には確執があることが広まっているのだなと認識することとなった。
ハリエットもスネイプがどれほど気を配り、周囲の監視などを警戒しているのか十分理解しているらしく、治療中はじっと動かず、治る際に生じる痛みをぐっとこらえている。両手足の骨は一度消してしまった方が早いだろうが、当然のことながら彼女の体力が到底足りない。
長居して怪しまれるわけには行かず、指先だけを絡めて去っていくしかなかった。目はもう一度魔法薬を与えれば治るだろうが、精製には半月を要するために準備が間に合わず、今回は見送らざるを得なかったことが心残りで、スネイプは文献を漁る。
魔法省陥落の一報を聞き、はせ参じたスネイプはスクリムジョールの遺体を横目に跪く。ヴォルデモートの指示で別件に加わっていたスネイプは魔法省で起きたことを大まかにしか把握できていないが、今は関係ない、とヴォルデモートの言葉を待った。
「セブルス、以前聞いた話だが、お前は以前からホグワーツの校長の座を狙っていたそうだな」
どこか楽しむような声にルシウスやドラコとの会話を思い出し、確かにそのような話をしたことがあります、と答える。もちろん、それは真実ではない。かつて……バジリスクの騒動のさなか、ドラコがそう言っていたのだ。ダンブルドア派に思われないために否定するのではなく、謙遜している風に接してかわした懐かしい記憶。
「この度ホグワーツに新たな校長を任命しなければならないのだが、セブルス。お前にその任を与えよう。マグル生まれを排除し、魔法使いの為だけの学校として、反乱分子を抑え、教育するのだ。ダンブルドアを殺したお前にこそ、相応しい椅子だ」
ヴォルデモートの言葉にスネイプは恭しくその闇の帝王のローブの裾に口づけを落とす。確かにその任承りました、と喜色を浮かべ顔を上げる。カロー兄弟という余計な監視役を与えられたが、ダンブルドアとの計画通りに動いていることに満足で……もう一つ大事な要件の為にホグワーツへと戻ることとなった。
ホグワーツでは想定していた通りに冷ややかな視線と拒絶を感じ、それを無視する。特にマクゴナガルからはハリエットのこともあってか鋭い視線を向けられた。校長室には明日入れるということを事前に聞いていたため、いったんは私物が残る自室に赴き、騎士団に家探しされた後を杖で直す。
あの時、置いたままになっていたカップは誰かがしまったのか、戸棚に鎮座している。記憶を失っていた時にも使っていた青い鳥のカップ。ハリエットの物が遠くにあるのか、それとも割れてしまったのか。青い鳥は困ったようにカップとソーサーを行き来している。
鍵をかけたままだった引き出しは開けらなかったのか、それとも開けたが再び閉めたのか。鍵を開けてヘンリーの写真を取り出す。久しぶりに開けたからか、ヘンリーは嬉しそうに微笑み、写真の自分に抱きしめられている。写真のスネイプはいったい今更何の用だ、と言わんばかりに眉をしかめていて、ヘンリーを抱きしめたままだ。
スラグ・クラブで彼にあった時、この写真の物とは少し装飾が違うものを着ていた。おそらくはあれが完成品なのだろう。細くしまった腰と結んだ髪。それに妙に気になった薔薇の髪留め。今思い返せば気になるはずだ。一学年のころ、バレンタインで彼女に与えた薔薇を目印の黒いリボンと共に変化させたそれはヘンリーの赤い髪に良く似合っていた。
きっとハリエットが着けても似合うだろう、とスネイプは写真を引き出しに戻し……写真の切り抜きを手に取った。ポッター家の長女として撮られた、ダンスパーティーの一枚。新聞の切り抜きだからこそ、同じ動作を繰り返すしかない写真のハリエットは笑っていて、あの晩の幸せそうに微笑んだハリエットを重ねる。すべての記憶がよみがえったわけではないが、不意に思い出す記憶がどれも愛おしくて、引き出しに戻して施錠する。
ハリエットへの記憶がない時にブラック邸に入り……そしてそこにあったリリーの手紙と写真を破りとってきた。それを取り出し、じっと写真を見下ろす。リリーへの愛はまだ確かにある。だが、ハリエットに求める様な、肉欲的なものはなく、親愛か友愛か。
心残りがあるといえば彼女に想いを伝えておかなかったこと。そして今も……ハリエットに伝えていないこと。あの頃は……リリーに対し性欲的な想いは抱かなかった、抱いてはいけないと、まぶしい太陽を見ているかのごとくそれで十分だった。
大人になってしまったからだろうか。ヘンリーを愛したとき、そしてハリエットという正体を知った時。彼の、彼女のすべてが欲しいと醜い感情が沸き起こり、そして彼女が受け入れてくれるがままにそれをぶつけた。
「リリー、君は今の僕を見て、どうおもうのだろうか」
かつて自分を愛していた男がもう叶わぬと知り、今度は娘に近寄るというはたから見ればおぞましい醜態を。彼女はどう思っただろうか。ハリエットを本当に愛しているのだ。
「リリー。僕は、あのブランコから飛び降り、笑う君に恋した。まだ君を知らぬというのに。今度は違うんだ。ヘンリーのことがどうしても気になり、目で追ううちに触れ合ううちに、恋ではなく愛してしまったんだ」
誰にも渡したくないと、そう思うほどに強く惹かれているんだ、とリリーの写真を前にどこか言い訳じみている、と冷静な自分が遠くから呟いている。
写真の彼女は無理に破りとったせいで動きが悪い。せっかくの彼女を自分がまた壊してしまった。自らの罪から目をそらすように目を閉じ、写真と手紙をしまい込む。まるで迷子になったかのようで……こんなことを考えている場合ではないと立ち上がった。
今は余計なことは考えずにハリエットを助ける手立てを考えねば、と大きく息を吐いた。しまった写真のリリーが悲しげな顔をしていたことに最後までスネイプは気が付かなかった。
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