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4:見つけた花の名は
ヴォルデモートとの会合で7人のポッターをさも聞いてきたかのように語ったスネイプはずっと何かが引っ掛かって仕方がなかった。この作戦はスパイであることを隠して行動するうえで考えた守りやすくそして攻めやすい作戦だった。
だが犠牲なく、というわけには行かないだろう。だが、ヴォルデモートならばムーディか、あるいはハグリッドを警戒するはずだ。そのほかは取るに足りない小役人と、闇払い。あぁキングズリーも候補の中か、と考えて……犠牲有りきの作戦に胸騒ぎがする。
時間だ、とプリベット通りの上空にやってくると予想通り彼らは上がってきた。散り散りになる様子にルーピンを見つけてそれを追う。ルーピンを追うというのは彼らと確執のある自分には不自然に見えないし、彼の行動もある程度わかる。
ファイアーボルトに乗るポッターは恐らくはあの双子のどちらかだろう。応戦しているふりをして、暴発と見せかけて死喰い人に杖を向け……。かっと右腕の痛みが走り、放とうとした呪文を明後日の方向へと飛ばす。なんだ、と思った瞬間、突風に手元が揺れる。もし今はなっていたら……間違いなくセクタムセンプラはあの偽物に当たっていた。
腕を抑えようとして、あのブレスレットに触れる。確認している余裕はないが、一つの石にひびが入っている気がして……君がいてくれなかったらとんでもないことになるところであった、と心の中で呟き、思わず攻撃しているふりの手が止まる。
君がいてくれたから……君……。
「予見者の女だ!」
ふいに入ってきた言葉に頭痛が走る。そうだ、こんな無茶な場所にでも彼女は……。遅れてその声の方角に飛べば死喰い人に囲まれた少女が、あのハリーにそっくりな顔の少女がいた。彼女は急上昇したかと思えばついてきた死喰い人らに当たるのも構わず急降下を行い、追おうとした死喰い人らが方向転換が間に合わず地面へと落ちる。
待て、待ってくれ、嫌な汗が手のひらを濡らし、彼女から目が離せなくなる。
「よくも逃げてくれたな、ハリエット=ポッター!」
怒りに燃えているベラトリックスがハリエットに想いっきり当たり、軽い彼女が吹っ飛ばされる。ハリエット、そうだ、彼女の名前だ。ハリエット。
“先生、ずっと好き”
ハリエットはベラトリックスに構わず箒をヴォルデモートに向ける。彼女の手には杖がない。おそらくは今の一撃で落としてしまったのだろう。彼女の右手は治っていない。
「やめろ、ハリエット」
思わず出た声は幸いなことに誰にも聞かれず、ヴォルデモートにぶつかりに行くハリエットを死喰い人が追う。当たる瞬間、ヴォルデモートの姿が消え、ハリエットはそのまま死喰い人を連れて縦横無尽に飛んでいく。
あぁだめだダメだ。彼女の体力はもう限界だ。おまけにあの箒は先ほどから異常な速度で飛んでいる影響で枝が折れている。ダメだ、やめてくれ、逃げてくれ。そう切に願うスネイプの想いは彼女の背後にピタリと張り付く影によって打ち砕かれる。
あとは闇の帝王がという声が聞こえて、再びルーピンらを追うもファイアーボルトに乗った方がルーピンを掴んで速度を上げたらしく、誰にも追うことができなかった。
激しい音に驚いて振り向けば燃えていく彼女の箒が見え、息ができなくなる。ヴォルデモートに抱えられたハリエットに意識はないようで、ベラトリックスの手に渡るとヴォルデモートはハリエットの長い髪を切りどこかに飛んでいった。
やらねばならないことをひたすら頭に繰り返し唱えて何とか体を動かす。どうして、どうしてこんなリスクの高い作戦を思いついたのか。彼女のことをなぜ、忘れていたのか。
ハリエット、そう繰り返すスネイプは眼下を飛ぶフクロウに気が付いた。幸い、まだ誰も気が付いていない。シーク、そう声に出さずに呼ぶように片手を差し出すと、杖を掴んだフクロウがそっと手に触れる。目くらましを掛けてやるとシークはすぐに離れて飛んでいく。何をしている、と問う死喰い人にムーディの魔法の眼をみつけたと呼び寄せたそれを見せればあぁと納得して去っていく。彼女は今何輪目を咲かせたのか。それが気になって仕方がない。
撤収の合図にマルフォイ邸にやってきて……かつてヘンリーと共にやってきた記憶がよみがえる。あぁ、彼女はもう知っていたのだろう。だから……。中に入れば杖について嘘をついたとオリンバンダーが問い詰められている。
ハリエットの姿は……そう思ったところでベラトリックスが簡素な服に着替えさせたハリエットを引きずって入ってきた。ぐったりしたハリエットは手足に火傷が見えて……スネイプはちらりとドラコに視線を移す。真っ青な顔と目が合い、スネイプは一度だけ視線で堪えろと伝え、まっすぐ先を見る。
「予想通りに予見者の女はのこのことやってきたようだ」
嘲笑うヴォルデモートの指示でベラトリックスがリナベイトを唱える。ハリエットは朦朧とした様子で動き出し……やけどを負ったのか目を細めるほどしか開けることができない。その様子に死喰い人らは嗤い、ヴォルデモートが死喰い人から受け取った杖を振る。無理やり目を開けさせたのか、悲鳴が上がり、ハリエットは痛みに耐えるように体を丸め……ベラトリックスに踏みつけられた。
「あぁ少し違和感があると考えていたが」
ヴォルデモートの杖が再び振るわれるとハリエットの無造作に切られてしまった黒い髪がさらに短く切り刻まれ……片割れと同じ髪型にされる。ハリエットもそれに気が付いたのか、首を少し動かして肩に触れない髪に何が起きたのかわかってしまった。
今まで長い髪だからこそハリーと区別がついていたが、今はハリーとほとんど変わらない。そう考えたところでヴォルデモートは杖を白い額に突きつけ、悲鳴を楽し気に聞きながら傷をつけていく。
「幾度となくハリー=ポッターは俺様らの手を逃れてきた。そのたびに苦い思いをしたものも多いだろう。だが今回、代わりに片割れをとらえることができた。首から上へと五体損なわないこと……女の証以外で殴るなりいたぶるなり好きにするがいい」
2時間後、俺様のもとに返しに来い、と言って死喰い人を見回す。
誰も動けずにいるがハリエットに近い死喰い人がハリーそっくりな顔を見て……ハリエットの腕を踏みつけた。舌を噛まないようにとベラトリックスが轡を噛ませると暴力の波がハリエットに襲い掛かる。
興味がないもの、かかわりあいたくないものは闇の帝王が去ったことから退出し、ハリーへの恨みや怒り、妬み……それらを持つ死喰い人が無抵抗な少女をいたぶる。時折骨を直す魔法が見えることから回復させては痛みつけ、とそれを繰り返していることがうかがえる。
呆然として動けないドラコの近くに来たスネイプはドラコを外へと押し出す。
「ドラコ、君は……彼女のあのような姿を記憶する必要はない。決して、記憶することなく、見ることも避けるべきだ」
扉の前に立ちふさがり、中で行われることの一切を見えぬようにするスネイプにドラコの眼が信じられないと見開いた。
「おそらく、今後ハリエットの治療に魔法薬の精製を命じられるだろう」
だから、これは私だけが記憶していればいいことだ、とドラコの鼻先で扉を閉める。この作戦を考えた……自分への罰なのだとスネイプは大きく息を吐き、マルフォイ邸の中へと戻ってきた。
楽し気なベラトリックスは戻ってきたスネイプに気が付き、あれに加わらないのかと、ハリエットを示す。汚れるのは嫌いだが、あの憎々しい顔が痛みつけられ、踏みにじられる様を見るのは実に気分がいい、と捕らわれた、英雄にそっくりの予見者を見る。
額の血は乾き、腫れた傷が痛々しい。息も絶え絶えなハリエットに男たちは胴への攻撃はせずに手足にそれを集中させる。叫ぶ力もないのか、少女は気絶も許されずに痛みつけられていた。
だがこれはあくまでも悪夢の始まりでしかない。この後ヴォルデモートのところに連れていかれる彼女を待っているのは……。そっと左手で右手のブレスレットを覆うように掴んだ。
“ハリエット”
すべてを思い出せたわけでない。だが、彼女が……彼女をどれだけ愛しているかを思い出せたことだけで今は満足だった。いや、今はそれ以上の記憶を呼び起こして記憶を汚したくない、それが本音だった。
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