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ムスカリで紡ぐ不器用な花冠
7学年編
1:籠の鳥
かちゃりと音が鳴る中シリウスはちらりと目の前に座っている少女をみた。右腕がうまく動かないのかスプーンを持つ手がぎこちない。少女……ハリエットはホグワーツからもどの騎士団員とも離れたところで、監視されて生活をしていた。そのせいか、食欲はなく睡眠時間も多く損なわれている状況であった。
シリウスもたくさん聞きたいことはあるが、不用意に彼女に尋ねて……万が一命を削ってしまっては元も子もない。だから必要最低限にしか声をかけることができなかった。
じっと見ていたシリウスに気が付いたハリエットは申し訳なさそうに小さく微笑み、うつむいてため息を吐く。ふと、バタバタとはばたく音が聞こえてハリエットとシリウスは同時にその音のもとに顔を向けた。
「ヘドウィグ、ごめんね。でも今君を放すわけにいかないんだ。お願い、わかって欲しい」
席を立ったハリエットはゲージに入れられ不服そうなフクロウ、ヘドウィグにそっと語り掛ける。落ち着かない様子のヘドウィグをみて、シリウスは何度尋ねようとして堪えたことかと唇を軽く噛んだ。ハリーからの荷物を持ってきてすぐ去ろうとしたヘドウィグをハリエットは捕まえて籠の中に押し込めた。
ハリエットの懇願するかのような声に、ヘドウィグは仕方がないといわんばかりにホゥ、と小さく鳴く。
そこにノックの音が鳴り響き、シリウスは杖を取り出して身構える。ハリエットも杖を手に取るがしっかり握れないのか、杖に巻き付けたミサンガを指にかけていた。
「私だ、アーサーだ。バイクのことで相談に来た」
警戒していた風のシリウスはじっとその声を聞き……杖を振って扉を開ける。どこか疲れた様子のアーサーは籠を抱くハリエットに気が付き、モリーからこれをとミンスパイの入った箱を机に置いた。それで、とそう言って持ってきたのはバイクの図面。
「ハグリッドのバイク、以前は君の物だと聞いてね。この後の……あの計画が変更になったんだ。大急ぎで改造したいんだが……」
「あぁ。あれだな。では……」
小さな声で話すアーサーはちらりとハリエットを見て、シリウスにバイクの改造についてを相談する。シリウスは懐かしそうに目を細めて図面に杖で印をつけていった。
「ミスターウィーズリー。ハリーが乗るサイドカーに屋根をつけてあげてください。もしくは荷物を固定する方法か……。あ、違う、サイドカーはダメなんだ……。誰かが乗る箒をファイアーボルトにしてください」
ふいに近づいてきたハリエットの言葉にアーサーとシリウスは驚き、どういうことだ?と聞き返す。ハリエットは言葉を探すように口を閉ざし、風が、という。
「突風にあおられてサイドカーが大きく揺れて……。箒が外に零れ落ちてしまいます。だから、箒を……ジョージかフレッドならうまく使えると思います。大丈夫、これはただ荷物が落ちてしまうことを防ぐだけで、未来に大きくかかわることじゃないから」
誰かが犠牲になる話ではない、というハリエットにシリウスは睨むようにじっと少女を見下ろす。彼女はやはりハリーの移送計画のことを知っている。本当に風に煽られただけだろうか。それとも……。
「わかった。ハリーにはそう伝えておくよ。かのファイアーボルトがマグルの軒先で箒として使われてしまったら一大事だからね」
笑って見せるアーサーにハリエットはありがとうございますと頷き、部屋に戻るねと割り当てられた部屋に入る。移送計画をこれ以上変えるわけには行かず、真剣な様子でシリウスとアーサーはバイクの改造を話し合う。
隠れ家としてきた家には最低限の物しかなく……ハリエットは持ってきてしまった枕に顔を埋めた。ダンブルドアが死んでしまったあの晩……抱きしめていた枕。こっそり持ってきて、荷物に紛れ込ませてしまった。どうせもう彼がこの寝室を使うことはないだろう、と代わりに置いてきたのはハリエットが使っていた学校支給の同じ枕。誰もハリエットが枕をとってきたなんて知られていないし、万が一知られても自分の枕だと言い張れば問題はない。
「先生」
7人のポッター計画は無事マンダンガスに伝わったらしい。もう擦れてきたスネイプの匂いにすがるようにして目を閉じる。今頃先生はどうしているのだろうか。ちゃんと食事はとっているか。休めているか。
とにかく今は……明日のハリー移送計画についてもう一度年密に計算しなければ、と起き上がって羊皮紙を取り出す。
あの時の状況はムーディの最期を知るために生き残った人に聞いて……しっかりと覚えた。まず……30人ほどの死喰い人が囲っていて、自分には確か4人、ルーピンらは6人といったか。そしてムーディに元にはヴォルデモートが出向いた。いつ現れたかは定かではないが、最初からではない。だから、と簡易的な地図を書く。
失敗は許されない。燃えていく羊皮紙を見つめてハリエットは自分の箒を取り出して手入れ用の本を開く。初心者にもやさしく書かれている本は何度も何度もハリーが見たからだいぶくたびれている。その中のやってはいけないと書かれた手入れ方法についてのページを開く。
「ごめんね。ニンバス2000。終わったらちゃんと修理に出すから……持ちこたえて」
箒の寿命を損ねるため切ってはならないとされている枝をぱちりと切り落とした。必要なものは全部ホグワーツの自室に置いてきた。後は自分さえしくじらなければどうにかなるだろう。
翌日、ハリエットはシリウスにごめんなさいと口を開いた。
「ずっとふさぎ込んでいてごめんなさい」
昼食後のティータイムで切り出したハリエットにシリウスはいいんだ、と俯く頭を撫でた。
「君は……放っておくと無茶をするだろう。本格的な戦いとなればまた移動しなければならないだろう。もう少しの辛抱だ、我慢してほしい」
すべての責任を負うかのようなハリエットにシリウスはそっと微笑み、幼い子をあやすように頭を撫で続ける。ハリエットは小さく微笑み……すぐにため息をこぼす。
「僕は……僕の為にと払われる犠牲が何より辛い。魔法薬や魔法で治っても、皆が怪我をした姿は忘れられないし、消せない事実だ。それがとにかくつらい」
青い鳥は遠く離れてしまったからか、ハリエットのカップにいない。きっと今頃スネイプのところで困った風に飛び回っているだろう。そう、幸福の青い鳥は自分には必要がない。
どこかさみし気な色をしたカップを手にしたハリエットにシリウスはそれ以上かける言葉が見つからなかった。スネイプの部屋を捜索した際にしまわれていたよく似たデザインのカップ。きっとこのカップの片割れなのだろうとシリウスはハリエットに気づかれないよう、奥歯をかみしめた。
今夜、ハリーを移動する計画が動く。今の自分はとにかく、ハリエットをこの場に居させることが大事だ。一番大事なのは誰も死なないことだが、それはハリエット以外誰にも分らない。だから、と注意深くハリエットを観察する。少しでも違うそぶりを見せたら気絶させてでも……。
「シリウス。ありがとうと、ごめんなさい」
そろそろ注意しなければ、と2杯目の紅茶を煽るように飲んだシリウスにハリエットの声が響いた。
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