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35:蛇は哂う
荒れ果てた家のなか、ぼろぼろになった老婆が椅子にくくられ、ぐったりと頭を垂れている。ざりっ、という足音によろよろと顔を上げ……顔をしかめた。
彼女は未来を見る力があった。ただ、あまり強くはなく、ただほそぼそと……占い師として生きていくだけで十分だった。いつだったか、自分の死について占い……ろくな死に方ではないだろうというのを見てため息をついたものだ。まさか……自分に死を与えるのが復活した闇の帝王などとどうしてわかるだろうか。
突然襲撃され、あっというまに痛めつけられて縛られて。あぁもう命の灯はごくわずかだ、と老婆は息を吐いた。
「予見者ハリエット=ポッターについて何を知っている。予見者とはなんだ」
冷たい声を発する男に言うものか、となけなしのプライドで口を閉ざすも、答えろと言う言葉と共に老婆の近くにいた大柄な男に殴られて視界がにじむ。確かに力は弱い。
それでも最低限のプライドと、彼女が現れるという予感を感じたと同時に彼女を予見者として隠さねばならないという思いに駆られた。だが、老婆にはコネクションがない。そのために彼女が今どうしているのか、どうなったのかすべて想像しかなかった。
「インペリオ」
多幸感にあたまがふわふわとして、話せ、という言葉が頭に響き渡る。クルーシオというのも女の声で聞こえて……ぎりぎりと細い腕が何かに締め付けられ折れる。だがその痛みは快楽のようなものにすり替えられて老婆の頭は混乱する。
「予見者……と……は」
いってはいけない、それをわかっているのにだんだんと老婆の首がぐぐっと絞められていく。
「予見者とは……未来……」
あぁもう言ってはいけないのに、と老婆のかすかな理性が必死に言葉を抑えようとするが、声を出すだけ以外絞められて頭が割れんばかりに痛む。インペリオのほかに強力な開心術を掛けられ、抵抗するすべを防ぐためにぎりぎりと締め付ける。
「未来……から……後悔……戻ってきた……」
骨がきしみ始め、目玉が飛び出しそうになるも老婆は恍惚とした表情で浅く息を吸い込む。痛みは強烈な快楽となって枯れ果てた老婆の体を蝕み、決して言わないよう固く閉ざしていたはずの口が無理やり開かれていく。
「戻ってきた……転生……者」
ぼぎり、という音ともに何か重いものが落ちる音が家に響くと老婆を殴った死喰い人は今にも吐きそうな顔をして顔を背ける。ヴォルデモートは残骸を放置し、なるほどと嗤いだした。
あの反抗的な目、そして未来の知識。すべてが繋がった、と家を出ていく。死喰い人の最後の一人が出ると家は悪霊の炎にまかれて燃えていく。そこにいた哀れな躯ごと燃えていくのをヴォルデモートは見ない。
ひとしきり嗤った後、死喰い人らを見つめる。
「あの小僧を殺すのは俺様だ。したがって、ハリー=ポッターは生かしたまま連れてくること。そして……その片割れであるハリエット=ポッター。女のハリーを男のハリーよりも最優先事項として連れてくるのだ。男の方は多少痛みつけて動けなくしてもよい。女は……必ず五体満足に俺様の前に連れてくるのだ」
ハリエットの愛称がハリーであることと、何かを含んだような物言いをするヴォルデモートに逆らうものも、疑問に思うものもいない。彼がこうしろというからにはそれを守らねばならないのだ。
「ハリー=ポッター」
殺さねばならない予言に記された方とは違い、殺さなくてもいい予言に記されていない宿敵。つまりはどれだけいたぶろうとも、生かさず殺さずの状態にしようとも……予言とやらに邪魔されることもない。
楽しみで仕方がない、という風の闇の帝王はにたりと口角を上げて、ただ獲物を、差し出される供物を思い浮かべた。守りの外にいる子鹿は、群れの外にいる子鹿は格好の獲物だ。
ムスカリで紡ぐ不器用な花冠 第六学年 終
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