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34:不思議な依頼
列車の時間が差し迫るなか、ボーバトン校の馬車や見たことのない船に生徒が乗っていくのを見て、ハリーは目をしばたたかせた。
「あれはね、マグル生まれや騎士団員の子供を国外に退避させる一団よ。各国の学校にみんな振り分けられていくと。あの船は同じ島国の日本にいくものだそうよ。10歳未満の子供の教育環境があるということで、まだ入学していない子供が主らしいけど、アジア系の生徒もそちらに行くそうよ。ボーバトン校は5学年より下で……あの一番多いのはアメリカのイルヴァーモーニーね」
マグル出身生だけに極秘で情報があったというハーマイオニーにハリーとロンは顔を上げた。それに対しハーマイオニーは私は行かないと宣言したわ、とみんなを見守りながらきっぱりという。
「ダンブルドア校長も私はハリー達と行って欲しいって。そんなこと言われなくともハリーと共にいることは決めていたから問題ないのだけれども。マグル学の先生やマグル出身の大人も学校の手伝いをするという事で同じく避難対象と聞いたわ。これから何が起きるというのかしら……。ハリエットが心配よ」
私はついて行くって言ったじゃない、と笑うハーマイオニーにロンはほっとしつつも心配げにしている。
「そうだ、ハリエットも一緒に来ないか聞いてみる。傍にいてくれるだけでも……僕はほっとできるから」
怖いんだ、というハリーは引き返そうとして、ハーマイオニーに止められる。ダメ、というハーマイオニーにどうして?とハリーが首をかしげるとべべが、と口を開いた。ベベ?と首をかしげるハリーは手紙を持ってきてくれた年老いた屋敷しもべ妖精を思い出した。
「確か……ハリエットの乳母みたいなものだって。彼女がどうしたんだい?」
「昨日、寿命で眠ってしまったらしいわ。多分、これからどこかに埋葬しに行くのだと思う。だから……今は会えないわ」
今朝クルックシャンクスがハリエットからの手紙を持ってきた、というハーマイオニーにハリーは顔をしかめた。彼女の大切な人が立て続けにいなくなってしまった。今頃彼女の心はズタズタになっているのではないか。そう思うと胸が苦しくなって促されるままに汽車に向かう。
彼女の背中にはどれだけの死がのしかかっているのだろうか。クィレル、彼女の知っている未来で死んでいったセドリックやシリウス。そして2度目であろうダンブルドアの死。
この先何人が死んでしまったというのか。自分は……どうやってそれに耐えて生きていくはずだったのか。列車が動くというときになってもヘンリーは現れず、監督生にヘンリーは正式な休学手続き後マクゴナガルが家に送るという話をスプラウト先生がしていたのを聞いた。
動き出す列車はどこか悲し気で、いつも巡回している車内販売の魔女の姿もない。とにかく今は一度ダーズリー家に戻り、それからビルとフラーの結婚式を見て……それから旅に行こう。そう決意してロンとハーマイオニーをみる。
まずどこにいけばいいのか。一度ヴォルデモートの痕跡をたどるのもいいかもしれない。
押し黙ったハリー達だが、そこにポン、という音ともにドビーが現れた。こんなところに?と驚くとドビーはハリエット様からの手紙です、とそれを差し出す。
「ドビーは、その、長く離れていられません。返事はフクロウを使って欲しいとのことでした」
どこがきょどきょどとするドビーに3人は顔を見合わせて急いで手紙を開く。
「あ、そうだ、ドビー。べべのお墓のことな……んだけど……もういないわ」
はっと顔を上げたハーマイオニーがドビーのいた場所を見ようとして誰もいないことに声をしぼませる。いったいどういう事なんだ?と首をかしげるハリーにロンも意図が分からないな、という。
「箒の手入れの仕方の本を送って欲しいって……学校にあるはずじゃないかしら」
「いや、ホグズミードに移動するからって。そこから箒に乗って移動するみたいだけど……なんでシークじゃなくてドビーに頼んだんだろう」
書いてある内容に何か意味があるのかと、相変わらず簡素な手紙をみるも何も浮かんではこない。
ロンのフクロウ、ピックウィジョンでは本が大きくて危ないため、ハリーはヘドウィグに頼めるかい?とハーマイオニーが杖で包んだ本を差し出す。じっと見つめるだけで動かないヘドウィグに頼むよ、といえば何かをあきらめたかのように足で掴んで開けられた窓から飛び立つ。
シークは今別の仕事でもしているのだろうか。最高の相棒であるヘドウィグが別行動になるのはさみしいが、致し方ない。すぐに戻るだろう、とハリーは籠をトランクに乗せる。ヘドウィグがいたところでハリエットに連絡することなどできないため、夏中閉じ込める前に少しでも羽を伸ばしてもらおうと、あっという間に消えた空を見つめ窓を閉めた。
ハーマイオニーは何か決心したようにぎゅっと拳を握り、ロンは兄に傷を負わせた奴らへの復讐に燃えていて……ハリーはしばらく会えない片割れに想いを馳せる。結局声をかける時間はなかった。
ビルの結婚式で会えるだろうか。ビルに残された傷をフラーは丸ごと愛した。ハリエットも……そうなのだろうか。
プリンスの本は……彼女はその著者を知っていて……あぁ、とハリーは目を伏せた。ハリエットはスネイプに常用している薬のこともあって、調合を教えてもらっていたというのであればプリンスの本以上の知識を持っていても不思議ではない。
スネイプはあの魔法を、セクタム・センプラをジェームズらに唱えたことはあるのだろうか。宙吊りの魔法も……もしあれが彼が作った魔法であれば……シリウスらはそれを盗んでそして開発者であるスネイイプにかけたのであればこれ以上ない侮辱だっただろう。
あの隠した本はハリエットが回収した気がして、心が複雑な模様をえがく。マグルの父を持つスネイプ。閉心術の時に見てしまった記憶では、確か両親の仲は悪かったはずだ。魔女であるアイリーン=プリンスをトビアスといったか、スネイプ氏は受け入れられなかったのか。あるいは甘く見ていたのか。学生時代は父らがいたおかげで……。
ヴォルデモートとの共通点にスネイプは共感してしまったのだろうか。シリウスや父ジェームズに対して腹を立てて闇の魔術により身を浸していったのであれば……。わからない。なにもかもがわからない。
裏切り者であるスネイプのことも、マルフォイのことも……きっと勝利することができれば何かが起きるのだろう、とハリーは憎しみと怒りを抑えこむ。感情のままにしてしまう事は簡単だが、そう簡単なことではない気がして。
列車は分厚い雲で日を遮られ、暗くなったロンドンに向かって進んでいく。まるで闇に飲み込まれていくかのように、そしてその闇を払うように汽笛を上げて。
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