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33:二つの墓
ハリエットが目を覚ましてから、戦闘が始まってからかけつけたシリウスとレトリバーと……そのほかハリーも知っている不死鳥の騎士団員とハリー達は闇の魔術に対する防衛術の教室に集まった。偉大な魔法使いの死を知っていながらにして黙っていたどころか、その犯人と関係を持っていた予見者。
どこか不審げな目をハリエットは無視し、静かに目を閉じた。
「4歳のころ、初めて力が発言した際に初めて受けたペナルティ。それはダンブルドアの死を連想させる言葉を放ちそうになったから。ダンブルドアの死は大いなる大河の中で変えることのできない流れで干渉することは許されないこと」
だから黙っていた、というハリエットにマクゴナガルははっとしてハリエットを見る。彼女がどうして苦しんだのか。それはあの時に口走りそうになったからだという事に、唇を噛む。
「どうしてあの男を」
ムーディの問にハリエットは口を真一文字にして答えないという姿勢をとった。その態度に声が上がるもハリエットは頑として口を開かない。
「なんでマルフォイが直していたキャビネットのことを言わなかったんだ!君は一緒にいたんだろ?」
我慢できないという風に声を上げたハリーに、同じ顔をして口を閉じたハリエットに痛いほどの視線が集まる。
「この一年間の流れは一切変えることはできない」
だから黙っていたのだという。
「私が知る蜘蛛の糸のような未来をつぶす覚悟と、取るに足りない私の命を捨てるというのであればいくらでも話しましょう。ただ、私が知る未来は再現されず、おそらくは闇が世界を覆いつくすでしょう」
目を開けて続けるハリエットに憤りを隠せない不死鳥の団員からは声が上がるが、その責任をすべておえと言われると黙らざるを得ず……ハリーは拳を握りしめた。
ハリエットが退出すると入れ違うように屋敷しもべ妖精であるドビーが現れてダンブルドア校長からの手紙です、とマクゴナガルに渡す。パチンと消えるとマクゴナガルは急いで羊皮紙を広げて耐えられないという風にそれをムーディの手に押し付けて泣き崩れる。
いったい何が、と読んだムーディは大きく息を吐き、手紙をキンブリーに渡す。
「このことは昨年、ダンブルドアに彼女が伝えていたそうだ。そのうえでダンブルドア自身が何も手を出すなと。予見者ハリエットを決して責めるべからずと書いてある」
きっとこのことを見越していたであろうダンブルドアの手紙。そうはいっても、と戸惑う声の中、ハリーは自分に対してもハリエットに対しても苛立って自分を抑えるようにじっと座って目をつぶった。彼女の行動の意図がどうしてもわからない。
ヘンリーとして寮に戻ったハリエットは自室に入るなり崩れるようにして寝台に倒れこみ、衝動のままに叫ぶ。ダンブルドアは死に、親友も最愛の人も去ってしまった。わかっていたとはいえ、心が悲鳴を上げていてどうにもならない。
嗚咽を漏らし、涙が枯れずに流れていく。体を震わせて涙するハリエットは大きく息を吐いて10年計画帳を開いた。もうこのことで泣くのはやめよう、と血を流す心を必死に閉ざし、目をそらす。
ダンブルドアの葬儀はかつての通りで、ヘンリーはやってきた人々をじっと見つめた。あれ?と思うのは見たことのない衣装の人や、その人らが乗ってきた大きな乗り物だった。ダームストラング校のような船や見覚えのないそれは異質で……ざわざわとする。
ダンブルドアが何かやっていたことが関係しているのか。ダンブルドア……もういないというのは2回目で、喪失感も2回目で。だからもう大丈夫だと思っていたのに。スリザリンに囲まれた中でヘンリーは湧き出る涙もなにもかもを心の奥底に押し込めて閉ざす。
やがてケンタウロスらの弓矢による弔いが終わり、解散となった。見慣れない衣装の人らとマクゴナガルが何やら会話し……やがて魔法省が去ると学校から先に戻っていた生徒が荷物をもって来て船に乗り込んでいく。
「生前、アルバスがマグル生まれの生徒らを安全に国外に出すと言って、各国の魔法学校に打診を出していました。そして9月に入る予定の生徒や、まだ幼いですが学校の名簿に載っている子供たちもその対象です。あの船はマホウドコロという11歳以下の子供を受け入れるとした学校の一団です。あの子たちは妹や弟などと共にそこに行くこととなりました」
驚いているハリエットに気が付いたマクゴナガルがそっと教えてくれる。マクシームに連れられて行く子はボーバトン校に。ダームストラングは純血のみの学校のため生徒は受け入れられず、卒業して数年内のマグル出身の魔法使いらを別ルートでノルウェーに案内するという。
ブラジル、ロシア、ウガンダ……そして最大人数を受け入れたのはアメリカの学校イルヴァーモーニー魔法魔術学校だという。
「アメリカのイルヴァーモーニーは溢れた人々を全員受け入れるとそうアルバスに約束したそうです。創設者が……ゴーントから逃れたパーセルマウスだとか」
だから、というマクゴナガルにハリエットはかつてはなかった各国の協力に、うつむいて涙をぬぐった。5学年以下の生徒を対象とし、本人の希望があれば6学年以上も避難対象というマクゴナガルはハリエットを抱きしめる。
戦うすべも何もない子供たちが戦火に巻き込まれることがなくなったことが嬉しくて、改めてダンブルドアの墓に頭を下げる。ハリエットにとって触れてはならない運命の大河そのもののようなダンブルドアだからこそ、ハリエットに一切干渉せずに、運命の大河に関係のない子供達の運命がこれで救われる。
そして、マグル狩りで襲われる人もこれで激減するはずだ。
葬儀からすぐに皆列車に乗って誰もいなくなった学校にハリエットは残り、小さな棺を抱えてドビーやウィンキーら校内の屋敷しもべ妖精と共に梟小屋までやってきた。
襲撃の翌日、会合の後で部屋で泣いていたハリエットをドビーが呼んできて……そしてベベを看取った。まるでダンブルドアを追いかけるかのような彼女にハリエットは何もできなかった、と16年間傍にいてくれた祖母のような存在にすがった。
彼女がずっと持っていたという写真はダンブルドアから渡ったのだろう。とても喜んでいたという話を聞いて……ますますどうして会いに行かなかったのかと後悔ばかりが募る。
ベベは泣いているハリエットを見て優しく微笑み、幸せになってください、とそう言い残した。ずっとそばにいた身内が死ぬのは初めてで、ハリエットの心はぐちゃぐちゃなまま。
マクゴナガルをすぐに呼べず、代わりにドビーが呼んできてくれた。だけれどもマクゴナガルが副校長としてやるべきことが多くて……苦渋の決断としてハリエットにベベのことを頼んだ。
しっかりしなくてはと気持ちを抑え、準備を始めるとドビーらが手伝うと声を上げた。校内の屋敷しもべ妖精にとっては大先輩であるベベにみんなが棺を用意してくれて、ハリエットは嬉しかった。
彼女が安らかに眠れるようにと話し合った結果、梟小屋の近くであれば学校を見渡せるのと、彼女は実はフクロウが大好きだったと、そういわれてそこに決めた。
自分で掘らせて、と頼んでハリエットはかつてのことを思い出しながら地面を掘っていく。そこに一抱えほどしかない棺を入れ、屋敷しもべ妖精が作り出した墓石に文字を刻む。
“心優しき偉大な屋敷しもべ妖精 ベベ ここに眠る”
頭を下げる屋敷しもべ妖精達が次々と花を咲かせてべべのお墓を彩る。ハリエットとベベの関係を知っている者たちは慰めるようにハリエットの腰元を軽くたたき、参列が許されなかったダンブルドアの墓に向かっていった。
もう祖父のようなダンブルドアも、祖母のようなベベもいない。抑え込んできた感情が喉元までせりあがり、息が詰まる。思わず座り込むとドビーが心配してその背中をさすった。ウィンキーもそっと背中に手を添えてくれて、ハリエットの感情が限界を迎える。
スネイプのこと、ドラコのこと、ダンブルドアのこと……苦しくて悲しくて。おまけにベベまでもがいなくなってしまった。べべ、べべ、と泣きじゃくるとベベほどではないが幼い頃を知っている屋敷しもべ妖精がぎゅっとハリエットを抱きしめた。ウィンキーもかつてバタービールでアルコール依存症になっていたはずが、悲しみに暮れるハリエットの背中をそっとさする。
ひとしきり泣いたハリエットは顔を上げ、皆にお願いがあるの、としゃくりあげながら口を開いた。
「みんなで生徒を守って。お願い。生徒を守って。人に気づかれないように、生徒を、学校を守って」
たった二人の死にこれほど胸が締め付けられるのだ。もうだれもいなくなって欲しくない、とハリエットは涙を流しながら懇願する。屋敷しもべ妖精達は顔を見合わせた後、もちろんですとも、と頷いた。
そこにマクゴナガルがやってきて、ハリエットは義母の胸に飛び込んだ。ダンブルドアと何をしていたのか、とうとう口を割らなかったハリー。そしてハリエットも何も言えずにいる。
これから先何が起きるのかと不安ばかりが募るが、今は悲しみでいっぱいのハリエットを、とマクゴナガルは抱きしめる。スネイプは本当に裏切り者なのか……。その答えを知っているハリエットに聞くのも酷だと頭では理解しているが、それでも問いただしたい思いが胸を満たす。
号泣する娘を抱きしめるマクゴナガルはダンブルドアを思い出して……涙を流した。
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