--------------------------------------------
32:混乱の中
ダンブルドアと共に分霊箱をさがしてきたハリーはホグワーツに似つかわしくない闇の印を見つけ……箒に乗って天文台の塔に降り立つ。スネイプを呼んできてほしいと言われるも弱ったダンブルドアを置いておくことができず、まごまごして扉にむかい……そこで金縛りを掛けられて物陰で動けなくなる。
ダンブルドアの杖が宙を舞い落ちていくのが見えて、ハリーは何としてでも行かなければ、と思うもちっとも呪文は解けない。
ダンブルドアと杖を吹き飛ばした犯人……マルフォイは下で聞こえる戦闘の音とは違いどこか静かで、教師と生徒という会話にしか聞こえない雰囲気で話す。
「さて、君は今杖を持っていてわしは持っていない。それなのに何を待っているのじゃ」
「待っているわけじゃない!僕が、僕がやらなければあの人は僕を殺すだろう」
わかっているんだ、というドラコにダンブルドアは選択肢を与えようという。何を悠長に、と焦るハリーだがダンブルドアはみじんもあせってなどおらず、それどころか侵入ルートについてもどこかわかっていた風に頷いて見せ……。
ハリーははっと顔を青ざめた。まさかダンブルドアはこのことをずいぶん前に知っていたのではないか。ハリエットが……そのことを伝えていたのであれば。ならなぜ対策もせず、それどころかハリエットがドラコといることも黙認して。
「ドラコ、君の親友は何と言ったのか」
「ヘンリーは僕にできることをするようにと。彼が、彼女がずっとこの一年愁いの篩で何かを見ていることを黙認する代わりに彼女も黙っているといった。僕があなたを殺すのはきっとずっと前から決まっていたことなんだ」
どこか苦し気な呼吸をするダンブルドアにドラコは声を張り上げる。その内容にハリーは待って、と目を見張った。ヘンリーが……本当は女の子という事をドラコは知っているというのか。
「いつ気が付いたのじゃ」
「4学年のクリスマスに。決して誰にも言わないことをその時に誓った。この騒動も何もかもを彼女は知っている。僕が今、あなたを殺さねば彼女が守ろうとしたあの人の手が血に汚れる!だから、だからこそ、僕は」
やらねばならないんだ、と悲痛な声を上げるドラコにダンブルドアは涙をこらえるかのようにわずかに震え、大きく息を吸う。やはりあの時の毒が、と焦るハリーだが、やはり動けない。そこに足音が聞こえてドラコは慌てたように口をつぐんだ。
やってきた死喰い人の一人、グレイバックは嘲笑いながら素早くあたりを見回した。
「あの女がいると思ったがいないようだ。我が君はあの逃げた女を探している」
死喰い人の一人の言葉にハリーはぞわりと嫌な汗をかき、怒りと憎しみでどうにかなりそうになる。さて、誰のことじゃ、ととぼけるダンブルドアにドラコも何も言わない。あれほどヘンリーの正体を知っているかのような口ぶりだったドラコだが、それでもなお親友であるとかたくなに守っているかのようだ。
そのちぐはぐさにハリーは意味が分からず、急かされるドラコの青白い顔を見た。
やがてそこにスネイプが現れ……ダンブルドアの懇願も無視して死の言葉を、死の呪いを、放った。
顔色を失ったドラコを促し、他の死喰い人共に立ち去っていくのをハリーはダンブルドアが消えた手すりから目を放して混乱したまま追いかける。なんで、どうして、と混乱する中で追いかけて死喰い人に失神呪文を唱えて。
どうしてなんだ、と燃やされるハグリッドの小屋の前でようやく追いつく。どうしてダンブルドアを裏切ったのか。なんでハリエットはこんなやつを信用しているのか。何もわからない。
吹き飛ばされて逃げられて。ハグリッドの小屋を消火してハグリッド共に歩くと遠くに横たわった人が見えた。
塔から落ちたにしてはきれいなダンブルドアは眠っているかのようで、何かちらちらとした花を握っている。それを見た瞬間、ハリエットがダンブルドアの死を黙認し、そして弔ったのだと、そう察してしまった。
医務室ではあのグレイバックとかいう人狼の男に噛まれて大けがをしたビルと、そんなビルでも愛していると宣言するフラーがいて……ハリーは涙をこらえる。こんな美しい愛もあれば悲しい愛もある。訳が分からず、そして怒りのままに何が起きたかを話し……駆けつけたマクゴナガルは事の衝撃にあぁ、と崩れそうになる体を支えた。
「まさかとは思いますがハリエットは」
「ダンブルドア校長の死を黙認し、そして受け止めたようです。いま彼女はどこに?」
回数を使ったのか、それとも失敗したのか。マクゴナガルの言葉に含まれる意味をいつもは察しにくいハリーはこの時ばかりは察して、予見者は知っていたと唇をかみしめた。
どうしてこんな重大な話を彼女は黙っていたんだ、とスネイプのことを含めてハリーは頭の中がぐちゃぐちゃで混乱して。ふと聞こえた不死鳥の悲しい旋律に耳を傾けた。
スネイプの部屋に何か痕跡でもあるかもしれない、とルーピンやマクゴナガル、そして気絶させられていたフリットウィックとムーディらが私室へと向かう。
「まて、誰か寝室にいるようだ」
まさか人を殺してのうのうと休んでいるわけもない、というムーディに顔を見せ合い慎重に中へと入る。すっかり冷めたカップは青い鳥が落ち着かない風に飛び、マクゴナガルは胸が締め付けられて握りしめたままのハンカチで目元を強く押し付けた。寝室の扉を開ければ魔法薬の効果がきれたらしい黒い髪の少女が涙をこぼしながら枕を抱きしめて眠っている。
彼女はずっとこの日を知っていたのだろう、と緊張していた空気は消え、フリットウィックとムーディは何か痕跡などがないかと戸棚を探す。
どうしてこんなところに、と彼女が何か知っているのでは、とまだ混乱しているルーピンがハリエットを起こそうとして、マクゴナガルに止められる。
「今はそっとしておきましょう。この件について今後、ハリエットはたくさん聞かれるでしょうし、監視が付くでしょうから」
彼女のためにも、と声を震わせるマクゴナガルにルーピンは手を下し、ムーディが落としそうになったカップを魔法で受け止めてきれいにして片す。彼の趣味ではなさそうなカップは……彼女が関係していそうだと目を伏せた。
|