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29:悪夢
謝らなきゃ、謝って、それで……。そう考えるハリーは毎晩のように悪夢にうなされていた。マルフォイに放った魔法でハリエットが倒れる、悪夢ではない現実の記憶。血に濡れた彼女が大丈夫だから、とそう言い残して消えていく夢だ。
予見者……いや、転生者は皆消えたという。それは皆が制限を超過してしまったことや、やってはいけないことをしてしまったがための一発退場か……。顔をうずめ、うつむくハリーは唯一の血を分けた兄弟がいなくなる、という事が受けいれられず、そして自分が大けがをさせてしまったことが何よりもこたえていた。
何度も悪夢を見ては飛び起き、眠れるまで雌鹿のチャームを握る日々。彼女とはまだきちんと話せていない。シークに頼み込んでブレスレットだけは返したが、手紙の返事は彼女からの謝罪だった。
『ごめん、本当はここまで酷い未来じゃなかったんだけど、軽い発作が起きて……数分じっとすればよくなる程度だったから、トイレで休憩していたんだ。まさかあの日のあの場所だったなんて……。僕の失態だ。ついドラコを助けようとして、目を覚ましたばかりで魔法がきちんと使えない状態だったのに。本当にごめんね』
ハリーからの手紙は何度も何度も謝って、許しを請う内容だったのに、彼女はそれらに触れず、本当に僕はバカだ、と逆に謝る内容だった。彼女はやはりあの本を知っていて、そして自分も唱えたのだ。かつてはマルフォイだけが怪我をしたのに、とそういうことなのだろう。それに対し妙に手を入れてしまったから、というハリエットの言い分にハリーは手紙を握り締めた。
プリンスの本はあれからとりに行っていない。あの本の主が悪いのではなく、自分が悪い。それは重々わかっている。プリンスは……誰か敵に囲まれた生活をしていたのだろうか。あんな魔法をメモするくらいには。それを自分は悪用してしまった。そのことが申し訳なくて……ハーマイオニーの言うようなひどい人じゃない、というのを信じたくて。
スリザリンからのひときわ厳しい視線にハリーは思わず赤い髪を探した。そこにマクゴナガルがやってきて、ハリーを呼んで変身術の教授室に行く。
「あの子ですが……発作が起きていたことと、闇の魔術に近い魔法により杖腕に深刻な傷が残されました」
扉を閉め、お掛けなさいとハリーを座らせたマクゴナガルは一呼吸置くとヘンリーの怪我についての詳細を話し出す。ヘンリーの怪我についてはあの時広まった内容でおおむね知ってはいた。だがそれ以上の情報は医務室に入ろうとしてもマルフォイが中にいたり、記憶を失っているはずのスネイプが近くにいたりで直接話すこともできなかった。
彼女がどうして男子トイレにいたのかは予想した通りで、ただでさえぼろぼろの彼女がやっと治ってきたというのに、また大けがを負わせてしまった。
「家の状況を鑑みて城にいる……という体にはなりますが、本日付けをもってヘンリー=マクゴナガルは休学となりました。これは発作に関することで約束させたことではありますが、似た状況です。本人も納得しましたので。今朝方スリザリンの監督生には体調からの問題による休学になった旨を伝えてあります」
マクゴナガルの言葉にハリーはそんな、と思わず立ち上がりながら声を張り上げた。自分のせいで、彼女をそこまで傷つけたことがショックで、マクゴナガルのもともとそういう約束だっただけです、ときっぱりという言葉に顔を青ざめる。もし、もし彼女がきちんと治っていれば……。そう思うとますますあの本を取りに行く気が起きない。
「うるさい」
突然聞こえた声にハリーは顔を向けると、ハリエットが自室から出てきたようで、腕は痛々しい包帯で覆われて三角布でつられている。
「もともと、今年だけはと思っていたから、そんなに気にしないで。手紙にも書いた通り本当にドラコに関することで余計なことばっかりして、事を大きくしてばっかり……わわわっ」
仕方ないんだ、というハリエットはガバリと飛びついてきたハリーに圧され、マクゴナガルがとっさに出したクッションに座り込む。
「もうほんとさ!君さ!ちょっとは考えてよ!」
あーびっくりした、というハリエットにハリーはぎゅっと抱きしめながらごめん、とつぶやく。かつては自分のせいで人が死んで……それを反省し、悲しみ、何とか強く前を向くよう頑張っていた。
だからその穴埋めかな、とため息を吐くハリエットは大丈夫だから、とハリーを抱きしめ返す。人が死んでいるわけではない。ただ、これはこれできついのかもしれない、とハリエットは自分が感じたことのない別の苦しみをハリーがもっている気がして頭を撫でる。
「とりあえずはまだ城にはいるから。ちょっと魔法を使う際に時々痛むかもしれないっていう程度だし……」
そんなに大げさなことじゃない、というハリエットにハリーは十分酷いじゃないか、と声を上げて……ハリエットの手の甲に残された傷跡をなぞる。ごめん、と繰り返すハリーにハリエットは何も返さない。言わせておこう、とそのままにしてマクゴナガルを見た。
ここ最近の彼女は世界の情勢もあって常に悲しみをたたえた目をしている。そしてそこに自分のことを加えてしまい、ハリエットは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。ここからさらに母には悲しみが、と今後のことを想うハリエットはハリーを額を突き合わせて笑う。せめて、ハリーと自分のことは大丈夫だと、そう安心させたい、とハリエットは許してあげるから、と笑って見せた。
ダンブルドアとは写真を撮った後に最期の別れをした。だから、もうハリエットのできることはなにもない。
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